第64話 ショタ枠

「見つけたぞ!アリス・アクロイド!」


 皇国の、市場に響く、王国語。


 目を凝らすと、人混みの向こうに、蒼い髪の少年が見える。少年というか、小柄な青年というか。


 ショタ枠だ。ショタ枠が来た。


 彼はジュリアン・ジョイス。宮廷魔術師団長の息子、すなわちジョイス伯爵家の次男である。無印こと「ラブきゅん学園♡愛の魔王討伐大作戦♡」の攻略キャラの一人。主人公セシリーの一学年下、水属性の年下ショタ枠である。彼を見かけたのは、去年の学園祭の王太子との模擬戦が最後であった。あの後王太子が失脚して、取り巻きの彼らもそれぞれ領地や留学に送られていった。まだ学生だった彼の留学先が、この皇国だったということなのだろう。


 それにしても、天下の往来で、人のことを指差して、大声で呼び捨てにするなど、何と躾けのなっていないお子ちゃまクソガキだろう。後ろに控えるお付きを差し置き、人混みを掻き分け、ずかずかと近づいてくる。


「ジョイス様、ごきげん麗しゅう」


 咄嗟に猫を被り、皇国の礼儀にのっとって挨拶する。異世界チートで皇国語はバッチリ、礼儀作法も必殺一夜漬け。いろいろツッコまれればボロが出るが、一瞬だけなら取り繕える。アリスちゃん、やればできる子。


「うるさい!取り繕ったって無駄だ。お前がオーネだな、この王国の恥晒しめ!」


 オーネ、という言葉に周囲がザワザワする。ピキッ。コイツ、脳内〇〇デスノートに追加。


「至らぬ身ゆえ、どうぞご寛恕かんじょくださいませ」


 優雅にひざまずき、伏せたまま謝辞を述べる。あちらは王国語、こちらは皇国語だ。周りには、どちらが無礼か一目瞭然である。しかも、往来で女をおとしめたとなると、それは連れの男を貶めたと同じ。


「ちょっといいかな」


 デイヴィッド様が割って入る。


「何だ貴様」


「君、ジャスティンのところの弟君だよね。兄上は元気かな」


 あくまでにこやかに、だが目が笑ってない時の声だ。


「なぜ兄上のことを」


「ああ、申し遅れたけど、僕はデイヴィッド・ダッシュウッド。君のお兄さんと同期だね」


 ジュリアンは、今更ながらに連れの男をまじまじと見た。肩には中将級の竜ゲネラールロイトナント、マントの留め具には、王国の辺境伯家の紋章が輝いている。


「そしてこちらは、アリス・アクロイド・ダッシュウッド。僕のパートナーだ。意味、分かるよね?」


 ジュリアンが、言葉を失っているのが分かる。後ろからお付きの者がやってきて、「申し訳ありませんダッシュウッド様!坊っちゃまにはきつく言って聞かせますので!」と、スライディング土下座を決める。


「ふふ。君にはもうちょっとお勉強が必要だと思うよ。またね・・・、ジュリアン」


 お付きの爺やさんは、土下座をしたまま。ジュリアンは、「お、おい爺!」とオロオロしているのを尻目に、


「さ、行こうかアリスちゃん」


 デイヴィッド様が私を立たせ、ニッコニコしながらエスコートし、そのまままっすぐホテルまで帰ってきた。彼は満面の笑顔だが、ほとんど無言だった。




「あっはっは、潰しちゃおっか、ジョイス」


 デイヴィッド様が楽しそうだ。だが周りの空気は氷点下。おかしいな、彼は火属性のはずなんだが。


「兄上が…荒ぶっている…」


 デイモン閣下が青い顔をしている。


「まあ待てデイヴィッド。王家は落陽ぞ。ほどなくジョイスも消え去るであろう」


 グロリア様がデイヴィッド様を宥める。そもそもジョイス家に影が差したのは、今に始まったことではない。彼らは二十数年前、元王妃派に乗り換え、ハーミット家にくみした。随分前から、乗る船を間違えていたのだ。


 決定的な暗雲が立ち込めたのは、6年前。次期宮廷魔術師長と噂され、鳴り物入りで貴族学園に入学したジョイス家の長男ジャスティンを、3年間完膚なきまでに叩きのめし、ワンツーの座をほしいままにしたのは、同期の圧倒的カリスマ、デイヴィッド・ダッシュウッドと側近のアーネスト・エフィンジャーだった。彼らが学園を去り、次男のジュリアンが、ようやく王太子の取り巻きの座を掴み、ジョイスは再び権威を取り戻すかに見えたその時、ハーミットも王妃も王太子も、歴史の表舞台から露と消えてしまった。


 ここしばらく周辺国との争いもなく、腕を鈍らせている宮廷魔術師団とは裏腹に、常に国境に睨みを効かせ、小競り合いを繰り返しながら、決して王国の地を踏ませないダッシュウッド。彼我ひがの差は、子息の出来とともに、歴然であった。


 なお、グロリアはグロリアで、別の思惑がある。世が世なら、今頃彼女が率いていたであろう、筆頭侯爵ギャラガー家。それをまあ、よくも長年に渡り、コケにしてくれた。ハーミットはついえたが、かの家におもねった者たちを、彼女が許すつもりはなかった。ダッシュウッドの関わらないところで、彼らは着々と追い詰められている。この母子おやこ、よく似ているのだ。


 ああ、無印のラブきゅん学園で、ジュリアンが次男にも関わらず、引きこもった長男に代わって宮廷魔術師を目指すのは、こういう理由があったんだ。彼は甘えた系の年下キャラ、いじらしくも重責を背負って頑張る姿が愛らしいのだが、攻略対象でも何でもない今、単なるお子ちゃまクソガキにしか見えない。そもそも私、どっちかっていうと年上派なんだよね。皇国にも、オジサマキャラを愛でに来たわけですしお寿司。ゲーム攻略上では使い勝手の良い水属性キャラだが、今となっては全くどうでもよかった。




 一方その頃。


「終わりだ…ジョイスはもう、終わりですじゃ…」


 ガタガタ震えながら、ブツブツつぶやく爺やに、ジュリアンは困惑していた。彼の肩には少佐級マヨーアの水竜。王国からの留学生で、このような強い竜を保持しているのは、ジュリアンしかいない。爺やの肩には大佐級オーバーストの地竜。彼も、父を除いてジョイス家いち手練てだれである。そういえば、先日社会人クラスに王国から留学生が入り、大将級ゲネラールがいたと噂されていたが、そんなものがいるはずがない。赤いのは少尉級ロイトナントだと噂されていた。なんだかイカつい感じがしたが、大したことはないのだろう。


 それよりも、あのアリス・アクロイドだ。彼女のことは、竜無しオーネとして、学園中で話題である。それが、いつの間にか次期辺境伯をたらし込んで、妻の座に収まっている。オーネの癖に生意気だ。どうせ王太子殿下を破ったときも、汚い手を使っていたのだろう。市場での出来事もそうだ。あれでは私が悪いみたいではないか。こんなところまで留学させられたのも、何かの縁。ここは皇国、王国の力学が及ばぬ地。俺が実力でもって、奴らを徹底的に叩き潰してやる。


 ジュリアンはジュリアンで、アリスとデイヴィッドに対し、暗い闘志を燃やしていた。ジュリアンの戦いは、これからだ!

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