第42話 41話閑話・策士策に溺れる

 アリス、エリオット、セシリーが去った執務室。長らく続いた沈黙を破ったのはデイモンだった。


「あー、えーと、バートン嬢」


 【速報】デイモン、まさかの苗字呼び。


「…さっきお嬢様が言ってたアレ、本当なんですか…?」


「え、えーとまあ、アレだ。済まなかった」


「済まなかったって」


「だって断られたら立ち直れないだろう!」


 【悲報】デイモン、まさかの逆ギレ。


「君が王都の貴族に見初められて政略結婚に持ち込む算段であったことは常々聞いていたが、私は嫡男ではない。今は『辺境伯家の次男』として持ち上げられてはいるが、いずれ誰かと婚姻を結べば父上の持つ子爵位をたまわって、単なるいち子爵となるだろう。当初君が狙っていたような大貴族でも有力貴族でもない。しかも君たちは貴族に嫁ぐのを諦めて、冒険者になろうというではないか。完全に辺境伯家を飛び出して冒険者の道を歩むことは、正直私には難しい。ならばアクロイド女史を辺境伯家の重鎮として取り込むことを条件に、冒険者業を続ける約束を両親に取り付け、バートン嬢に協力を仰ぐという名目でどさくさに紛れて婚約を結び、外堀から埋めていけばいつか君も振り向いてくれる時が来るのではないかと」


「ちょっちょっ、そういっぺんにまくし立てられましても…!」


「君が!アリス殿の無茶な攻略に付き合いながら!あの中級ダンジョンのセーフゾーンで!簡素な水筒から豊かな風味を保ったお茶を!絶妙なタイミングで差し出した!その完璧な手際と優雅な所作、何より燃えるような美しい髪と瞳に!」


「落ち着けーーー!!!」


 はあ、はあ、はあ。




「…そういうの、不意打ちで婚約発表する前に言って欲しいんスけど…」


「すまない…」


「…貴族の娘として、最初から政略結婚は覚悟しておりました。準男爵家といえば、ほとんど平民と変わりありませんから、正直子爵様でも大金星でございます。ですが…」


 叱られた子犬のようにしおれるデイモンに、正面から向き直る。


「プロポーズのやり直しを要求します!」


「!…それでは…!」


「…私、白馬に乗った王子様に迎えに来てもらうのが夢だったっス。ですからいつか、その…」


「よかろう!すぐに厩舎から白馬を連れてくる!」


「は?」


「玄関で待っていてくれ!今から丘まで遠乗りだ!」


「ちょ、待てよ!」


 デイモンは振り返りもせずに執務室を走り去って行った。




「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。やりましたなぁ坊ちゃま」


 庭木の手入れをするかたわら、すべてを聞いていた老爺ろうや。この後、アリスの誘いを受けて、水のダンジョンに赴くのであった。

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