第54話 45話閑話・アーネストルート2(IFストーリー)

※45話でアリスがアーネストを選んだ場合の小話、続きです。


✳︎✳︎✳︎




 その日は出発をちょっと待っててもらって、いつメンいつものメンバーの揃うデイモン閣下の執務室に顔を出す。ちょうどみんな揃っていて良かった。彼らにとある許可を取り付けると、デイヴィッド様の執務室に戻る。


「じゃあ今日は、とっておきのダンジョンに行きますよ!防寒着用意してね!」


「…防寒着?」




 今日は久々に王都までやって来た。そう、防寒着といえば、いつメン以外には秘密だった、例のアイススライムの湧く隠しゾーンのある、上級ダンジョンである。さすがに王都の中まで馬車飛ばして飛んで行くと、人目について仕方ないので、今回は私とデイヴィッド様、アーネスト様の三人だけで、王都外れの上級ダンジョンまで、手を繋いで飛行。加速を使えば、ものの10分もかからず到着する。辺境伯家から王都までは、馬車で行くと一週間とか二週間とかかかるんだけど、直線距離をマッハ3で飛ばせば、ほんの散歩のようなものだ。ちなみに、コントロールはデイヴィッド様にお任せした。私だとノーコンなので、どこに到着するか分からない。


 二人とも、ダンジョンの中を除いて、乗り物を使わずに直接手を繋いで飛ぶのは初めてだったけど、デイヴィッド様は「イヤッホゥ」とノリノリで、アーネスト様も最初は面食らっていたけど、適応は早かった。一応、高速で飛ぶ時には、飛行機や新幹線のように、空気の膜を前に長く伸ばしてある。アリスちゃん、やればできる子。


 こっそりとダンジョンの裏山に降り立ち、何食わぬ顔でダンジョンへ。彼ら二人は有名人、私も学園祭で大暴れしちゃったので、面割れを避けるため、フードを被って門番を通過。ここ、防寒着必須だしね。なお、こういう時のために、隠密さんが使ってる偽名の冒険者カードをお借りしている。


集音サウンドコレクション空歩スカイウォーク飛翔フライ


 向かう先は隠し扉。周りの冒険者に気付かれないように、聞き耳を立てながら、足音を消し、人がいない時には飛翔スキルで一気にショートカット。本来風属性のAGIすばやさ極振りに真に期待される役割は、避けタンクではなく、斥候スカウトである。安心してください。それもゲームで散々やってますよ!




 結果、デイモン閣下のゴーレム馬車よりも速く、隠し部屋に突入。ファイアーボールはアーネスト様に任せた。二人とも、「こんな場所が…」などと驚いていたが、まだまだこんなことで驚いていてはいけません。


「さあ、こちらをどうぞ☆」


 パパパパッパパーン☆アーイースーピックー☆


 そうだ。みんなAGIすばやさは100を超えたので、ここからは楽しい狩のお時間です。


「見ててね!こうだよ!」


 はい、アイススライム三体〜。はいよろこんで〜。サクサク、サクサクサク。サク。


 はい、はぐれ一体〜。はいよろこんで〜。サクサクサクサクサク。


加速アクセラレイト掛けて、追いかけて追いかけて刺しまくる。以上」


 満面の笑みで、たぁのしぃよぉ〜?と迫ると、男二人が半歩後ずさった。なぜなのか。




 全部刺したら、次が湧くまでのんびりお茶タイムだ。本当は、ここにデイモン閣下でもいたら、隠れ家ブンカーを建ててもらうんだけど、今日は火・火・風のパーティーなので、火鉢でもって極寒キャンプである。とはいえ、みんな火属性装備を着込んでいるので、寒さは感じない。防寒着を着ているのは、明らかに高級品の火属性装備を隠すためと、ここに入る冒険者が皆防寒着を着ているので、カムフラージュのためだ。


「ここに網敷いて、餅焼きたい」


「アリス殿、餅、とは」


 そうなんだよね。まだ米を見てないんだ。まあ、私が記憶を取り戻したのが、貴族学園二年生の九月。まだ二年弱ほどしか経っていない。皇国でのスチル回収が終わったら、そのうち行動範囲を広げて、米探しの旅にでも出ようか。


 そしてここで、満を持しての「ラスイチ」である。二人とも、学園時代にプレイしたことがあって、ルールは分かっているみたいだから、早速札を配り始める。


「あ、僕ラスイチね」


 デイヴィッド様が無敵だ。


「アリス殿。こういった遊びにデイヴィッド様を誘うと、その…」


 そう言いながら、アーネスト様が申し訳なさそうに、私の前で上がる。全戦全敗、揺るぎなき最下位。まるで当時のデイモン閣下のようだ。


 ちゃう!こんなん、思てたんとちゃう!




 他のモンスター同様、アイススライムは30分で再出現リスポーンする。狩ってはラスイチ、狩ってはお菓子。マシュマロ焼いたり、ココア飲んだり。そうして半日ほど遊んでいると、だんだんとアーネスト様の表情が和らいできた。今も男子二人で、キャッキャウフフとスライムを刺している。


「ちょ、この」


「ク、クリティカル当たった…!」


「くっそ、こうなったら両手持ちで、ダブルスラッシュ!」


 スライムには剣術スキルは通用しないが、二刀流は良いアイデアかもしれない。すばしっこいスライムを相手にしている間に、超級の土のダンジョンよりも遥かに速くレベルが上がり、そして国宝と言われるスキルの種子しゅしがポロポロと落ちる。クルミみたいな味だと彼らに勧めてみると、おっかなびっくり口にしては、割とイケると驚いている。未だ在庫が一万七千個を数えるスキルの種子、彼らを共犯にして、どんどん消費してやろう。


 お昼を挟んで、そろそろおやつの時間。初日だし、今日はここまでにしよう。途中、浅い層で適当な魔物を狩って、ドロップ品をこれ見よがしにぶら下げながら門を出る。そして、乗合馬車に乗りに行くフリをして、裏山から飛び立ち、上級ダンジョンを後にする。


 本当は、王都でお茶しても良かったんだけど、今回は下準備もなく突撃したので、また今度。飛んで行くわけにも行かないし、乗合馬車でも面が割れる可能性がある。デイヴィッド様は、「楽しかったよ!今度は王都のタウンハウスの方に、部屋と馬車を準備しておくように手配するから」だそうだ。そして、途中の街に立ち寄って、屋台の串焼きを食べ歩いてから、領都に着いた。


 アーネスト様は、行きも帰りもほぼ無言だったが、帰りは少し、頬が上気しているように見えた。




 それからは、ほぼ三人で、あちこち回った。もちろん、彼らには彼らの仕事があるので、毎日というわけには行かないが。そしてこれまで一緒にレベリングしていた隠密さん達は、彼ら自身で土のダンジョンを周回できるようになったため、こちらの監督はお役御免。そのうち、彼らのレベルが一定に達し、必要なスキルが揃ったら、火のダンジョンでも案内しようと思う。


 なお、あの後エフィンジャー夫人の特攻頻度が上がったので、アーネスト様は隠密寮に配置換え。実際は、これまで通りデイヴィッド様の側近として働くんだけど、隠密は、人事も任務も全て極秘事項。どこで何をしているか、家族ですら教えてもらえない。完全に夫人シフトである。


「本当困るよね、あのお母さん」


 デイヴィッド様は苦笑いしている。アーネスト様は、そのたびに申し訳なさそうにしているんだけど、


「全部お前が背負うことはないんだ、アーネスト。部下が働きやすい職場を作るのも、上司の務めだからね」


 だそうだ。全く同意だ。彼の両親は、どちらも困ったちゃんではあるが、それを彼一人が全部背負う必要はないのだ。




 そんなある日。夫人が来そうな場所や時間を避け、普段は人の通らない中庭の通路を歩いていたその時。


「んまあ、アーネストちゃん!最近どうしていたのです!母は心配で!」


 うお!魔王と緊急エンカウント。


「母上。ご無沙汰しております。ここは立ち入り禁止区域、立ち入っては」


「黙らっしゃい!そんなこと、どうでもいいのです!それよりそこの」


 やっべ、ヘイトが私に向いた。


「お前、よくも可愛いアーネストちゃんをたぶらかして。あの場ではデイヴィッド様の御前ですから顔を立ててやりましたが、わたくしはこんな縁談、認めませんよ!」


 このママンがいつ、私の顔を立てたというのだろう。てか、ここ、城内居住者以外は立ち入り禁止だったんだ。後ろから衛兵さんが夫人を追って来るが、彼女のバイタリティドあつかましさには敬意を表したい。その上で、


「あ!あれ何?!」


 彼女の背後を指差す。


「えっ、何が」


 彼女が振り返った瞬間、アーネスト様の手を取り


「行くよ!」


 そのまま中庭から、上空へブッチ切った。




「うわあああああ!」


 アーネスト様が死にそうな叫び声を上げている。うんごめん、私の運転荒いけど、許してちょんまげ。そうだ、フェリックスうじん時は、炎のローブ被せて運搬してたな。


「アーネスト様、ちょっとごめんね」


 加速を一旦解いて着地して、ローブを頭から被せ、彼を抱え直し、再度出発。


「あああアリス殿!こっ、このような」


 アーネスト様は混乱している。ごめんよ。ちょっと目的地に着くまで、我慢して。


 領都を出て西に飛ぶと、大陸の端、海に出る。この海を渡って、西大陸の中程に、今度訪れる皇国がある。私は、この世界では一度も海を見たことがない。いつか行こうと思っていたのだが、行くなら今だろう。




 まっすぐ飛んで行くと、やがて海岸線が見えてきた。人の住んでいる港からは、ちょっと距離があるようだ。ここはリアス式海岸というのか、ゴツゴツと岩が立ち並び、所々にわずかな砂浜がある。日当たりの良さそうな砂浜に着陸し、彼と並んで腰を下ろした。


「一度来てみたかったんですよ、海。アーネスト様は?」


「…私も、初めてだ」


 ダッシュウッド辺境伯領も、王都も、内陸にある。私たちは、そのまま黙って、海を眺めていた。春の海は穏やかで、いくらでもこうしていられる。やっぱストレスが溜まった時は、海が一番だ。前世のことは、ゲーム以外、ほとんど思い出せないけど。


 ちらりと彼を見遣みやると、彼は何とも言えない切ない表情で、ただ海を眺めていた。彼には、心を整理する場所と時間が必要だ。そっとしておいてあげよう。




「アリス殿」


 どれくらいそうして座っていたのか。不意に、アーネスト様がつぶやいた。


「…私は、縁談など望んでいなかった。こうして、相手のご令嬢に、迷惑がかかるのが、分かっていたから」


 顔は、海に向けたまま。口調は穏やかだけど、なんだか触れると壊れてしまいそうに、目線が揺らいでいる。


「…そっか」


 それからまた、時間が流れた。彼は、何か言葉を紡ぎたそうで、それでも言葉が出てこなくて。


「いいんですよ、アーネスト様。無理に何か、話そうとしなくても。ゆっくりで」


「アリス殿…」


「ずっと言いたいことも言えないで、我慢してきたんでしょ。時間をかけて、少しずつ吐き出して行ったらいいと思いますよ。ほら、こんなふうに」


 私は立ち上がって砂をはたき、


「海の、バッキャローーー!」


 定番である。


「う、海?」


「そ、海のバッキャロー、ですよ。さあ」


 アーネスト様も、おずおずと立ち上がり、


「う、海の、馬鹿野郎…!」


「声が小さい!」


「海、海のバ、バッキャロ…」


「もっと腹から!」


「海の、バッキャロー…!」


「あと三回!」


「さ、三回も?」


「あははは」


 馬鹿馬鹿しくなって笑い出した私に、彼も釣られて笑い出した。これが、私が最初に見た、彼の笑顔だった。




 その後、腕輪マジックボックスに入っていた軽食と水を取り出し、海を見ながら朝食。そうなのだ。あのボス戦が早朝だったため、私たちはまだ朝食すら摂っていなかった。


「もうさ、ダッシュウッドの人たち、みんないい人だけどさ、真面目すぎるんだよ」


 最近大分取れかかっていた敬語をまるっと取っぱらい、スコーンを口の中でモリモリ咀嚼しながら、行儀悪く話しかける。


「真面目…かな」


「たまにはさ、今日は腹痛いんで休みますとか言って、こうしてブッチしてくればいいんだよ」


「はっ!しまった、今日は大事な会議が!」


「会議なんてどうでもいいでしょ。どうせ内容は決まってるんだし、議事録なんて誰が書いたって一緒だよ。私が一緒に叱られてあげるからさ、今日くらいサボろうよ」


「アリス殿…」


 アーネスト様は、ズル休みの罪悪感と、ボス戦に私を巻き込んだ罪悪感で、しおしおとスコーンを少しずつ口に運んでいる。お行儀の良いお坊ちゃんだ。だが


「私ね、アーネスト様のこと、ダメ人間にしようって決めたの。だから、私と婚約したからには、これから私に付き合って、どんどんサボらされて、どんどん叱られるから、覚悟してね!」


「…!」


 彼は「ヒッ」という顔をしている。やめろ、そんな目で俺を見るな。




 それから日がな、裸足で海に浸かってみたり、岩場でカニと戯れたりして、一日を過ごした。彼は仕事が気になったようだが、なんせ私が飛ばなければ領都まで帰れない。諦めて私に付き合い、貝殻を拾い、イソギンチャクをつつき、ウニを採って戻したりした。ウニは美味しそうだったが、食用可能な種か判別不能なため断念。彼はこれを食べるなんて信じられない、といった表情だった。


 紫外線も気にせず、二人して一頻ひとしきり海を堪能して。太陽が、少しずつ水平線に向かって、移動し始めた頃。


「…そろそろ、帰ろう。皆が心配している」


「そうだね。そろそろかな」


 そう言いつつ、なんだか名残惜しい。二人とも、海を見つめたまま、立ちあがろうとしない。アーネスト様の横顔は、最初に海に来た時よりも、思い詰めた表情をしていた。


「アーネスト様」


「…何、アリス殿」


「あのさ、海、また来よう」


「…うん」


「いつでも、連れて逃げてあげるからさ」


 その言葉を聞いて、アーネストは目を見張った。そして驚いた表情を、こちらに向けて来た。


「そうだよ。嫌なことなんか、いつでもブッチしたらいいんだよ。世界は広いし、どこにだって行けるし。だから、アーネスト様が全部背負うことないんだよ。ほら、デイヴィッド様だって…?!」


 全部言葉にする前に、彼は私をきつく抱きしめてきた。ハグというより、なんというか、海に来る前の、あの、私にしがみつくような。


「うっ…く…」


 彼の肩は震えていた。初めてダンジョンに出かけた時、訳も分からず号泣する彼を見て、多大に困惑したが、付き合ってみて分かった。彼はもともと、人前で涙どころか、感情を見せる男ではない。あの時も今も、何がきっかけで涙腺が崩壊したのか分からないが、彼はずっと一人でいろんなものを抱え、いっぱいいっぱいで、常に張り詰めていたのだ。感情を見せるというより、感情の吐き出し方すら知らない彼は、泣ける時に、泣いておくといい。


 彼の背中をさすり、髪を撫でながら、思った。ああ、弟枠が、また一人増えた。




 しばらくそうしていると、少し落ち着いてきたようだ。感情の爆発は止まったようだが、今度は気恥ずかしくて顔を上げられない、といった感じだろうか。しばらくして、バツが悪そうに顔を上げた彼は、ちょっと目元が腫れぼったかった。


「ふふっ。アーネスト様、目が真っ赤だよ」


「…うるさい。…頭が痛い…」


 視線を逸らして、もそもそとしゃべる。


「もう暗くなるし、領都まで正確に飛べるか分かんないし。どうせ叱られるんなら、その辺でもうちょっと遊んでから帰ろっか」


「…は?」


「どっかあっちに、大きめの港が見えたと思うんだよね。行こ!」


「あっ、ちょっ、うわっ!」




 少し北に飛ぶと、立派な港町があった。私たちは門番さんにお勧めの宿を聞き、宿の居酒屋で庶民料理をいただき、そのまま宿の一室で夜を明かした。部屋はツインルームだったが、彼が枕を持って物言いたそうにやって来たので、そのまま狭いベッドでくっついて眠った。


 翌朝、二人してダッシュウッド領まで帰還。帰りはアーネスト様に飛翔をコントロールしてもらった。どんなお叱りを受けるか、二人してビクビクしながらデイヴィッド様の執務室を訪れたが、彼からは「君は隠密寮所属で、要人アリスの警護に当たっていたわけだが、何か問題でも?」というお言葉をいただいた。しかし既に、私たちが昨夜帰って来なかったことは知れ渡っていて、デイヴィッド様だけでなく、いつメンいつものメンバーにも散々冷やかされた。今回ばかりは、彼を運搬していただけという言い訳は、通用しなかった。

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