第37話 メンバー交代

「アレは駄目だ」


 隠密たちからの報告は、その一言であった。それは、「あんなに楽して経験を稼げては、もう元の訓練法に戻れない」という意味でもあるし、「あんなに簡単に経験を稼ぐ方法が存在することは、非常に危険だ」という意味でもあるし、何しろ「楽し過ぎてヤバい」という意味でもある。


 これを聞いて、居ても立ってもいられなくなった辺境伯と、愉快な仲間たち。すなわち、辺境伯ご本人と、ご長男のデイヴィッド様と、側近でありエリオットうじの兄上であるアーネスト様が、本日のゲストメンバーである。一応、御者ぎょしゃにはアンナさん、そして変態デイヴィッド様けに、仮の婚約者であり現隠密筆頭のフェリックスうじ。今回も、満員御礼6人パーティーで、土のダンジョンに挑む。私の超速飛翔フライに、加速アクセラレイトの移動であるが、アンナさんの制御技術は神懸かみがかっている。領都はずれのとりでから、ものの5分ほどで危なげなくダンジョンに到着。前回の、山をも貫く命懸けの火の玉アタック(←馬車移動)とはエラい違いである。


 辺境伯ダニエル様、次期辺境伯デイヴィッド様には、あらかじめ火属性装備が一式詰め込まれた腕輪を献上してある。アーネスト様は、普段デイヴィッド様が使われないローブと杖を貸与たいよされていた。火属性の象徴たる赤髪である以外は、弟のエリオットうじによく似た、ちょっと神経質で勝気な印象のアーネスト様であるが、先日のお父上の盛大な失態に対し、ものすごく申し訳なさそうにされていた。きっとデイヴィッド様にこってり絞られたのだろう。そんな彼は、火のINT(かしこさ)極振り、レベル70。典型的な固定砲台である。




 今日は土属性がいないため、初手ダンジョンの侵入から火属性頼み。属性装備の火属性トリオに、入り口の岩の扉、とりわけ蝶番ちょうつがいの部分を狙って、全力のファイアーボールを叩き込んでもらう。岩の扉はバランスを失い、轟音を立てて倒れた。


 全属性の中で、火属性はとりわけ攻撃に長けた属性だ。全てのスキルが、大火力を生み出すように作られている。しかもそこに、あらかじめ火属性のエンチャントが掛けられ、更に火属性のスキルに上乗せ補正がかかる火属性装備を着込んだら、相性の良い土属性の敵相手に、無双以外の筋書きはなかった。私、フェリックスうじ、アンナさんの3人は、ぶっちゃけ今日は純粋な付き添いというか、引率である。


「ヒャッハアアアア!」


 案の定、バトルジャンキーなデイヴィッド様が、真っ先に特攻を掛ける。AGIアジきょくは、先手必勝がセオリーなため、最初に突っ込んで行くのが正解なんだけども、その分初手で仕留められなかった場合、一番危険なポジションでもある。その削りきれなかった部分に、後からダニエル様の大剣と、アーネスト様の爆炎エクスプロージョンが後追いして、試合終了。かなりのオーバーキルである。


「アリスちゃん、どうかなっ☆」


 多少息が上がり、上気した表情で、デイヴィッド様が戻ってくる。顔には「褒めて褒めて」と書いてあるが、正直及第点を付けることは出来ない。火属性は火力でゴリ押し、それは正義なのだが、一気呵成いっきかせいに削り切れなかった時、非常にもろい。今回は、相手が土属性であるため、倒すのも容易たやすく、また相手からの攻撃も火属性装備がかなり緩和してくれるのであるが、火属性装備が無かった場合、また相手が他属性、とりわけ水属性であった場合は、そうは行かない。相手が苦手属性でも対処できる、丁寧な戦略と立ち回りが必要だ。


 次の戦いへはやるトリオを静止し、まずは残りの3人で地竜に挑む。私は風属性装備、後の二人は闇属性装備だ。今回は私の空歩スカイウォークと、闇属性の二人のデバフのみ解禁。フェリックスうじもアンナさんも、さすがは戦闘職。空歩を完璧に使いこなし、絶妙なタイミングでデバフを仕掛け、3人で地竜に何もさせず完封、火属性のトリオとほとんど変わらないタイムで撃破した。




 次は私が単騎で地竜に挑む。正直、苦手属性であってもレベル400もあれば倒せないわけがないのだが、火力の乏しい風属性が、苦手な土属性を相手するのは、正直骨が折れる。だが、ここで一回、本気を見てもらわなければならない。


 風のAGIアジきょくの切り札は、正直飛翔フライ加速アクセラレイト空歩スカイウォークくらいしかない。その他はおまけだ。だが、それで十分。風属性は、機動力こそパワーである。加速を掛け、飛翔と空歩を使い、地竜の関節という関節、うろこの隙間、あらゆる弱点を、風の細剣で縦横無尽に突いて行く。実際、攻撃の通りは良くない。火属性の剣に持ち替えればすぐに終わる戦いだ。普通の店売りの剣であっても、風の細剣よりはよほどダメージを与えられるだろう。だが、機動力と手数、丁寧で正確な攻撃さえあれば。


 ズウン、と轟音を立て、地竜が倒れ伏し、そして消滅した。




「ぶいっ☆」


 ドヤァ。相性が悪くても、自分の強みを活かせば、倒せないことはないのだよ!まぁ、レベル400もあれば、地竜なんて誰でも倒せるんだけどね…。そしてなんのことはない、やってることは、アイススライム狩りと同じなのだった。


「すっ…げ…」


 苦々しい表情で、デイヴィッド様が漏らした。ちょっとやり過ぎちゃったかな。違うんだ、やり込めるつもりじゃなくて、もっと工夫して戦おうよって言いたかったんだ。ドヤ顔したかったことはいなめないが。


 次の地竜の前のセーフゾーンで、みんなで反省会。もう、私がこのゲームの知識を持ってることは、辺境伯家の首脳陣には知れ渡っているから、遠慮なく攻略情報を披露する。


「地竜は、HP(たいりょく)1,000、守備力200。デイヴィッド様はAGI極のレベル75なので、POW(ちから)75。炎の剣の攻撃力が300。火属性装備2つのセットボーナスで1.2倍、さらに優性の火属性から土属性への特効で1.5倍。なので攻撃力675、1撃で通るダメージは475です。そこで、剣術スキルですが、今ポイント振ってレベル上げちゃって、一度の攻撃で2回ダメージを与えるダブルスラッシュ取っちゃいましょ。2撃目の攻撃力は1撃目の80パーセントですが、手数でカバーです」


 はぶさぎりいいよね、はぶさぎり。スキルポイント貯まったら絶対取るヤツ。


「そんでちょっとウザいかもしれませんが、弓と杖も装備しちゃいましょう。AGI極は重量ペナルティを避けてできるだけ装備を減らすのが定石じょうせきですけども、属性装備4つでセットボーナス1.5倍になりますから」


 地面に細剣でザリザリと式を書く。375×1.5×1.5=843.75。1撃目が小数点以下切り捨てで643、2撃目が475、ほら1,000超えた。…計算、間違ってないよね?


「ってことで、初手一撃で地竜撃破です☆」


 正直今レベルアップして、はぶさぎり覚えたから出来ることだけどね。まあ地竜の素早さは100しかないから、AGIすばやさ375のデイヴィッド様は、地竜が攻撃ムーブに入る前に3回攻撃を当てれば、順当に勝てるんですけども。ゲームと現実世界では、やはり微妙に仕様が違う。AGI極のペラペラ装甲では、どうしても一発もらうと痛い。デイヴィッド様、HP(たいりょく)750しかないしね。風属性以外のAGI極アジきょくでも避けタンクは出来なくはないが、機動力をブーストするスキルがないと、プレイヤースキル頼みの超高難易度となってしまう。




 その後、実際に杖と弓を背負って、地竜に単騎で挑んでいただく。覚えたばかりのダブルスラッシュで、順当に初手撃破。よかった、計算間違ってなかったよ。


「マジで…やれた…」


「やっぱ火のAGI極アジきょくは、高火力で一撃必殺ですよね!」


 この先は、POWちからに振って単純に前衛目指してもいいし、INTかしこさ伸ばして全体攻撃スキルでも覚えて、雑魚ザコを蹴散らす能力を養ってもいいと思う。この土のダンジョンは地竜の単独湧きだから、単体のHPをどれだけ素早く削れるかが勝負になるんだけども、ほとんどのモンスターはこんなに耐久力ないからね。あと、身体強化や剣術スキルは地味に優秀だ。身体強化は基本エンチャントだが、中盤で常時POWちからAGIすばやさを自動的に強化してくれる、パッシブスキルを覚える。剣術は、もうちょっと上げると二刀流、最終的には左右同じ火力が出るようになる。二刀の心、ロマンだよね。


「ちょっと急に言われても、心の整理がつかないよ、アリスちゃん」


「大丈夫ですよ。ポイントは余らせといて、また気が向いたら振ればいいんで」


 このゲームでは、数値の振り直しはできないが、各能力値はレベルを上げればいい。スキルポイントは、何ならスキルの種子しゅしが、売るほどありますので。

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