第55話 45話閑話・アーネストルート3完(IFストーリー)

※45話でアリスがアーネストを選んだ場合の小話、最終話です。


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 アーネスト様は、仮初の婚約者。無愛想でニコリともせず、私に対して一歩も距離を詰めて来ない。快適な婚約生活のはずだった。彼がいろいろなものを抱えていて、いっぱいいっぱいで、一人でなんとかしようともがいてるから、つい情が移ってしまった。彼にベッタリ依存する母親から引き離すため、咄嗟に海に連れ出し、日没までには領都に帰るつもりが、思い詰めて感情を爆発させた彼をそのまま連れ帰るのはしのびなく、まあ旅行気分で美味しいものでも食べて、ぐっすり寝たら、いい感じで帰れるんじゃないかと。


 正直、宿屋で同じ部屋に泊まるのは、迂闊だったかもしれない。だけどさあ、二人だけで出かけたの、今回が初めてだよ。シングル二つ空いてなかったのもあるけどさ、部屋もちゃんとツインにしたよ。これまであんなに仏頂面で、私のことなんて何とも思ってなかったじゃないの。どうしてこうなった。




 翌朝、ひとまず領都に戻り、一日サボったお叱りを受けにデイヴィッド様の執務室まで出頭すると、「アーネスト、君は隠密寮所属で、要人アリスの警護に当たっていたわけだが、何か問題でも?」と無罪放免を言い渡された。だが、朝帰りの件は露呈していたわけで、散々冷やかされた。何があったかはバックレようと思っていたのだが、何とアーネスト様の顔が真っ赤だ。おい、昨日までの仏頂面はどうした。釣られて、私まで真っ赤になってしまった。デイヴィッド様からは、「おや、ちょっと野暮だったかな」と逆に謝られた。


 その後はいつメンいつものメンバーにも事が知れ渡り、彼らからも散々冷やかされる羽目になった。これまで彼らのことを、事あるごとに「色ボケ」だの「リア充」だの揶揄していたのを、ごっそりと倍返しされた。恋バナ大好きブリジットと裕貴セシリーくんには、事の次第を根掘り葉掘り聞き出され、デイモン閣下はしれっとそっぽを向きながら、今回の海辺のデートをネタ帖に書き込んでいる。エリオットうじは、ひたすら仕事に集中して、聴覚を遮断していた。そりゃあ、お兄ちゃんの恋バナなんて、小っ恥ずかしくて聞きたくないよね。




「は?お前それ、本気で言ってる?」


 一方同じ頃。デイヴィッドの執務室では、彼の素っ頓狂な声が響いていた。部下が上の空なので、何か悩みでもあるのかと尋ねてみると、その返事は「男女交際とはどうしたらいいのか」であった。


 そりゃあ、彼らは今朝、朝帰りした。二人ともいい大人だし、何があってもおかしくないだろう。しかし正直、この無骨で無愛想な男が、たった一度のデートで、早速骨抜きになるとは思っていなかった。しかも、その後仕事がまったく手につかず、呆けたようになって。何か問題でも起こったのか、何を悩んでいるのかと、水を向けたらこのザマだ。


「…デイヴィッド様が、何を悩んでいるのか話せとおっしゃったのではありませんか…」


 おかしい。一昨日までニコリともしなかった部下が、少女のように頬を染め、頭の中がお花畑になって帰って来やがった。




 男女交際とは人それぞれなので、一概にこれが正解とは言えないが、本来は男が女の子を楽しませるべきだ。特に彼女は、美味しいものや面白そうな場所に目がない。彼女の方が詳しいからと任せきりにするんじゃなくて、自分でもそういうの、アンテナ張って探してみろ。そして一緒になって楽しんでやれ。


 あと、お前は自分の両親について悩んでいるようだが、もう潮時だから言っておく。お前は間もなく、両親の息子ではなく、彼女の夫になるんだ。彼女に自分のような窮屈な思いをさせたくなかったら、お前が彼らと戦って、守ってやれ。お前が彼らを背負う必要はないっていうのは、そういうことだ。


 これからのお前の人生の目的は、彼らの思い通りの理想の息子になることじゃない。彼女と、これから生まれる子供を守る立派な男になることだ。そうだろ?子爵位なんかクソ喰らえじゃないか。筆頭魔術師とかどうだっていい。勘当されて平民になったって、それがどうした。自分の女子供を食わせるくらいの甲斐性ならあるだろう。心配するな、ちゃんと働き口は用意してやる。これからも、僕のために馬車馬のように働かせてやるからな。


 僕から言えることはこのくらいだ。まあ、頑張れ。


 最後の方は、ほとんど地が出たというか、学園時代のような砕けた口調になってしまったが。デイヴィッドは、アーネストに盛大に塩を送った。最もこういう事態にならなさそうな男を候補に宛がって、時間をかけて彼女を陥落させる予定が、大失態もいいところであるが、兄弟同然に育ったアーネストが、初めて男になったのだ。ここは盛大に祝福してやらねば、主人の名がすたる。




 アーネストはアーネストで、「これまで知ってたけど、分かってなかった」という顔をしている。自分はこれから、両親の息子ではなく、彼女の夫となるのだと。横暴な父と、息苦しい母の依存に、彼女に迷惑を掛けてしまう、ではなかった。自分の女を守れないで、何が男か。自分は、両親の期待に応えながら、父親の子爵位を継ぐ未来しか見えていなかった。だが、アリスが自分をいろんな世界に連れ出して、見せてくれた。世の中にはたくさんの場所があり、たくさんの人が生きていて、自分はそのどこででも生きていけるのだと。


「…ありがとうございます、デイヴィッド様」


 あるじがどれだけ彼女に執着しているか、自分も知っている。それを忘れていたわけではない。自分は主を裏切るつもりはなかったし、彼女を横取りするつもりもなかった。だが、もう彼女を知る前の自分には戻れない。そして主は、そんな恩知らずな私と彼女を祝福して下さるつもりだ。ここで彼の温情を無碍にすることはできない。


「行って参ります」


 アーネストは立ち上がると、颯爽と出かけて行った。


 あ、おい。仕事まだ残ってんだけど。…まあ、退勤時間も近いし、いいか。デイヴィッドは、彼の後ろ姿を苦笑いで見送った。




 彼がデイモンの執務室を訪ねると、彼女は書類仕事を手伝っている最中であった。「アリス殿、今日は助かった。そろそろ上がってくれ」と、デイモンは気を利かせて、彼女を仕事から放免した。


 デイヴィッド様に励まされ、勢いでここまで来たものの、彼女の顔を見ると、何から話したものか、どうしたものか、全てすっ飛んでしまった。とりあえず、自分と同じように真っ赤になった彼女を連れ出し、行く宛も思いつかず、いつもの魔法訓練場まで赴く。


 もう夕刻の訓練場は、人気ひとけもなく、いつもの通り、彼の貸切であった。アーネストは黙ったまま、爆炎エクスプロージョンを撃ち始める。


 気の利いた言葉の一つも出ない私を、彼女は辛抱強く待っていてくれる。ただひたすら、日課の爆炎を繰り返す私を、後ろで座って眺めている。気恥ずかしくて、いつものような制御が効かない。まるで覚えたての頃のようだ。彼女に伝えたい言葉や気持ちは溢れるほどなのに、何からどう伝えれば良いのか分からない。


 アリスはアリスで、彼と何をどう話せばいいのか、途方に暮れていた。昨日は安易に外泊してしまったが、あれは気の迷いで、あんなことするつもりじゃなかった、とか言われるんじゃないだろうか。ああ、そういうつもりじゃなかったんだ。男と女の友情ってもろい。ちょうどいい距離感が、ちょっとしたきっかけで壊れてしまって、元に戻らないことなんて、よくあることだ。やっちまったなぁ。今更また婚約者のチェンジを申し出るとか、それはないだろう。いっそ国外逃亡しかないか。


 ふと気がつくと、爆炎が止み、アーネストがアリスを見つめていた。


「…アリス殿」


 昨日から時折見せる、思い詰めた表情で、彼が歩み寄って来たその時。


「アーネストちゃああん!!!」


 城門の方から、ドップラー効果を巻き起こしつつ、魔王が襲来した。




「…母上。いかがなさいましたか」


「アーネストちゃん!あ、あなた、昨日は悪者に連れ去られて!…お前、よくも大事なアーネストちゃんに…!」


 魔王が私を指さして、鬼の形相だ。まあ、私でも、自分の弟なんかが怪しい女に連れ去られたら、正気ではいられないだろう。分かるよ。だが


「母上。そこまでにしていただこう」


 いつも母親と相対する際には、沈痛な面持ちで耐えていたアーネストが、アリスを庇うように割って入る。


「アーネストちゃん!どういうつもりなの!母は」


「母上。彼女は私の大切な婚約者だ。これ以上の狼藉は、いくら母上とて容赦はできない」


「んんん、んまああああ!!!」


 彼女の顔が、茹で蛸のように鮮やかに茹で上がった。魔王、鬼、タコの数え役満だ。てか、アーネスト様、どうした。君、そういうキャラじゃなかったじゃん。


「おおお、おま、お前っ、お前が、アーネストちゃんを」


 お、お、お。おま、おま、おまえ。私は脳内で鼻をホジりながら、彼女をDJリミックスしていた。こういうの、多分前世から得意だったんだよね。マトモに相手してたら胃に穴が開くし。


 すると背後から、


「お久しぶりです、母上」


 エリオットうじの声がした。そうだ。彼も彼女の可愛い息子なはずなのに、デイモン様の執務室に彼を訪ねて来たことなど、一度もない。


「なんですエリオット!今わたくしは大事な話し合いの途中なのです!」


 どこが話し合いなのか。てか、次男にはちゃんも付けなければ、まったく眼中にも入っていない。何だお前邪魔すんな、である。


「母上、今日はもう遅いので、。今後とも、どうかお幸せに」


 彼の瞳が、紫色に淡く光った。すると夫人は


「…そうね。あらやだ、あの人が待っているわ。ではごきげんよう…」


 と、気が抜けたようにふらりときびすを返して、彼女を追いかけて来ていた衛兵と共に、去って行った。エリオット氏の背後では、デイモン閣下が頷いている。きっと二人して、気を利かせて来てくれたのだろう。


 改めて、エリオット氏がアーネスト様に向き合った。


「兄上。あなたには、ずっと父と母を背負わせてしまった。申し訳ありません」


「エリオット…そんな…」


 エリオット氏はエリオット氏で、両親に冷遇され、ボロボロになっていたところを辺境伯夫妻に拾われた。そんなエリオット氏から、礼を言われるなど、アーネスト様は思ってもみなかったのだろう。


「アリスさん。兄上を、よろしく頼みますよ」


 そう言って微笑み、彼はデイモン様と共に、城へ帰って行った。


 取り残された私たちは、途方に暮れた。そうだ。こうなったらヤケだ。彼のペースに合わせてたんでは、何も進まない。昨日のやり直しを要求する。


「いっくよ〜☆」


「うわあああああ!アリス殿!私!私が先導するから!!」


 二人して、空の彼方へと飛び立った。




 そして結局、何も思いつかず、昨日の宿屋へ。昨日は翌日の仕事のことを考え、大人しく食事だけを頂いていたが、明日は休日だ。もう、パーっと飲んじゃって、ガーっと行っちゃおう。こういうのは勢いだ。


「ああ、アリス殿。こんな無茶して…」


 結局私たちは、昨日と同じ部屋に通された。しかも、へろへろに酔っ払って、アーネスト様に肩を借りて。ダメだ。今世のこの体も、アルコールには弱いようだ。飲ミュニケーションは大概にしなければいけまテン。


「えへへぇ。もういいじゃんさぁ。パーっと美味しいモンでも食べて、パーっと飲んで、ガーっと寝たら、全部忘れちゃうんだよぉ☆」


 運ばれたベッドの上で、服を一枚ずつ脱いでは投げ、脱いでは投げ。うん、自分でも酒癖が悪いのは自覚している。自覚しているのに、なぜかやっちゃうのが、酒の怖いところである。


「ちょっ、アリス殿!そんな風に」


 アーネスト様が慌てている。


「何よう。どうせ昨日も一緒だったでしょぉ?てか、アレなの?そんなつもりじゃなかったとか…?」


 涙が勝手にじんわり出てくる。中の人は、違うそうじゃないと慌てているのだが、自分の本体はアルコールに乗っ取られて、本音がダダ漏れだ。


「何を言って!」


 アーネスト様が備え付けのバスローブを掛けようとするが、酒乱女が大暴れして寄せ付けない。なんせレベルは400超えである。


「もうどうせ、私なんて飽きちゃったんでしょ!もう嫁の貰い手もないんだぁ、うわーん!」


 最悪だ。これまでにも、酒で失敗した記憶があるような、ないような。だが、ここまでの壊滅的な失敗は、記憶にない。都合よく忘れているだけだろうか。


 そんな私を、アーネスト様はぐっと押さえつけ、強引に口付けた。


 中の人は、「うわー、酒臭い女にキスとかやるな」とか、「今みぞおちにいいのが一発入ったけど大丈夫か」などと、冷静に観察しつつ。


 やっと大人しくなった私に、アーネスト様は真剣な表情で言った。


「アリス殿。本当は、昨日ここで君と一夜を共にする前に、言っておかなければならなかった。君を一生大事にする。どうか私と、仮初ではなく、ずっと一緒にいてくれないか」


 …あらやだ。そう、来られましたの。


「ほえ…」


 ダメだ。アルコールに乗っ取られた本体が、このプロポーズの意味を理解していない。


「…駄目、だろうか」


 ああ、そんな泣きそうな顔しないで。中の人、すっごく喜んでるから、うん。てか、ベロベロに酔っ払った相手にプロポーズしたって、あんまりアレっていうか…


「…えへ。なぁにアーネスト様ぁ、私たち両思いだったのぉ?」


 本体は、ニヤリと笑って、アーネスト様をとっ捕まえ、押し倒した。


「ちょ、アリス殿…?」


「うふふアーネスト様。恋人みたいなこと、しちゃう?」


 号泣から一転、くすくすと笑いながら、彼の耳や首筋に口付け、服に手を掛けて行く。


「あ、ああっ、駄目だアリス殿!子供が!子供が!」


「うふふ。子供、いーっぱい作ろうね☆」


 おい、何を言っているんだ、アルコール星人。あああ、人生の黒歴史がまた一つ…。


「あ、駄目だ!駄目だったら!ちゃんと手順を踏んでから、そのっ…」


「やぁだアーネスト様、やぁらしぃ〜♡」


 ぐへへへへ。良いではないか、良いではないか。




 朝チュンだ。朝チュンである。前日に引き続き、本日で二度目の朝チュンだ。


 私は全裸のまま、彼はバスローブで、同じベッドで眠っていた。私の脱ぎ散らかした服は枕元に綺麗に畳まれている。前回は酒が入ってなかった分、ちゃんと自分で身支度は済ませたから、余計にいたたまれない。


 昨日、真剣な表情でプロポーズしてくれた彼は、隣で幸せそうに眠っている。時々胸にスリスリして来て可愛いが、貧弱で申し訳ない。てか、前回に引き続き、狭いベッドで器用に眠ったものだ。次は恥を忍んで、ダブルにしよう。…宿の人にも、ダブル、勧められたんだったよな…。


 とりあえず、シャワーを浴びてこなければ。二日酔いで頭も痛い。彼を起こさないように、そろそろと。




 シャワーを浴びて戻って来ると、彼もまた起きていた。入れ替わりにシャワーを浴び、身支度を済ませ、せっかく勢いでここまで来たのに、また元通りのお見合いモードとなり。


「あの…昨日は、非常にご迷惑をおかけしまして…」


「あ、いや…」


 沈黙。


 いや、駄目だ。このままでは何も進まない。ベロベロに酔っていたとはいえ、プロポーズも受けてしまったことだし、これからのことをちゃんと話し合わなければならない。


 彼はプライベートだとほとんど口を利かないが、お仕事モードならサクサクと理知的に話が進められるおとこだ。今日は休日だが、さっさと朝食を終えて領に戻り、城の小会議室を借りて、紙とペンと共に、将来の話を詰めた。プロポーズは了承したので、このまま婚姻へ駒を進めること。爵位なんかは気にしなくていいし、私だってそこそこ稼げるので、食い扶持についても問題ないこと。子供は授かったら授かっただけ育てること。この辺は、私の実家で助けてもらおうかなって思ってる。そして、今度父上と母上が襲撃してきたら、一目散に逃げること。ああいうのは、マトモに相手してたら、キリがないので。いい加減ウザかったら、国外逃亡してもいいし、と提案したが、彼はデイヴィッド様に忠義を尽くしたいそうなので、ならば王都のタウンハウスででも働かせてもらったら?などと話し合った。


 彼がたった一晩で、こんなに私のことを考えててくれたの、すごくびっくりしたけど、これらはデイヴィッド様からの入れ知恵なんだそうだ。アイツ意外といいヤツじゃん。今度また張り切ってパワーレベリングしてあげよう。


 てか、ここまでで海デート一回、お泊まり二回。ここからお付き合いが始まる男女関係。片や女に目もくれず仕事一直線だった無愛想男子、片や前世は沼ゲーマー、今世もお色気からっきしの私である。


 私たちの戦いは、これからだ!

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