第43話 地獄の猛特訓

「というわけで、『チキチキ!高所恐怖症を克服しよう鬼の猛特訓ツアー』!」


 どんどん、パフパフ。SEサウンドエフェクトはアカペラで。


「パフパフって何だよ…」


「だって爺やさんに、常に隠密を付けるように言われたんだもん」


「俺がいくら言ってもダメなのに、先代の言うことならいいのかよ…」


「まあまあ、そんなことはどうでもいいから!とりあえず今日は光のダンジョンまで空飛ぶおデートだよぉ☆」




 と、始めてみたものの。


「もうホントごめんって。こんなダメとは思わなかったんだって」


 フェリックスうじの手を取り、飛翔フライを掛けて、加速アクセラレイトしてすっ飛んで行ったところ、彼は加速が終わった時点で気を失ってプラーンとしていた。マジでごめん。


 とりあえず、ここは渓谷地帯なので、その辺の岩影に着地。結構遠くまで来ちゃったけど、目的地までもうちょっとあるし、こっから引き返すにしても、どうしたものだろうか。


 肌寒いので、炎のローブを掛けてあげる。火属性エンチャントが掛かっているので温かい。正直、この属性装備は余りまくっているのだが、恐れ多いとか言って誰も受け取ってくれない。パーティーメンバーに、土属性を除いてぞれ一揃いずつと、ダッシュウッド家に火属性2セット、グロリア様に水・火・闇・光を1セット、アーネストうじにも火を少々お裾分けしたが、それだけだ。


 スキルの種子もそうだ。デイモン閣下に無理を言って、半分預かってもらっているのだが、土の腕輪が取れ次第、風の腕輪とともに返って来ることになっている。パーティーで山分けしようって言ってたのに、誰も引き取ってくれない。まあ、国宝がスキルの種子、王家に伝わる伝説の武器防具が風の革鎧と風の細剣、辺境伯家の家宝が炎の鎧という時点でお察しだ。こんなの、暇つぶしの周回で山ほど落ちるのに、売ることも譲ることもできず、溜まって行く一方なのである。


 そうだ。書類上は婚約者なのだから、いっそこのままペーパー結婚しちゃって、今度闇の腕輪でも取った日には、在庫を全部腕輪に突っ込んで、コイツフェリックスに押し付けてしまえばいいのではなかろうか。


 それにしても、この無駄なイケメンっぷりよ。なんていうか、黒髪黒目って言うけども、顔が西洋人なんだよな。スペインの方の人っぽい。綺麗な顔。なっがいまつ毛。このお色気で、いっぱいハニトラしてきたんだろうな。ちくしょう、他の2組は青春ウッキウキなのに、私は美貌のエージェントにハニトラされてるよ。


 何で腹立つって、結婚詐欺みたいだからだよね。そう、これって元の世界だと完全に結婚詐欺じゃん。貴族の娘であるからして、利害関係で決まった結婚ってある程度覚悟してたけどさ、なんせ貧乏子爵家のモブ令嬢だもの。詐欺ってカモられるだけの持参金も資産もないもんだから、お色気で来られるパターンは、完全に予想外だったわ。


 暇にかせて、つらつらと考えているうちに、フェリックスうじの瞼が微かに震えた。やがて薄く開いた目で、辺りを見回し、私の顔を捉えた段階で、状況を把握したようだ。


「お嬢…すまねぇ…」


 かすれた声で弱々しくつぶやく。こっちが無理させたので罪悪感がヤバい。


「あ、いや、本当ごめん。こんなダメとは思わなくてさ」


「…ずっとどうにかしようと思ってるんだが、こればっかりはどうしようもねぇんだ。本当、すまねぇ」


 そう言ったきり、フェリックス氏はそっぽを向いてしまった。


「もう今日は帰ろっか。本当無理させてごめんね。休み休み、ゆっくり帰るから」


「いや…もうちょっと待ってくれ。もうちょっと経てば大丈夫…」


 フェリックス氏の手がわずかに震えている。寒いからではないだろう。そうだ。うちの弟も、雷が怖くて、いつも頭から毛布をかぶって震えていた。


「ちょっ、お嬢…」


 そんなときは、毛布の上からすっぽりハグして、頭をぽんぽんするに限る。伊達に長年お姉ちゃんをやっていないのだ。今回は、毛布じゃなくて炎のローブだけども。


「ほら、怖くない怖くない」


「何だよ…いっつも俺のこと、蛇蝎だかつごとける癖に…」


「いいじゃんちょっとくらい。仮初かりそめとはいえ、婚約者なんだし」


「…本っ当、わけの分かんねぇ女だな…」


 すっかり弱ったフェリックスは、なすがままだった。


「…なんかさ…『姉上』、って感じだよな」


「なぁにそれ。ウチは貧乏子爵だから、姉上なんて言わないよ?」


 どちらからともなくクスクスと笑い合って、しばらくそのまま時を過ごした。弟のことなんて話してないのに、私の完璧パーフェクトな姉っぷりがそうさせたのか、それとも育った環境の中に、『姉上』と呼ぶような特別な存在がいたのだろうか。彼が孤児だということは聞いているが、彼が自分から話そうとしない限り、私が根掘り葉掘り聞き出すことでもないだろう。ただ、まあ、「ハニトラはダメだが弟なら行ける」ということは分かった。


「ずいぶん年上の弟が出来ちゃったなぁ」


「何だそれ。悪いかよ」


 結局その日は、そのまま帰還した。何度か休憩を挟みつつ、いくつか飛び方を試してみて、ハグした状態で飛ぶのが一番マシだということが分かった。ハグって言っても何と言うか、頭からすっぽり炎のローブを被せて、簀巻すまきのようにしたフェリックスうじを輸送しているような格好である。当然フェリックス氏の腕も私の腰に回っているのであるが、ハグというより恐怖と闘いながら必死にしがみついている。まるでチョウがサナギになってキャベツに止まっているかのようなこの状態、私はこれを「サナギ運搬業」と名付けた。




 帰ったら、みんなに盛大に冷やかされた。サナギを運搬していただけなのに。解せぬ。

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