第58話 竜の加護

 海を超え、山脈を超えた遠い砂漠の国、皇国。生活様式や人々の着衣などは、ほとんどアラブのようだ。ただし言語はドイツ語。このゲーム会社の投げやりな姿勢がうかがえる。唯一リキが入っているのは、神絵師の作画と、豪華な声優陣。前作も、前途有望な新人声優が良い演技をしていたが、今作はレジェンド級の声優を惜しみなく投入している。確か大不況が起こる前、好景気に乗って、色々カネの掛かったゲームが次々と発売されていた、そんな頃のゲームだった。


「キャー、零いちさんだよ、零いちさん!」


 学園長室を退出して、大興奮な私である。さすがの裕貴セシリーくんも、「マジで小安さんだった」と感動している。皇国、ここはまさにオアシスなのである。


「アリスちゃんは、ああいうのがタイプなんだ?」


 笑ってない満面の笑顔で、デイヴィッド様が迫ってくる。


「違うんですよデイヴィッド様。お嬢様が騒いでるのは、舞台の人気俳優さんみたいなモンだからですよ」


「そおなんだよブリジット!零いちさんは1ワンから登場する、はばがくの魔王なんだよお!」


「ワンとは何なのでしょう…」


「エリオット、アリスさんのゲーム歴ハンパないんだよ。俺たちみたいのが出てくる物語を、何作も何作もやり込んでる」


「そんな頻繁に魔王が出てきてたまるか!」


「失敬な、はばがくには魔王なんて出ないんだよ!」


 会話がまったく噛み合わない。




 皇国の学園に遊学するはいいが、本来の目的は、ツーこと「ラブきゅん学園2ツー♡愛の龍王討伐大作戦♡」のスチル回収…もとい、皇国の亡国の危機を防止することである。学園、と銘打つからには、物語の主要な部分は学園で起きるのだが、


「肝心なヒロインが誰だか分からないんだよね〜」


 これが今回の一番の難点と言える。1作目の無印「ラブきゅん学園♡愛の魔王討伐大作戦♡」では、セシリーが固定でヒロインであったのだが、今作ではプレイヤーが名前も属性も外見も、キャラメイクしてから始めるのだ。物語がある程度進んでから、特定するしかない。それよりも、攻略キャラやライバルキャラ、いわゆる悪役令嬢と接触を図り、そちらから攻めようという話になった。何より、肝心の戦闘パートで呆気なく敗れるわけにはいかない。というわけで、


「さ、周回に行くよ〜☆」


 結局こうなるのだった。




 周回に向かうまでに、一つ、すべきことがある。


 2ツーの戦闘パートは、無印に比べて大分簡素化されている。マニアにとっては、あの無駄なやり込み要素がたまらないのだが、大半の乙女ゲープレイヤーは疑似恋愛したいのであって、中途半端なRPGをやり込みたいわけではないのだ。というわけで、今作の戦闘シーンは、自分の代わりにドラッヘを召喚し、代理で戦ってもらう仕様となっている。


 そう、皇国は竜の国。移動手段の竜車も、あれらは使役する人間のパートナーである。労働力、エネルギー資源、軍事力、こういったものを、この国の人は竜に頼り、竜を生涯パートナーとして大事に世話することで、竜と共存して生きている。そして、パートナーの竜は、この国の神殿で出会うことができる。


 王国で行われる、7歳の洗礼式。これと同じことが、皇国でも行われる。王国との違いは、そこで属性が判明するのではなく、その個人の属性に合った竜が召喚に応じ、生涯のパートナーとなるということだ。そして7歳を超えた他国の者であっても、竜が応じれば、パートナーシップが結ばれる。この国の留学制度が充実しているのは、これらの竜との縁を求めて、他国からの留学希望者が後を絶たないからだ。


 早速神殿に赴き、一人ずつ祈りを捧げる。グロリア様には、クリスタルのような優美なみずちが。デイヴィッド様には、大型犬ほどの火属性のワイバーンが。デイモン閣下には、岩石のような鱗を持つ地竜が。エリオット氏と裕貴セシリーくんには、それぞれ闇属性と光属性の、細い体に鳥の羽を持つタイプの竜。アンナさんとフェリックス氏には、漆黒の大きなトカゲのような竜。そしてなんとブリジットには、不死鳥が降り立った。ちょ、それ鳥類じゃないんですか。


 大トリは、満を持して私の番。白い聖堂の中、立派な龍神像の前に進み出て、ひざまずき、祈りを捧げる。すると、周囲に何柱かの風属性の魂の存在を感じる。風のダンジョンでよく見た、緑色のワイバーン。丸っこい体を持つ、地竜タイプのもの。エリオットうじたちと契約したタイプの、鳥の羽を持つもの。グロリア様に降り立った、東洋系の細身のドラゴンは、なんというか、日本むかし話というか、宝玉を7つ集めると願いを叶えてくれそうだ。


 さあ、どの子が仲良くしてくれるかな〜♪なんてワクワクしていると、みんな何とも言えない顔をしている。様子がおかしい。そのうち、代表して、その日本むかし話くんが念話で伝えてきた。


「ジブン、ワシらより速いやん。無理やわ」


 呆然として目を開けると、神官さんに気の毒そうに告げられた。


「どなたも降りていらっしゃらないことは、珍しいことではないんですよ」


 こうして私だけ、竜との契約が失敗に終わった。

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