第50話 45話閑話・デイヴィッドルート(IFストーリー)

※45話でアリスがデイヴィッドを選んだ場合の小話になります。


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「えーと、じゃあ…よろしくお願いします」


 フェリックスうじとデイヴィッド様の申し出をそのまま受け入れ、私はそのままダッシュウッド男爵夫人への道を歩むこととなった。結婚式は最短の日程で開催された。式場も衣装も、招待客の手配やその他諸々、既に準備万端整っていた。皇国に旅立つ前に、各カップルの挙式を済ませようと思ったら、まずは嫡男のデイヴィッド様から執り行わなければ示しがつかない。私がフェリックスうじを選ぶのか、それとも正当なダッシュウッド男爵たるデイヴィッド様を選ぶのか、全てはその答え待ちだったらしい。これでデイモン閣下とエリオットうじの挙式の日程も決まるそうだ。みんななかなか日程決まらず大変だな、と思ったら私のせいだった。なんかごめん。


 私が知らない間に、ウェディングドレスもちゃっかり仕立て上げられていた。卒パの時にドレスを作ったクチュリエでは、あの時既に同時進行で制作が始まっていたらしい。色々文句を言いたいところではあるが、思い返せば皇国は男女間の身分差が激しく、独身の女性が皇族に見初められでもすれば、強引に後宮へ召し上げられる可能性もある。そんな設定があったことを思い出した。乙女ゲームではそれがロマンなのだが、実際ちょこっと遊びに行きたいだけの私たちには、たまったもんではない。私が皇国に行きたいと判明したのは卒パの後なので、これは偶然の産物なのだが、他国からの縁談の横槍ってそういうことだ。とりあえず、早く身を固めてしまうのに越したことはない。悔しいが、ダッシュウッド家様々さまさまである。


「さ、行こうか」


 白いタキシードに身を包んだデイヴィッド様が、手を差し伸べる。弟のデイモン閣下も普通にイケメンだが、デイヴィッド様は火属性なせいか、同じ顔をしていても、なんというか華がある。カリスマ性とも言うべきか。ゆるくウェーブした見事な赤髪に、父親譲りの優しい眼差し。だけどちょっとした仕草の端々はしばしに見える、母親譲りの妖艶さ。飄々としたフレンドリーな雰囲気でいて、抜け目のない策略家。自分が盤上に乗せられていると気付いた時には、既にチェックメイトで詰んでいる。待って、コイツかなり私のドストライクなのでは。いやいや、騙されちゃいかん。コイツの第一声は「踏んでください」だったのだ。オーケーオーケー。まだ焦る時間じゃない。


「そんな見つめられると、照れちゃうな。でも行くよ、みんな待ってる」


 焦る時間だった。っていうか、もう焦っても無駄な時間だった。会場からは拍手が鳴り響き、入場曲が流れている。




 その後は祝宴が催され、みんなに祝福され、これっぽっちも現実感が持てないまま、注がれるままにジュースを飲み干した。中にはアルコールが入っているものもあったようで、足元がふわふわしている。この世界では学園卒業と同時に成人扱いであり、みんなもっと早いうちからアルコールをたしなむのだが、前世同様、この体はあまりアルコールに強い体質ではないようだ。いい気分でうとうとしているうちに、侍女の皆さんにピカピカに磨き上げられ、デイヴィッド様の寝室に放り込まれた。デイヴィッド様が、私の顔を覗き込んで、「おやおや、姫はもうお休みの時間かな」なんてキザなセリフを吐いたような気がする。気がついたら朝だった。


「おはよう。目が覚めたかい?」


 デイヴィッド様はもう身支度が終わるタイミングだった。私はまだボンヤリしているが、侍女さんたちが慌ただしく寝具の交換に来たので、大人しく朝風呂に入れてもらう。


「君たちの住んでいた世界にも、そういう風習はあったんだろ?」


 裕貴セシリーくんに聞いたそうだ。こちらにもまだ、花嫁の純潔を確認する風習の名残があって、メイドが朝イチに寝具を交換するのだそうだ。生々しい。私の微妙な表情を見て、「いや、実際確認なんかしないからね?」と慌てていたが、私が望まないことは強要しない、その言葉に嘘がない事を知って、安心した。




 それから先の生活は、淡々としたものだった。最初のうちこそ、デイモン閣下やエリオットうじたちの挙式、そして皇国へ使節として旅立ったりもしたけども、後はいつも通り、好きな時に起きて、好きな時に好きな場所へ冒険に出かける。これまでと違うのは、デイヴィッド様が次期辺境伯としての仕事を次々とデイモン閣下に移譲し、自身の影武者を立て、必ず一緒に冒険するようになったこと。


「辺境伯、デイモンに譲っちゃってもいいかな?」


 ある日、まるで新しい文房具でも買うようなカジュアルさで、デイヴィッド様に聞かれた。ええ、ええ、どうぞどうぞ。私には関係のないことだし、ブリジットなら辺境伯夫人として立派に勤め上げるだろう。万々歳である。あ、その場合、私がブリジットに「奥様」とか言わなきゃいけないんだろうか。


「ふふっ。アリスちゃんならそう言ってくれると思ったよ」


 元々、生まれが辺境伯家の長男だっただけで、ゆくゆく辺境伯になるんだろうな、とは思っていたが、辺境伯になりたいと考えたことはなかったそうだ。ただ、一人の戦士として誰よりも強くなりたいという願望はあったらしい。それは、辺境伯をやりながら目指すこともできたが、私とパーティーを組めば、ずっと早くに達成できる。しかも自分が思ったよりも、はるかに強く。あれから1年が経ったが、私のレベルは500を超え、彼も400が目前に見えてきた。正直、これ以上何をどう強くなったら良いのか分からないが、彼と一緒にまだ見ぬ世界を自由に旅できるのは、単純に楽しい。


 デイヴィッド様は、自分で言っていた通り、大体のことは簡単にマスターしてしまう。戦闘のセンスも申し分ないし、あらゆる国の言語や風習、政治情勢や生活様式なども一通り精通している。私の話を1聞けば10理解するので、もうこの世界のゲームの知識について、彼に伝えることなどほとんどない。


 次期辺境伯の座を降りると決めたとて、彼も私もダッシュウッド家の要人であることには変わりない。後進の育成ということもあるし、二人だけでどこかに行くということはなかった。入れ替わり立ち代わり、誰かしらがパーティーに入り、毎回賑やかな道中である。例の土属性の側近さんは準レギュラー扱いで、彼は早速ロックウォールとゴーレム作成を伸ばし、ゴーレム馬車とフォート担当となった。それを私のスキルで飛ばし、アンナさんが操縦する。馬車で旅するって、なんか国民的RPGみたいでウキウキする。その頃にはもう、彼を踏むとか踏まないとか、変態とか変態じゃないとか、そういうことはどうでもよくなっていた。




 長旅から帰ったある日。久々にダッシュウッド領に帰り、しばらく羽を伸ばそうということになった。アンナさんや側近さんをずっと借りっぱなしだったのもあるし、多くの仕事をデイモン閣下に丸投げしたからといって、デイヴィッド様の仕事が無くなったわけでもない。後の3人は忙しそうにしていたので、隠密筆頭のフェリックスうじをお借りし、一緒に闇のダンジョンを回った。先代筆頭が飛翔フライ加速アクセラレイトをレベルマックスにしたおかげで、彼らは度々パーティーを組んで、超級をアタックしているらしい。私と一緒に回っていた時のように、無傷で先制撃破とばかりは行かないようだが、水属性のメンバーを入れてヒーラーを育成したり、戦法を工夫したりして、任務がない時にはみんなこぞって周回に出かけているそうだ。実際、彼のレベルもスキルも、過去とは比べ物にならないほど上昇していた。戦い方も洗練されている。


「お嬢、ホントありがとな」


 フェリックスうじに言われると、なんかこそばゆい。この日は張り切って周回して、闇属性装備をいっぱいゲット。腕輪までは取れなかったが、闇属性のフェリックス氏にプレゼント、アンナさんへの手土産にした。最近はみんなで属性装備を集めて来られるようになったので、一旦はダッシュウッド家のものとして納められるが、後で適宜主要なメンバーに分配されるようになったらしい。もともと闇属性の人物が少ない上、闇のダンジョンは臭かったりオドロオドロしくて人気がないため、闇属性の装備は少ないようで、大変喜ばれた。そんなに喜ぶくらいなら、もっと早くあげればよかった。多くはないが、在庫があったのに。




 問題は、その翌日だった。珍しく朝からデイヴィッド様の執務室に呼び出されたと思ったら、


「今から息抜きに超級でも回りたいんだけど、どこに行こうか」


 と満面の笑みで切り出された。だけどアレだ、目が笑ってないヤツ。なんだろう、私、何かやらかしただろうか。


 とりあえず、ここから一番近い土のダンジョンを目指す。急なことなので、二人で向かうことにした。昨日と同じように、私の飛翔と加速を使い、デイヴィッド様が私の手を取り、目的地までの飛行をコントロールする。


 相変わらずニッコニコのまま、ファイアーボールで入口の扉をぶっ飛ばす。


「…デイヴィッド様、なんか怒ってる?」


「いや?何でそう思うの?さ、行こうよ」


 後はデイヴィッド様の無双だった。片手間に、雑草でもぐかのように、炎の剣で地竜をほふって行く。最初このダンジョンに来た時、ダブルスラッシュで地竜を先制撃破して感動していたのが、遠い昔のよう。たった一年で、よくここまで強くなったものだ。何なら、迷宮の罠として転がってくる大岩まで、炎の剣で砕いて行く。この大岩、耐久度が設定されてたなんて、知らなかった。


 近所を散歩でもするような調子で、あっという間にファフニールの手前まで到着。最終のセーフゾーンで、彼はやっと立ち止まった。


「昨日さあ、フェリックスと闇のダンジョン行って、楽しかった?」


 にこにこしながら聞いてくる。ほらぁ、やっぱちょっと怒ってんじゃん!


「怒ってなんかないよ…ちょっと、軽率だとは思うけどね?」


 ヤバい激怒している。


「君さあ…自分自身のこと、見くびってるよね?君がもし、フェリックスとまかり間違って、何か間違いでも起こった時には」


 あー、そうか。そこでお子様でも授かろうもんなら、お家騒動に発展しちゃうよね。でもさ、


「フェリックスうじはそんなことしないよ?」


「ははっ、分かってないなぁ」


 ずいっ、とデイヴィッド様が距離を詰めてくる。


「君は自分のことを、女性的じゃないとか魅力がないとか気にしてるようだけど…男がみんな、母上のような女を欲してるわけじゃないんだよ?」


「ちょっ」


「君のようないとけない初々しさ、それがどんなに男心をくすぐるか、もうちょっと自覚した方がいいね」


 は?そんなこと聞いてないんですけど?!


「何を焦っているのかな?僕は君の夫だ。僕には君を求める権利がある。そして、男と二人きりになるっていうことは、こういうことだ」


「ちょっと、私とは子作り不要だって」


「必要はない、って言ったけど、しない、とは言ってないよ?」


 ふふふ。壮絶な色気でもって、壁際に追い詰められる。こ、これが噂の壁ドン…!




「…っていうところで、目が覚めたの」


「お嬢様、けっこうエグい夢っスねぇ…」


 ブリジットが頬を抑え、キャーキャー言っている。この恋バナ大好き女め。


「壁ドン…ハーミット嬢からされた時には怖くて焦ったスけど、エリくんならされてみたいっスねぇ…♡」


 裕貴セシリーくん、目がハートマークである。


「ぶっ」


 執務室の次席で、エリオットうじが紅茶を吹き出して真っ赤になっている。そしてデイモン閣下は、仏頂面で何も聞かなかった風を装い、手元で何かメモを取っている。


 後日、閣下とブリジットは二人して土のダンジョンに出かけて行った。そしてエリオットうじは、勇気を振り絞って裕貴セシリーくんに壁ドンを仕掛けてみたものの、そのままソファーに押し倒されそうになり、執務室まで逃げ込んで来たという。

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