第62話 悪役令嬢との邂逅

 入学したのが月曜日。火曜日水曜日と、目ぼしい授業を聴講してみて、特に収穫は得られなかった。難易度の高い授業を行っても、留学生にはまず皇国語ドイツ語が満足に理解できない者や、学力が不足している者もいる。ここの留学生クラスは、語学留学、ついでにドラッヘを連れて帰る、そういう「箔を付ける」ためのコースなようだ。


 たまたま今はメンバーに恵まれていなかったのか。クラスの中は、ゼニメみたいなヤツが幅を効かせていて、時々、あちこちから「オーネ」「オーネ」という単語が聞こえてくる。「竜無しオーネ・ドラッヘ」の略語だそうだ。やかましいわ。お前らの初期状態のポケンたち、全部ひねり潰してやろうか。


 だが、本来の目的はこれではない。主人公が誰だか分からないのであれば、悪役令嬢から攻めなければならない。物語の終着点、ラスボスは分かっているのだが、円満に解決するためには、彼らの協力が不可欠なのだ。そして何より、スチル回収がかかっている。とりあえず、学園の通常クラスと共通の授業に顔を出して、第一皇女やお付きの姫騎士ちゃんたちとお近づきにならなければ。




 そしてその機会は、唐突に現れた。


「お前たちが、大将級ゲネラール持ちですの」


 渡り廊下で、目立つ集団とすれ違おうとしたら、可愛い声と裏腹に、高圧的なセリフが浴びせられた。


 この国の女性は、ヒジャーブを被るのが習わしだ。私たちも、それぞれスカーフをふんわりと被っている。留学生のヒジャーブについては大目に見られおり、なおかつここは女学園部なので、外していても自由だ。ただし、皇族においては、滅多とヒジャーブを外さない。とうといご尊顔やおぐしを、易々やすやすとシモジモに見せるものではないというのが、理由なようだ。一行の中で、ひときわ小柄で、ひときわ豪奢なヒジャーブを被った少女。彼女こそ、この国の第一皇女である。


 私たち三人は、即座にひざまずき、代表して一番身分の高いブリジットが「皇女殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」と挨拶した。


「皇女殿下が、ドラッヘをご覧に入れろと仰せだ」


 彼女の後ろに控える槍を持った女騎士が、有無を言わせない口調で命令する。


 なんなんコイツら。声が九木宮ちゃんと天宮ちゃんじゃなければ、中指立てて喧嘩を買ってやるところだ。セシリーちゃんに横目で諌められながら、ただ時が過ぎるのを待つ。彼女らは、竜を召喚し、肩の上に乗せているようだ。


「へぇ…これが大将級ですのね。お前たち、この国に来てよかったですわね。そして」


 声がこちらに近づいてくる。


「お前がオーネですの。みじめですわね。気落ちせず、この国をゆっくり楽しんで行くとよい」


 フフン、と嘲笑ちょうしょうを交えながら、一行は去っていった。


 なんなんコイツら。




「というわけなんだよぉ。もう帰っていいかなぁ?」


 金曜日。学園に外泊届を出して、テーブルに突っ伏して愚痴を吐く。ここは要人が利用するホテル。最上階のスイートルームを借り切って、ダッシュウッド御一行様9名が集まっている。


「まあ、学園側も同様でしたね」


 エリオットうじの感想だ。学園、すなわち男子部も、留学生の様子、授業のレベル、皇族の雰囲気は、同じようなものだったらしい。


「僕だけ中将級ゲネラールロイトナントだからって、ロイトナントって陰口叩かれたよ」


 デイヴィッド様が苦笑している。少尉級ロイトナントとは、最初期のドラッヘ位階クラスだ。お前らのことだっつーの。


 2ツーの竜の進化は、持ち主のステータスと、戦闘行動のタイプ・試行回数によって決まる。パーティーメンバーの竜の多くに羽が付いているのは、飛翔フライを使っての戦闘が、一定回数を超えているからだろう。デイモン閣下の竜に羽がないのは、ゴーレムや土属性のスキルを使うことが多く、守備的な行動としてカウントされているためだ。そして、2ツーの戦闘システムに入っていない行動はノーカンノーカウントなので、レベル400を超える初期メンしょきメンバーは大将級、超級から加入したレベル200前後のメンバーは中将級になったものと思われる。


 最初から2ツーをプレイしていれば、チュートリアル後のレベル5で少尉級の竜が得られ、のちに何段階かを経て、レベル50で大佐級オーバースト、中将級にはレベル70、大将級にはレベル80程度で進化する。つまり、前作の「大体レベル50でフルメンバークリア、80で二人でクリア」を踏襲とうしゅうしているというわけだ。グロリア様によれば、現在この国に大将級の竜を持つ者は4名しかいないらしいので、デイヴィッド様の竜が中将級であることを揶揄やゆされたのは、単に嫉妬に過ぎない。


 小っせえ。小っせえよこの国。国家としての規模もそんなに大きくないし、周りが砂漠なせいで軍事的な脅威も少ない。ここの国のダンジョンは、古代遺物の一部なため、入らなければ迎撃されないので、モンスターが氾濫することもない。結果、国家レベルで、A級冒険者に相当する者が、4名しかいないのだ。他国からのポッと出の留学生が、いきなり大将級を4枚も引き当てたとなると、面白くないのだろう。


 とはいえ、この国の存亡の危機は迫っている。みんな水面下で何が起こっているか知らないから、つまらないことで争う暇があるのだが、もうゲームは始まっていて、最終的には今から二年半後に滅亡を迎える。とりあえず半年間、留学することになっているが、滅亡阻止の進捗しんちょくによっては、もっと延びるかもしれない。だが、ここの学園、もう嫌である。目ぼしいダンジョンを回り、欲しいアイテムだけ取っちゃったら、コイツら滅びちゃってもいいんじゃないかな。豪華声優さんの声には感動したけど、ぶっちゃけそれだけだ。


皇妃アグネスには良く申しておくゆえ」


 グロリア様が、申し訳なさそうに言った。彼女にとっては、旧友の故郷がむざむざと滅亡に向かうのが、しのびないらしい。


 とりあえず、ダイニングで豪奢な食事を摂り、それぞれのゲストルームに分かれて就寝した。一週間で非常に疲れ申した。おやすみなさい。

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