第51話 46話閑話・式の夜

※46話、結婚式後の小話になります。


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 式の夜。


 ダッシュウッド城の一角、通称離れと呼ばれている、小ぶりな別館の主寝室。ダッシュウッド子爵ことデイモンが、右往左往しながら悶々としていた。


「お疲れ様、というべきか、綺麗だ、というべきか…それでは少し下心が」


 彼はもうずっと長い間、初夜について妄想していた。そう、彼女ブリジットに恋に落ちた一年半前に考案したパターンAは、「君に一生不自由させるつもりはない」だった。彼女がいずれかの貴族に嫁ぎたがっていると聞いたからだ。一年前のパターンBは、「私が盾になって君を守ろう」だった。彼女が貴族に嫁ぐ方針を変え、冒険者をこころざしたからだ。まんまと婚約まで漕ぎ着けた後のパターンCは、「私は君をお飾りのパートナーにするつもりはない」。これで決まりだと思っていた。だが直前になって、計画が音を立てて崩壊した。ずっと前から彼女に首ったけだったことを、パーティーメンバーにバラされてしまったのだ。


 まあ、それはそれで結果オーライだ。急遽白馬で連れ立って、丘の上の大木の下でプロポーズを行い、改めて了承を取り付けた。しかしこう、なんというか、次善策というかセリフのストックというか、想定していたシチュエーションやパターンを、全て失ってしまった。


 デイモンは、徐々に行きたかったのだ。自分の思いを匂わせつつ、外堀を固めてから自分の良さをアピールし、じっくりと。なぜなら、如何に優秀な辺境伯家の子息といえど、女性とお付き合いしたことのない、DTであることには変わりないのだから。


 普通の貴族家では、そういう・・・・教育やそういう・・・・機会が与えられることが、なくもない。だがデイモンはそれを望まなかったし、両親も無理強いはしなかった。何せダッシュウッド家は恋愛至上主義。自分の惚れた女を選びたい、その意思を尊重してくれたばかりか、「それでこそダッシュウッドの男だ」と父に背中を叩かれた。


 その、彼が尊敬してやまない父であるが、唯一どうしても理解できないのが、母との関係だ。兄に言わせれば、「あれはあれで仲が良い」とのことであるが、絶対に父と同じてつは踏みたくない。部下のエリオットの例もある。女性にリードを許すのが恐ろしかった。かといって、兄のように女性に対して如才なく接する才能もない。


 できないならば、時間をかけて準備するしかない。「君の全てを」いやちがう。「これから私たちは」これもちがう。人生において、初夜は一度きり。ここでしくじっては


「デイモン様?」


「のわっ!」


 至近距離からブリジットがデイモンの顔を覗き込んでいた。


「い、いや、ブリジット。今日の君はその、とても綺麗で」


「それは何度も聞きました」


 ブリジットは苦笑している。実際、今日の彼女は世界中のどの美姫びきにも劣らぬ、それは燦然とした美しさだったのだ。式後、侍女に磨き抜かれ、薄物を纏った彼女は、それにも増して美しい。


「き、今日は疲れたろう。もう休んでは」


 全く気の利いた言葉が出てこない。焦って変なことを口走らないか、それだけが気になって


「それなんですが…実はお嬢様が」




 ここへ来て、なんと元主人のアリス嬢が、「ブリジッドをを」と泣き崩れ、今も手がつけられない状態なのだとか。昼間からずっと号泣しっぱなしだが、どこにそんな水分があるのか。


「そういうことなので、客間で休んでいいですか?」


「あ、ああ、いいとも。おやすみ」


 では、と一言残して、ブリジットは去っていった。




 新婚初夜、広い寝室に一人。こんなはずでは。


 そうだ。間もなく皇国に使節として赴くことになっているし、そこでその、ブリジットの身がアレならば、色々差し障るに違いない。うむ。しかも、皇国が新婚旅行になるという意味では、逆にこれがチャンスなのではないか。うむ。


 デイモンは、明日早速皇国のデートスポットをまとめるよう、諜報部に指示しようと決めた。




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 式の夜。


「はー、終わったねぇ☆」


「そうですね、ようやくです」


 二人してベッドに腰掛け、一息つく。


 ここはダッシュウッド城の宿舎棟、家族用の一室。これまでは個人用の部屋を宛てられていたが、今日からはしばらくここが彼らの住まいとなる。本当は、城下に手頃な家を借りるつもりだったのだが、彼らもダッシュウッド家の要人であるため、それなりの場所と邸宅にすべきだと言われ、今のところ計画は白紙になっている。間もなく皇国に使節として赴く予定であるし、帰国してから改めて検討することになるだろう。


「今日…そのさ。あれで良かったの?」


 裕貴セシリーが言っているのは、昼間の騒ぎのことである。


「ええ。両親のことは、これまで何度も悩みましたけど、これで良かったと思っています」


 そう言いながら、エリオットはどこか切なそうに瞳を伏せている。彼のこういうもろいところ、それでも敢然と自分をかばって前に進み出たところ、そして結局、両親の幸せを願わずにはいられないところ…その全てが、裕貴にはたまらなく愛しい。


「もう、今日から俺がエリオットの家族だかんな!」


 ベッドに膝立ちになり、強引にエリオットを抱きすくめる。いつもなら真っ赤になって大慌てで逃れようとするエリオットが、そっと背中に腕を回し、胸に顔をうずめ、甘えてくる。


「ユウキ…」




 プチッ。脳の中で、何かが弾けて切れる音がした。アカン、もう辛抱たまらん。


 ドサ。


「ちょっ、ユウキ?」


 ブチ、ブチ。血走った目をした裕貴が、乱暴にエリオットのシャツのボタンを外していく。


「…初夜に何するかくらい、お前だって知ってっだろ。俺がどんだけ我慢してきたと思ってんだよ。今夜こそ逃がさねぇぞ」


 これが美少女から発せられるセリフでなければ、事件である。いや、美少女から発せられるからこそ、事件であった。なお、彼らの間では、恒例行事とも言う。


「ダメ、ダメですユウキ!」


「何がダメなんだよ、今日から俺たちは夫婦なんだからな。もう待たねぇ」


「もうすぐ皇国に赴くでしょう!その時に、ユウキの体に差し障りでもあったら」


 確かにそうだ。遠い皇国まで移動するのもそうだし、出先で何かあっては色々困る。何せあちらで体調でも崩し、そこで子供が出生でもしようものなら、皇国が国籍を主張し、難癖つけて出しゃばってくる可能性もあるのだ。


「…チッ」


 まるでならず者が警邏けいらを見つけた時のように、裕貴は引き下がった。組み敷いた相手が彼女かれの夫でなければ、ほとんど犯罪者の所業である。


「もう…エリくんがそういうなら、特別だぞッ?☆その代わり…」




 翌朝、エリオットは枯れ木のようになって出勤してきた。周りは「相当激しかったんだろうな」と生温かい目で見守っていたが、後から鼻歌を歌いながら出仕してきたセシリーが抱いている、分厚いクロッキー帳を見て、全てを察した。


 中には、ウエディングドレスならぬ光のドレスをまとった美少女の、悩ましい姿が描かれていたという。

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