第63話 市場デート

 翌日土曜日は、息抜きに思い思いに過ごすこととなった。ずっと学園に缶詰になっていた私たち、自由が欲しい。そもそも女子だけで出歩けないなんて、不便が過ぎる。今日こそ市街に出て、パーっと買い物でもしたいものである。そう言うと、デイヴィッド様が真っ先に手を挙げて、私と一緒に出掛けてくれることになった。他のメンバーに輪を掛けて、彼は言語にも文化にも精通している。同じAGIすばやさ極振り同士、ノリの軽いところも嫌いじゃない。良かろう、ならばおデートだ。


 仲良く連れ立って去っていった彼らに残された7名。とりあえず、グロリア様とアンナさん、閣下とエリオット氏で皇妃殿下の誘いに応じ、皇宮へ。ブリジットとセシリーは、フェリックスうじに引率してもらって、別で買い物を楽しんだそうだ。後で聞きました。




 デイヴィッド様と共に回るスークは、非常に楽しかった。コロコロと興味が移る私にペースを合わせながら、人とぶつからないように、足元を取られないように、さりげなくエスコートしてくれる。時々「アリスちゃん、あれはどう?」と指差して勧めてくるものが、また絶妙。それこそ、綺麗なものから、ちょっと笑える奇妙なものまで。ヤバいコイツめっちゃセンスいい。こんな楽しいデート、今世どころか前世だって、したことないかもしれない。相変わらず前世のことは思い出せないが、こんな楽しいデートをしていたら、きっと乙女ゲーなんかに沼っていないはずである。


 彼の肩には、小さくなった彼のワイバーンが留まっている。街の人の肩にも、大体竜が乗っている。彼の中将級のワイバーンは、良い意味で目立った。誰もが尊敬のマナーで私たちを遇してくれる。デイモン閣下やエリオットうじいつメンいつものメンバーで連れ立ってもよかったのだが、大将級では目を引きすぎるかもしれない。


「楽しいね、アリスちゃん」


 うん、めっちゃ楽しい。皇国に来て、しんなり凹んでいた気持ちが、ちょっと元気になってきた。


 だが、そうは問屋が卸さないのが皇国というところである。


「見つけたぞ!アリス・アクロイド!」


 市場の向こうから、王国語が聞こえる。


 目を凝らすと、そこには、蒼い髪の少年が立っていた。




「お嬢様、楽しくやってんでしょうかねぇ…」


 ストローから口を離し、ブリジットがつぶやいた。


「さすがにデイヴィッド様も、往来で踏んでくれとは言わないでしょうし、大丈夫なのでは」


 セシリーが答える。彼らは一通り市場を回ると、適当なカフェに入り、ぼんやりと通りを眺めていた。


 セシリーは、本当はラブリーエリくんと、アラビアンな皇国でラブラブデートをしたかった。アラビアンなエリくん、想像しただけで胸熱である。そしてきっと、ブリジットも同じだ。デイモンは彼女と綿密なデートの計画を立てていたし、ブリジットも何だかんだ言いながら、彼がどこに連れ出してくれるか、楽しみにしていたはずだ。だが、彼ら彼女らの竜は、すべて大将級。この国全土に4名しかいない、いわばレジェンドなヤーツなのである。おいそれと肩に留まらせるわけにはいかない。だがしかし、この国で街を歩くためには、必ず成人男性同伴、しかも肩に竜が留まっているのが礼儀である。必然的に、中将級を持つフェリックスが、彼女らの引率者になることとなった。この国の滅亡阻止プロジェクトが終わるまで、下手に目立つわけには行かない。


「まあ、俺で我慢してくれよ。そのうち任務が終わったら、思う存分デートでも何でもしてくれ」


 フェリックスが、手の焼ける妹分たちに、苦笑いしながら返す。彼は非常に面倒見のいいおとこだ。


「そんなことよりフェリックスうじ、お嬢様がデイヴィッド様とデートに行っちゃって、良かったんスか?」


 不意に話を向けられて、フェリックスは困惑する。行ってしまって良かったかも何も、次期辺境伯たるデイヴィッドが彼女と出掛けたいと言えば、そっちが通るに決まっている。


「ダメダメ、そんなんじゃダメっスよ、フェリックスさん!」


 珍しく裕貴セシリーがダメ出しに入る。


「こないだまで、せっかくいい感じで来たのに、何で今んなって、デイヴィッド様に譲っちゃうかなぁ?ですよ」


「へ?いい感じも何も」


「いい感じだったでしょうよ。あの二人でラブラブデート、あん時あっちで何かあったって聞いたって、みんな驚きやしませんって」


「馬鹿言うなよ。お嬢は俺のこと、蛇蝎の如く避けてたろ」


 お互い「はぁ?」という顔をしている。


「アリスさんがいつ、フェリックスさんのこと避けてたんですか」


「だってお嬢は、口を開けばハニトラハニトラって」


「そりゃあフェリックスさん、あれは「あなたが魅力的だから照れてます」っていう、アリス構文でしょ?」


「はぁ?」


 え、ちょ、待てよ。


「だってお嬢は、ダッシュウッドから逃げる気満々だったんだろう。ブリジット嬢ちゃんが、「彼女は野鳥と同じ。捕まえようとすると逃げるから、巣箱と餌を置いて見守るのが良い」っつーから、お嬢を引き止めるために、デイモン坊ちゃんはブリジット嬢ちゃんを選んだって」


「あーそれ…」


 ブリジットが真っ赤だ。


「それはデイモン構文ですよ。デイモン様、最初っからブリジットさん狙いだったんスから。アリスさん云々は、全部言い訳っスよ?」


「はぁ?」


 え、ちょ、待てよ。


「フェリックスうじ。私がデイモン様にお伝えしたのは、「お嬢様が逃げた時に、おびきよせる言葉は『おやつできたよ』と『あーそーぼ』ですよ」って」


「なん…だと…」


 それがどうやったら、巣箱云々の話になるのだ。


「だから、あの二人で迷宮に出かけた時、めっちゃいい感じだったのに。あーあ、今頃デイヴィッド様とキャッキャウフフ遊んで、美味しいもの食べて、いい感じなんでしょうねぇ」


 そんな…俺は一体…。


 フェリックスの時が止まった。


「そうだ、美味しいものって言えば、デートの前に先にリサーチしときません?」


「いいっスねぇ、セシリーちゃん。もうちょっとしたら、外に」


 そこまで言って、フェリックスが静止画のまま止まっていることに気がついた。


「彼、シュッとしてるのに、結構抜けてんスね」


「なんか、真面目に考えちゃうタイプみたいっスね」


 女子二人、フェリックスがぎこちなく再起動するまで、のんびりお茶を楽しむことに決めた。

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