第32話 告白

 それから間もなく冬が訪れ、冬休みの後に短い三学期。ついに卒業シーズンが訪れた。異世界モノの乙女ゲームの例に漏れず、このラブきゅん学園にも卒業パーティーのイベントがある。てか、人物名とか大体英語っぽいのに、なぜか年度末が3月なあたり、まあゲーム自体の世界観はお察しというか。


 卒業パーティーは、一番好感度の高かったキャラとのエンディングイベントである。まあそういうのはゲームの主人公だけで、貴族は大体婚約者がいるし、まだ婚約していない者は、家族がパートナーとして出席することもある。そして時々、


「アクロイド嬢!私とパーティーに出席していただけませんか!」


 玉砕覚悟で、こういうお誘いが来たりする。今年は学園祭で貴族の勢力図が大きく塗り変わり、婚約関係が見直されるカップルが続出。みなさん絶賛婚活中なのである。もちろん、普通は家格が見合った相手とマッチングされ、やがて順当にカップリングされて行くわけであるが、婚約が発表されている私たちにも、こうして特攻してくる強者つわものがいる。


「お誘いありがとうございます。ですが…」


 笑顔でやんわりお断り。卒業後も冒険者でやって行くためには、学園に通う貴族や豪商に嫁ぐわけには行かないのだ。グロリア様のおっしゃる通り、ダッシュウッド家とフェリックスうじは、良い弾除たまよけになってくれた。


「下駄箱にラブレターって、都市伝説かと思ってましたよ…」


 裕貴セシリーくんが乾いた笑いを浮かべる。DT時代にはあれほど憧れたシチュエーションが、スパダリエリオットと婚約成立している今、こんなにダルいイベントだったとは、だそうである。




 そしてその、ダンスパーティーのことであるが。


「どうしても、アリスさんについて来て欲しいんス」


 裕貴セシリーくんから、深刻な表情で相談があった。




 ある日の夕食後、学園の屋上。もうみんな部屋着に着替えて、各寮室で夜の自由時間をマッタリと楽しむ頃合いである。教師たちも既に退庁して、無人になった校舎に、エリオットうじを呼び出した。季節は厳冬、雪あかりですべてがほんのりと明るい。白い息を吐きながら、エリオット氏がやって来た。


 本来これは、攻略相手からのパーティー同伴お誘いイベントである。指定された日時、屋上に行かなければお友達エンディング。屋上に行けば、返答次第でエンディングが分岐する、極めて重要なイベントだ。だが、主人公の裕貴セシリーくんから声を掛けた場合、どうなるのか。これは幾度となくプレイした私でも、さすがに分からない。


「寒い中、お呼び立てしてごめんなさい。来月の卒業パーティーのことなんですが」


 裕貴セシリーくんが切り出す。


「あっあのっ、本来は私がお誘いするところなのに、えっと」


 エリオットうじが真っ赤だ。だが、裕貴セシリーくんが思い詰めた表情をしているのと、私が同伴していることで、何か不都合でもあったのだろうかと、不安そうな表情をしている。


「その前に、私の話を聞いてもらえますか」




 実は、裕貴セシリーくんには前世の記憶があること。その記憶の中で、裕貴くんは男性であり、ちょうど私たちよりも数歳上までの人生を生きていたこと。アリスと違って、このゲームの知識はないが、多分同じ世界の同じ時代に存在したであろうこと。


 この学園に入学してから、男性としての記憶を取り戻したこと。それゆえに、男性がお付き合いの対象として見られないこと。だけど同時に、女性もお付き合いの対象として見られない。だからこの人生では、恋愛は諦めていたこと。


 そんな時、エリオット氏のドレス姿を見て、一目で恋に落ちたこと。だけど、エリオット氏に対して、男性として女性に対するように惹かれているのか、女性として男性に対するように惹かれているのか、ずっと混乱していたこと。そのうち、いつも真摯で、どんなことにも丁寧に取り組むエリオット氏のことを、人として尊敬し、男の自分も女の自分も、どちらもエリオット氏に惹かれているのだと自覚するようになったこと。


 だけど、こんな事情とよこしまな感情を伏せたまま、エリオット氏と婚約関係を続け、パートナーであろうとすることは、誠実ではない。あなたを騙すようなことはしたくない。とのことだ。


「気持ち悪いですよね、こんな話…」


 まさか裕貴セシリーくんがこのタイミングで、エリオットうじに自分の本心を吐露とろするとは思っていなかった。てか、散々ノロけられてて今更なんだけど、彼なりに真剣にエリオット氏のこと想ってたんだなぁ。




「…あなたが、私を試そうとしていたことは、薄々気がついていました」


 多少の沈黙の後、エリオット氏が意を決したように語り始めた。


「私は、ただ努力を続けることしかできない、無才の人間です。あなたのように美しく優秀な方が、私のような男に振り向いてくれるわけがない。何かと頼って下さるのも、きっとたわむれに過ぎないと。だけどもし、少しでも私があなたのお役に立てるなら、それで…」


「エリオット様…」


「セシリーさん。あなたは、私に前世の記憶があって、それでもあなたに惹かれていると知ったら、私のことが気持ち悪いですか?」


「いや、そんなことは」


「それが私の答えです。あなたがセシリーさんであろうと、裕貴ユウキさんであろうと、私の努力をちゃんと見て評価し、頼ってくださった。私は、そんなあなたを、心からお慕いしています」


 エリオット氏、しっかりと裕貴くんを見て、晴れやかな笑顔を浮かべている。


「今度の卒業パーティー、私と出席していただけませんか」


「…はい…!」


 おっと、答えは出たようだ。このままここに居ても野暮だし、そっと退散することにしよう。




 ゲームでは見た事のないスチルが回収できたが、現実のスチル回収って、こんな心にダメージを負うもんなんや。独り身には寒い夜風が突き刺さる。今日は長風呂して寝よう。てか、今回私が付いて行く必要、あったろうか。


「お嬢様、こんな時間まで一体どこ行ってたんスか」


 寮室に戻ると、冷え切って鼻まで赤い私に、ブリジットが呆れたような声をかける。くそう、コイツもカレピデイモンと卒パなんだよなぁ。前世のことはイマイチ思い出せないけど、ここにおでんと缶チューハイでもあれば、やけ酒して不貞寝ふてねしてやるのに、と思う私なのだった。

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