第56話 25話閑話・フェリックスの誕生日

※25話、ダンスレッスンの裏話です。


✳︎✳︎✳︎




「このゲームの属性って星占いと一緒なんだよ」


 今日も今日とて、王都のタウンハウスで女子トーク。ダンスの特訓の合間、こうしてどうでもいいことで駄弁だべるのだけが、唯一の息抜きだ。星占い、というキーワードに疑問を浮かべるブリジットに、


「こっちの世界にはないんだよね、星占い。向こうの世界には、西洋占星術とか東洋占星術とか色々あるんだけど、この世界の属性って、その西洋占星術が元になってるんだ」


 そう。「ラブきゅん学園♡愛の魔王討伐大作戦♡」では、プレイ前にまず自分の誕生日を入力するところから始まる。その際、プレイヤーの入力した誕生日に合わせて、セシリーの誕生日が決まるのだ。なお、セシリーの誕生日は、春分、夏至、秋分、冬至の4択。プレイヤーの誕生日が火のサインの星座、つまりおひつじ座・しし座・いて座の場合は、その年の春分の日。かに座・さそり座・うお座の水のサインの場合は夏至。ふたご座・てんびん座・みずがめ座の風のサインの星座が秋分で、おうし座、おとめ座、やぎ座の地のサインは冬至となる。


「それで攻略対象との隠し補正があってね、同じサイン同士が相性最高、火と風・地と水が仲良し。それ以外はちょっとマイナス補正がかかるんだよ」


 乙女ゲーによくある仕様である。


「お嬢様、そのナントカ座って何なんスか?」


「ああ、こっちと向こうでは、観測できる天体が違うよね。向こうでは、主要な星同士を結んで、伝承に出て来る生物なんかに見立てたんだよ。それが88個あってね。そのうち12個を黄道十二星座って言って、ざっくり言うと、360度を12に分割して、それぞれ12個の星座に振り分けて、順番に、火・地・風・水と割り当てていって。西洋占星術って、ぶっちゃけ角度のモンなのよ」


「ほへぇ〜」


「そういう設定上、光属性と闇属性って、一年のうちに四日しか生まれて来ないんだよ。だから希少なんだよね〜」


 女子トークを聞き流していたエリオットうじが、ピクリと反応した。


「…確かに私は、冬至の日生まれだと聞かされていますが」


「そう。冬至の日に生まれる子は、元々のやぎ座の土属性か、闇属性。稀に光属性が生まれる感じ」


「ああそういえば、私夏生まれですけど、夏至かもしれません」


 裕貴セシリーくんは、平民の生まれのため、厳密な誕生日は不明らしい。だけどこれではっきりした。夏至は光属性が生まれやすい。春分と秋分は半々。


「じゃあじゃあ、私はどんな感じっスか?」


 女子はそういうの気になるよね。そこから即席星占いコーナーになった。ブリジットはしし座、目立つのが大好きな女王様気質。私はふたご座、情報に敏感で軽いノリの女。裕貴セシリーくんはかに座。世話好きなオカン属性。


 ちなみにデイモン閣下はおうし座。上質なものにお金をかける主義。エリオットうじはやぎ座。真面目な仕事人間。二人とも地のサインのため、コツコツ努力をいとわないタイプで、相性がいい。


 なお、一般的に〇〇座と言われるものは、太陽星座と呼ばれ、生まれた時に太陽がどの星座の場所にあったかで決まる。ところが、本人の性格や相性を見るためには、他の惑星の位置も重要になる。一概に太陽星座の角度だけでは断言できない。そして、この世界にはホロスコープもなければ、空に浮かぶ天体も違うので、それ以上の分析は不可能だ。あくまで参考程度に、ということで。




 その時、ノックの音がして、フェリックスうじが入ってきた。


「おーいそろそろレッスン再開だって…何の話してんだ?」


「あぁ、ちょうど誕生日と属性の話をしてたんだよ」


「はぁ?誕生日で属性なんか決まんのかよ」


 彼には先ほどの話をかいつまんで繰り返した。話していて途中で思い出した。彼は孤児だ。こういう話、ちょっと迂闊だったかもしれない。


「ああ、そんな顔すんなよ。俺は冬に孤児院の前に置いてかれてたらしいから、これで誕生日が分かったってモンだな」


 彼は、人懐こくニッと笑った。よし、次の冬至の日には、エリオットうじと共に盛大に祝ってやる。


 これで彼の誕生日は見当がついたが、他には彼の身元を示すものは何もなかったらしい。ただ、彼を包んでいたおくるみに、名前の刺繍があっただけ。


「フェリックスって、確か、幸せって意味じゃなかったっけ」


 日本にも、そういう名前のお店とか学校とか、あった気がする。


「確かラテン語の「幸運」が語源ですよ」


 裕貴セシリーくんの援護射撃。相変わらずの無駄な博識っぷりである。


「そっか。何か事情があったんだろうけど、フェリックス氏って、きっと幸運に恵まれるように、愛されて生まれてきたんだね」


 なんとなく、そんな言葉がポロリとこぼれた。


「…お、おう。じゃあ、レッスン再開、伝えたからな」


 彼はぶっきらぼうに言い放ち、部屋から出て行った。


 その後、レッスン会場には彼はいなかった。私はダンス講師とペアを組み、散々足を踏んで、盛大に顰蹙ひんしゅくを買った。




 それからずっと後で分かったこと。


 彼が私にハニートラップを仕掛けるのをやめたのは、その時だという。初めて超級ダンジョンについて来た時から、彼には密かに私をダッシュウッド家に引き入れるミッションがあったそうだが、ここで一度その任務から外してもらうように、本領に依頼したそうだ。そしたら逆に、今度はダッシュウッド男爵の影武者として、私の婚約者を演じる任務が降りて来たんだそう。


 …てか、これって出会って最初の最初の方じゃね?むしろ私がハニトラを警戒するようになったのは、彼が婚約者として立てられた後のことで…。


「だから言ったろ。誰もハニトラなんて仕掛けてねぇって」


 一方、彼を影武者に立てて婚約者に据えたのは、デイヴィッド様だという。彼は私に、フェリックスうじかアーネスト様、もしくは彼自身という選択肢を差し出して来たが、実際は彼以外の二人は「絶対に私とはそういう関係になりそうにない」者を選んだのだという。他に選択肢になりそうだった領内の子息たちに対しては、超特急で縁談をまとめたり、栄転させたりして、一気に縁談の可能性を潰して回ったそうだ。


「あの坊ちゃんだけは、敵に回しちゃなんねぇ…」


 彼が私に突きつけたのは、実質彼一択だったのだ。フェリックスうじが、二の腕をさすりながら震えている。私も今更ながら恐ろしい。なお、フェリックス氏のハニトラも、当時私が思っていたような生易しいものではなかった。下手をしたら廃人になっちゃうかもしれないレベル。私の持つ知識や力は、味方であれば心強いが、敵に回ればこの上なく厄介だからだ。彼を私に向けて放って来た辺境伯、一見優しい面持ちをした好人物のようで、やはり国を代表する大貴族である。


 貴族怖い。貴族恐ろしい。今では家族同然にお付き合いのある彼らであるが、時々、今からでもこっそり、国外にでも逃亡した方がいいんじゃないか、と思う私なのであった。

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