第65話 荒ぶるデイヴィッド、忍び寄るフェリックス

 デイヴィッドははなはだ不機嫌であった。せっかくアリスと良い感じに距離を詰められたと思ったのに、とんだ邪魔が入ったものだ。まるで自分にへつらわない、まるで自分を異性視せずに、あたかも長年の気の合う友人のように、同じものを食べ、同じものを見て、同じタイミングで笑える女。彼女との貴重な時間を邪魔されて、今までの人生で、一番怒り狂ったかもしれない。母には止められたが、ジャスティンの弟、ジュリアンと言ったか。先ほどセシリー嬢が奇妙な声で「貴様には地獄すら生ぬるい」とつぶやいていたが、まさにその一言だ。彼には一度、お勉強・・・が必要だろう。


 その後、アリスとセシリー嬢が、「退かぬ!媚びぬ!顧みぬ!」とか「世紀末救世主伝説!」などと盛り上がっていたが、そのうち「もうあれが見られないのか」としんみりしていた。何事かと声を掛けようとして、ブリジット嬢に止められた。あれは付き合ってはいけないヤツだそうだ。悔しいが、ここは退いておこう。セシリー嬢が女性でなかったら、最も危険な排除対象である。


 アリス・アクロイド。その辺のどこにでもいそうな貴族令嬢。黙っていれば、可憐な少女。蓋を開ければ、誰よりも速く、誰よりも自由で、誰よりも自分を強きに導く女神。彼女は、デイヴィッドの欲しいものを、全て持っていた。絶対に、逃すわけには行かない。




✳︎✳︎✳︎




「あんな荒ぶった兄上、初めてだぞ…」


 デイモン閣下が、二の腕をさすりながら震えている。


「グロリア様の血筋を見ました」


 お通夜のような雰囲気のエリオットうじ。まさに今のデイヴィッド様は、標準語モードのグロリア様に瓜二つだ。


「よっぽど楽しいデートだったんですか、お嬢様?」


「そうなんだよぉブリジット。スークのシャワルマうんまー、お面がバーン、水タバコシーシャブワーだったのにさぁ、あんのショタ野郎が」


 公衆の面前でオーネ呼ばわり。奴は万死に値する。


「ゼニメと一緒に、捻り潰してやる」


「ゼニゼニ」


 裕貴くんの気の抜けた合いの手が入る。やめれ。




 さて、別行動した彼らの釣果ちょうかであるが、ブリジットと裕貴セシリーくんは、可もなく不可もなく。フェリックスうじと一緒にスークを周り、デートスポット探し。色々終わったらダーリンたちとデートに繰り出すそうだ。裕貴くんが何やら言いたそうにしていたが、ブリジットに止められていた。何かあったのだろうか。まあ、彼女らが言いにくいなら、敢えて聞くまい。


 一方宮殿組は、皇国学園の現状について、皇妃様に相談しに行ったらしい。このままでは、協力を続けるのは難しいと。何しろ、最も重要な記憶を持つアリスがオーネと侮られるようでは、計画は立ち行かない。彼女は詳細なレポートを上げてくれてはいるが、彼女以外はそのゲームとやらを体験したことがないため、レポートだけを頼りに「攻略」と「クリア」に導くのは、不可能に近い。先日の遺跡の隠し扉にしたって、「入って左に隠し扉がある」「入り方は、微妙に窪んだ場所に魔力を注ぐ」と書いてあっても、実際にその場で見るのとは大違いだ。いわんや、その先のダンジョンをや。彼女抜きで初見で挑もうものなら、たとえ相応のレベルを持った彼らでも、踏破できたかどうか分からない。敵も強いし、なんせギミックがエグいのだ。


 協議の結果、急遽皇国学園にて、親善試合が行われることとなった。彼らが真に大将級、中将級の竜を持つ実力者であること。アリスに至っては、竜がなくともそれ相応の能力があると知られれば、侮る者もいなくなるのではないか。多少注目を集めてしまうことは致し方ないが、これを機に皇族の子息も認識を改め、協力的な態度に転じるのではないか、ということである。


 オーネの汚名をそそぐ日は、思ったより早くに訪れそうだ。




 日曜日は、みんなと昼食を摂ってから、寮へ戻る。帰り際に、フェリックスうじに呼び止められた。


「お嬢、これ」


 彼の胸元を飾っていたネックレス。ペンダントトップが聖銀ミスリルで、中にはアメジストが埋め込まれている。彼の首から外し、そのまま私の首の後ろに回し、金具を留める。


「外に出たきゃ、それでいつでも俺を呼びな」


 またちゃんとしたヤツ用意するからよ、ということであった。ちょ、これ、魔道具じゃん。魔道具ってクッソ高いんですけど。


「あー、いいなぁアリスちゃん。僕も君に何か贈っていい?」


 その様子をデイヴィッド様が目ざとく見つけて、割り込んでくる。顔はニッコニコだけど、昨日帰ってからなんか超怖ぇよ。


「えっ?はぁ、まあ…」


「じゃあ、約束ね!ふふっ、楽しみだなぁ」


 彼は一見ご機嫌な様子で、みんなと男子寮行きの竜車へ乗り込んだ。フェリックスうじは、グロリア様とアンナさんと一緒に宮殿行きの竜車へ。私たちは女子寮へ。3・3・3である。


「アリスさぁん、モッテモテですねぇ?」


 裕貴セシリーくんがニヤニヤしている。


「ちょ、セシリーちゃん。お嬢様をからかわないの。またこの人照れて逃げるっスよ」


「照れてないし!」


 自分でもちょっと顔が火照っているのが分かる。くっそ、ハニトラめぇ!


「でもさぁ、ネックレスって、首輪っぽくてちょっと独占欲チックじゃないっスか?」


「あー、閣下が張り切ってブリジットにプレゼントしそう」


「あぁん俺もエリくんからアクセ欲しいなぁ〜」


 聖銀やオリハルコンは、超級ダンジョンの亜竜がいっぱい落とすので、腕輪マジックバッグの中に山ほど入っている。後でこっそりデイモン閣下とエリオットうじに渡しておこう。いつメンいつものメンバーの彼らと回っていた時には、雑魚ドロップはほとんどスルーして、超高速周回してたもんな。後発組とは、みんなでドロップ品を山分けするようにしている。みんな私に押し付けたがるので、腕輪の中がすごいことになっているのだ。これ、あとどんくらい入るんだろう。


 その日は早々にベッドに入って、翌日に備えた。裕貴セシリーくんにイジられるのも面白くないし。だが、枕元に置いたネックレスと、左手の薬指に嵌めた指輪が気になって、なかなか眠れなかった。

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