第40話 33話閑話・背徳の国

 卒業パーティーもほど近いキャンパス。一人の女生徒が、サロン棟への渡り廊下を、高速スキップで駆け抜けて行く。いつもは時間ぎりぎりか遅刻の常習犯であるが、普段の切羽詰まった駆け込みとは違い、軽快な足取りである。


 サロン棟には、学生がサークル活動などに使うための部屋が用意されている。いつもの5人パーティーで、いつもの小部屋を、いつもの時間に。ダッシュウッド辺境伯家の名前で、エリオットうじが押さえてくれているはずだ。


 今日はちょっくら学外に出て、季節限定いちご抹茶チーズチョコモンブランシューをゲットしてきた。この世界に抹茶味がある時点でお察しであるが、あえて定番を全てブチ込んでくる暴挙がたまらない。全員分プラス1個買ってきたのだが、もちろんそれは自分用。ブリジットに小言を言われる前に、サロン備え付けのお茶で先にゆったりと味わってやるのだ。というわけで


「一等賞〜☆」




 扉を開くと、そこは背徳の国だった。


 長椅子に横たえられた、退廃的な黒いドレスを着た美少女。その少女に肉迫し、


「いいよいいよ〜、目線もっとこっち…いいねぇ〜…」


 と鉛筆を走らせる美少女。鈴を転がすような美声だが、ねっとりとしたいやらしい響きがミスマッチして、妙に耳につく。


 ボタリ。シュークリームの入った箱が、無惨に落下する音がした。


「し、失礼しました〜…」


 パタム。


 背徳の扉は閉じられた。




「普通!サロンで!ああいうことするか?!」


「だってアリスさん!女子寮は男子禁制で、男子寮は女子禁制なんですよ?!」


 少女アリス美少女セシリーが睨み合っている。その奥で、ソファーの上で体育座りする男子生徒エリオットに、声を掛けあぐねているその主人デイモン。ブリジットだけが淡々とお茶を淹れていた。潰れてしまったシュークリームは、元通りとは言えないが、綺麗に盛り付けてある。


「はいはい、後にしましょ。お茶入りましたよ、冷めますよ」


「ほらエリオット、我らもいただこう」


「…私、もう外を出歩けません…」


「大丈夫!エリオット様は私がお嫁にもらってあげます☆」


「裕貴くん、「エリオットは俺の嫁」はこっちの世界じゃ通じないよ…」


 取り上げたクロッキー帳をパラパラと眺めると、それは悩ましい美少女が延々と描かれていた。絵柄が多少漫画チックなのは否めないが、なんというかこう…


「…君、抱き枕でも作るつもりかね?」


「いいですよね抱き枕。どっか作ってくれるとこないっスかね?」


「ボイスCD付きで19,800円」


「10枚は買います!」




 エリオットうじとの卒パそつぎょうパーティーお誘いイベントを終えて、裕貴くんはデイモン閣下とブリジットにも前世の話をシェアすることにした。もっと驚かれるかと思ったが、


「アリスと二人で時々わけの分からないことで盛り上がっている理由が分かった」


 とのこと。心外である。


「3枚は洗い替えでローテーション、2枚は裏表で額に入れて壁に飾り用、あとの5枚は保存用っス」


「寸分の隙もない推しムーブ」


「お嬢様、その10枚って何なんスか?」


 ブリジットが「聞きたくはないが一応」という目で確認してくるので、余す所なく説明する。これぞ日本のHENTAI文化が誇る、抱き枕というヤツである。


「ヒッ…」


 部屋の隅から悲鳴が聞こえる。横でどう慰めていいか分からないデイモン閣下がとりあえず上着を掛けてあげている。紳士。


「今までずっと疑問だったんだけどさ、絵師の人って、自分の絵で仕上がった製品って、ちょっと恥ずかしくないの?」


「あーまあ、そういう人もいるでしょうけど、自分は断然推し愛の方が強いんで、気にならないス」


 他に製品化してくれる絵師さんもいないだろうし、だそうだ。


「なぁんでそんな抱き枕なんてまどろっこしいこと。もうカップルなんだからイチャイチャすればいんじゃないっスかぁ?」


「チッチッチッ、ブリジット。分かってないなぁ」


「そうっスよ!いずれ本物は抱いて眠るとして、抱き枕は別腹っス!」


「ヒィッ…」


「落ち着くのだエリオット。きっと男女の中には、それぞれ人に言えない関係性があるのだ」


 閣下が遠い目をしている。何か思い当たることでもあるのだろうか。


裕貴セシリーくんがあんだけあざとい攻勢に出てた時点でお察しだよねぇ、地雷だって」


「アリス嬢。男はそこが地雷原だと分かっていても、避けられないものなのだ」


 閣下が何かの悟りを開いている。兄上デイヴィッドもド変態だし、きっと聞いてはいけない感じのヤツだ。男女ってヤツぁ、ごうの深いものである。

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