第34話 卒業パーティー
卒業式当日。式自体は簡素に、つつがなく執り行われた。卒業生答辞は、3年生で一番身分の高いデイモン閣下。成績も常にトップクラスであるし、人望も申し分ない。堂々の代表っぷりであった。
そして本番は式ではなく、何と言っても夕方に開催される卒業パーティーである。一応学園の催しで、身分差は関係ないという建前にはなっているが、一般的な舞踏会の例に漏れず、大体の身分差において、低いものから順に入場していった。よって私たちダッシュウッド辺境伯組は、最後の入場となった。
あれからも、玉砕覚悟のお誘いは何度か続いた。特に下級生は、「もう先輩に会えなくなるかと思うと」などと可愛いことを言ってくれる。正直何度かグラッと来そうになったこともあるが、学園生は大体みんな、立派なお家のお坊ちゃんたちである。彼らの隣に収まって、貴族や
その、無駄にイケメンのフェリックス
「さ、お嬢、行こう」
と手を差し伸べる。こんなものはお飾りで、単なる
これが泣いても笑っても最後のパーティー。2年生の生徒会長が開始の挨拶をすると、それぞれがパートナーとファーストダンスを踊る手筈になっている。
フェリックス
微妙に膨れっ面をして踊る私に、フェリックス氏が耳元で囁く。
「ありがとな、お嬢。俺、こうしてこんな表舞台で、お嬢とこうやって踊れて、今すっごい気持ちいい」
「何それ。貴族のダンスパーティーなんて、何回も出たことあるでしょ?」
「それ全部任務だから」
「これだって任務みたいなもんじゃん…うわっ」
どさくさに紛れて、腕を引き寄せられる。
「だからぁ、ハニトラじゃないっての。お嬢、いい加減俺に決めなよ」
「もう、そういう建前は分かったから!」
そんなやりとりをしているうちに、一曲目が終わった。続いて二曲目が始まる。フェリックス
「お相手いいかな」
とデイモン閣下がやってきた。交代で、フェリックス氏はセシリーちゃんのところに。エリオット氏はブリジットとペアを組んだ。ああ、ローテーションね。オーケーオーケー。
「君とこうしてダンスを踊ることになるとは、正直思わなかったな」
「そうですね〜。私からしたら、閣下って雲の上の人でしたもん」
私のレベルに合わせて、単純なステップを踏みながら、雲の上か、と笑う。コイツ、
「君に出会って、私は自分に自信が持てるようになった。君が私を男にした。本当に、感謝の念に絶えない」
「いやぁ閣下、もっと自信持ってくださいよ。土属性なんて可能性の塊なんだから。これから辺境伯領でシム・シティですよ、シム・シティ」
「そのシム・シティが何なのかは分からないが…君が私を力づけようとしているのは分かる。本当にありがとう」
ちょ、至近距離で、そんなストレートに感謝されると照れるっていうか…
「ま、まあ、近いうちに土の腕輪取りに行きましょうね!」
「ああ、よろしく頼む」
閣下が何か言いたそうな顔をしつつ、もう二曲目が終わる。ふわりと体が離れると、そこにエリオット氏が待っていた。
「よろしければお相手を」
「ねえエリオット
無言で踊り始めるエリオット氏に、間が持たず、つい私から話しかける。コイツは、プライベートでは閣下よりも余計に言葉が少ない男だ。非常にやりづらい。だが、前世の問題を知ってなお裕貴くんのことを受け入れてくれたエリオット氏に、裕貴くんの同胞として、感謝の気持ちを持っていることは確かだ。
「いえ、私の方こそ…こうしていつか、あなたに直接お礼が言いたかったんです。本当にありがとう」
「いやまぁ、二人がくっついたのは、二人の相性っていうか…」
「あなたに感謝したいのは、ユウキとの出会いだけじゃない。私にとってもっと大きなことです。デイモン様が最初に、そしてあなたがその次に、私の可能性を見出してくださった」
「あーいやー、そういう?だって闇属性ってほら、いろいろ運用の仕方あるしね?」
他の属性も、いろいろあるけども。
「あなたが私に道を示してくださった。このご恩は、忘れません」
そういって、
その後は俯いたまま、無言で踊った。何を言っていいのか分からない。間もなく音楽が途切れ、挨拶を済ませると、足早に壁際に向かった。立て続けに三曲も踊ったせいか、心拍数が高めである。卒パの熱気に当てられたようだ。
その後、ダンスを終えたブリジットが私を追いかけてきた。
「ダンスは楽しまれましたか、お嬢様?」
「あんた、今日化粧のノリいいよね。閣下はいいの?」
「デイモン様は、お父上とお母上のところに向かわれましたよ」
二人とも同じジュースを手に取り、クールダウン。
「今日なんかさ、みんなパーティーで、様子おかしくない?」
「そりゃ、学園で最後のイベントですもん。盛り上がりますって」
「そういうことじゃなくてさ…」
「『卒業』パーティーってことっスよ」
ブリジットが、ストローを
「あっ、いたいた!」
ひときわ通る明るい声が聞こえたと思ったら、デイヴィッド様がお越しになった。ちょ、おま、辺境伯領の留守番はいいんかよ。
「デイヴィッド様、ご機嫌麗しゅう」
「あーそういうのいいからいいから。卒業おめでとう!」
はいこれ、と立派な花束を渡される。ちょっ、こういうサプライズ、聞いてないんだけど。
「さ、踊ろ踊ろ。僕、楽しみにしてたんだ」
ニコニコと、しかし強引に手を取る。ちょっ、私ダンス得意じゃないんですけど!
「お嬢様、いってら〜」
ブリジットが流れるように花束を受け取り、私をダンスホールに送り出した。
「卒業して3年ぶりかな〜、懐かしいね。ちっとも変わってないなぁ」
「あの、私ダンス苦手なんで」
「ああ、知ってる知ってる。いいよ、僕の足ならどんどん踏んで」
「踏みません!」
あのお見合いの悪夢が
「僕さぁ、このホールで、こうして好きな女の子と踊るのが夢だったんだ」
「へぇ、ロマンチックですねぇ」
「そう、ロマンチック。今、最高にいい気分」
は?
「僕が次期辺境伯なのは、もうそういう生まれなんだから仕方ない。だけど、君を諦めるつもりはない」
へ?
「家を切り盛りしろなんて言わない。そういうのは僕がやる。君は自由に冒険していい。だからさ、気が変わったら、言って?」
ほ?
「僕、ずっと待ってるからさ」
ま?
その後はブリキのロボットのようになった私を華麗に
分からない。一体いつ、デイヴィッド様が私に入れ込む機会があったろうか。そもそもこうやってお会いしたのも三度目だ。
やっぱアレだ。ハニトラだ。
ぶつぶつつぶやきながら、一心不乱にローストビーフをカッ込んでいると、フェリックス
「お嬢、デイヴィッド様と何かあったんスか」
「ハニトラだ。ハニトラが来た。ハニトラ怖い」
「さっきからずっとこの調子っスよ…」
ブリジットが肩をすくめる。フェリックス氏は短く息を吐いて、
「ちょっと外の空気に当たりましょう」
と、私をバルコニーに連れ出した。
「お嬢、大丈夫か。疲れたのか」
「もー無理だよぉ、ハニトラやめてよぉ。ちゃんと攻略法とか、全部吐くからさぁ」
掛けてもらったコートの中で、モゾモゾと泣き言を言う。
「俺も誰も、ハニトラなんて仕掛けてねぇよ」
「こういうの苦手なんだよぉ。もう放っといてくれよぉ」
「分かったって。お嬢がこういうの苦手だって分かってるのに、つい調子に乗っちまって、悪かったって」
「分かってるんだけどさぁ。貴族の娘って、こういうのが通過儀礼じゃん?だけどさぁ、もういっぱいいっぱいなんだよぉ」
コートの上から、背中をさすってくれる。フェリックス
「人の気持ちばっかりは、どうしようもねぇ。お嬢がその気になるまで、気長に待つさ」
「その気ってなんの気だよ。気になる気かよ」
「なんだそれ」
通じるはずのないジョークを、くだらないって笑い飛ばしてくれる。ちょっと気分が楽になってきた。今更ながら、
「そんでどうよ。お嬢、卒業したら、進路どうするつもり?」
ようやくパニックから回復し、コートからひょっこり顔を出した私に、フェリックス氏が声をかける。
「どうって。もう半年しかないし、そろそろ準備しなきゃ」
「はぁ?半年?」
「あれ?言ってなかったっけ。9月から、
「ツー?」
その後は大騒ぎになった。翌朝、辺境伯家のタウンハウスに呼び出され、ツーとは何なのかを詳しく説明させられた。言わずもがな、ツーとは「ラブきゅん学園
「まあぶっちゃけ魔王と違って、遠い皇国がドラゴンに滅ぼされようが何しようが、あんまり関係ないっちゃぁ関係ないんですけどぉ…」
「お嬢、それじゃあ身も蓋も」
「やっぱ神絵師のスチルは生で見たいし、
「声優とは何なのだ…」
そう。1のストーリーがこうも物議を醸したに関わらず、神絵師の功績か、続編が発売された。その2の最大の売りは、声優陣が大幅にグレードアップしたことなのだ。しかも、攻略対象が学生のみならず、
「もうさ、小安さんとか速見さんとか、レジェンドイケオジキャラの集大成なんだよぉ!」
「アリスさん、渋いとこ行きますね…」
みんな「コヤス?」って顔してる中、唯一言っていることが分かる裕貴くんが、微妙な顔をしている。
「そんでさあ、また悪役令嬢とかも可愛いのよ。第一皇女とか、九木宮ちゃんだよ!姫騎士は天宮雨ちゃんとか」
「行きます!」
お、裕貴くんが釣れた。
「ユ、セシリーさんが行くんであれば、私も」
エリオット
「ちょ、お嬢たちだけ行かせるわけには行かないだろ。俺も行くし」
「えー、フェリックス氏大丈夫?西大陸まで飛ぶよ?」
「だ、大丈…」
フェリックス氏保留。
ブリジットは、「お嬢様、皇国語話せるんですか」と痛いところを突いてきた。こ、こういうの、転生者補正とか、異世界言語理解スキルとか、あるんじゃないかな〜って…。デイモン閣下は「
辺境伯のダニエル様は、国の存亡が関わる事態が起ころうとしていることを、皇国に知らせようか、執事さんと小声で会話してる。グロリア様は、学生時代に留学に来られた皇妃様と親交があるとのことで、「学園に入るなら、手配してもらうがどうじゃ」とのことだ。ありがたい。
こうして、卒業の余韻も醒めやらぬうち、ドタバタと新しい舞台に向けて旅立つ用意が始まった。大丈夫、
安心してください、全部覚えてますよ!
アリス先生の次回作にご期待ください。
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