第31話 模擬戦後の顛末

 さて、グラウンドが片付いたら、失神している王太子を担いで王家の観覧席へ。王妃の前に王太子をドサっとお届け。


「おっ、おのっ…聖女…よくも…」


 王妃はガクガクしながら後退あとずさりしている。だから聖女って何よ。本物の聖女セシリーは向こうで怪我人がいないか、グロリア様と見回っているが、王妃が指差すのはまぎれもなく私である。


わらわの首を取りに来たのであろう…!」


「や、聖女ってちょっと意味分かんないんですけど…。あの、王太子殿下をお届けしましたんで、そいじゃ」


「何をしらばっくれておる!我らの悲願、あのお方をお迎えする日には、必ず伝説の装備を身につけた聖女が、勇者と共に立ちはだかると!」


 …は?


 え?


「王家に伝わる風の革鎧に風の細剣。その対になるドレスを探しておった。そなたの持つドレスこそが、真の聖女の証!妾の目は誤魔化されん!」


 あ?


 そゆこと?




「あ〜それ、伝説違いですよ。風の鎧と剣も、王家に伝わる伝説の装備と言えば装備なんですけども、おたくらが警戒してた聖女の装備って、前王朝のヤツです。ほら、旧王都にある、今は博物館になってる王宮の、宝物庫に収蔵されてるヤツ」


 あっちは、光属性の聖女と、その聖女が選んだ勇者が着ると、全属性攻撃力100パーセントアップなんだよね。防御力も圧倒的だし、こんな属性装備とは比較にならないチート。


「なん…じゃと…」


 ああ、それで何かと王宮の中枢部に入り込み、王妃の座に座りたかったわけね。伝説の武器防具を押さえ、自分の息子を勇者に据えたら、言いなりにできそうだもんね。


「そんな…我らは一体…」


「それと、魔王様の降臨予定地の宝玉、もう砕いちゃったんで。あの界渡かいわたりのビーコンがないと、多分こっち側からいくら頑張っても、魔界あっちからこっちに座標指定できないと思うんですよねぇ〜…」


 なんかごめんね?てへぺろ☆


 間もなく騎士団が現れて、王妃の腕を捉え、引っ立てて行った。このような衆目の中で、魔物を呼び出して多くの人に危害を加えようとしたこと、もはや言い逃れはできない。




 なお、観覧席に同席していた国王は、グロリア様が広域解呪エリアアンチカースした時に、一緒に倒れていた。その後、意識を取り戻された時には、ギャラガー侯爵同様、長い間の記憶が曖昧だということで、そのまま退位された。後任には、王弟である公爵が王位に就いた。


 一方王太子殿下は、母親の失脚の影響を受け、貴賓用の牢獄へ幽閉された。だが、彼自身は魔族に関して何の情報も持たず、いかなる関与も認められなかったため、のちに一代限りの伯爵位と、そこそこの領地を賜ったらしい。彼の側近であった宰相の息子、騎士団長の息子、そして宮廷魔術師団長の息子も同じく取り調べを受けたが、こちらもシロということで、無罪放免となった。だが、大勢の前であれだけの事件が起きたことである。どうにも心象が悪いということで、ある者は留学に、ある者は地方の領地へと送られて行った。中央政界でエリートコースに返り咲くのは、まだ先になりそうだ。


 肝心の王妃に関しては、あれから放心状態で、まともに会話することもままならないそうだ。やらかしたことがやらかしたことではあるし、極刑を望む声も多く寄せられたが、このように呆けた状態では晒し者にもならない。今のところ、私財を没収の上、福祉に回す形で手打ちとなっている。




 それより大変なのは、辺境伯家であった。あの場で大立ち回りを演じた結果、国内外から山のような縁談が届いた。しかし、ほどなくして辺境伯家から驚くべき声明が発表される。


・次男デイモンは、配下のバートン準男爵家の四女ブリジットと婚約済みであること


・奨学生セシリー・クラムは、既にダッシュウッド家の養女であり、エフィンジャー子爵家次男エリオットと婚約済みであること


・アクロイド子爵家長女アリスは、ダッシュウッド男爵と婚約済みであること


 何それ、当人が寝耳に水なんですけど。




「ほほほ、前にデイモンがダニエルに言うたであろう。冒険者として自由に活動したいがゆえ、王家や教会、他の国家などからの身分の拘束や横槍を防ぎたいとな」


 どうもデイモン閣下のお父上とグロリア様は、その時から既に手を打ってくださっていたらしい。セシリーちゃんの実家なんか、遠い辺境伯家から使いがやってきて、養子縁組の手続きを取ることになって、大騒ぎだったそうな。まあ騒いだところで、大貴族の申し出を断るわけにはいかないので、一も二もなく承諾。夏休みが終わる頃には、既にセシリー・クラム・ダッシュウッドになっていたらしい。


 そういえば、デイモン閣下は既に婚約者がいたはずだけど、それは大丈夫なのだろうかと聞いてみると、そのお相手である傍流のマリアンナ・ダッシュウッド子爵令嬢というのは架空の人物で、メイドのアンナさんが影武者を務めていたそうだ。ご自分の実家を始め、どうも王宮周辺がきな臭いため、下手な縁談で取り込まれないように、子供が生まれる前から先回りして工作していたらしい。さすがグロリア様。


 なお、デイモン閣下にめぼしい縁談がなければ、そのままアンナさんがマリアンナとして閣下に嫁ぎ、夫人に収まる手筈だったらしい。


「ふふふ、今から気が変わってもいいんですよ?ブリジット様」


 アンナさんが本気とも取れる冗談を飛ばしてくるので笑えない。




 一方、私はダッシュウッド男爵という人物と婚約、ということになっているが、ダッシュウッド男爵ってそんな人いたっけ、と思いきや


「俺ですよ、お嬢」


 フェリックスうじが、貴族の格好をして名乗り出た。彼もアンナさん方式で、実在しない男爵の影武者らしい。ただし、このまま縁談として進める場合には、本当に彼に男爵位を与える手筈てはずも整っているそうだ。


「おやかた様と奥方様は、そんだけお嬢を囲い込みたいってことっスよ」


 えー。私なんて、AGI(すばやさ)だけが取り柄の雑魚ザコなのになぁ。


「お嬢…それ本気で言ってんスか…」


「うちのお嬢様、ちょおっとおかしいっていうか…」


 なぜそうなるのか。




 なお、声明の後ではあるが、別の縁談の打診もあった。まず、デイモン様の兄上のデイヴィッド様。通常、辺境伯本家全員が領地を空けるわけには行かないのだが、炎の装備をたずさえて王都に向かう父をはじめ、ざわつく邸内のただならぬ様子を感じ取り、両親に告げずにこっそりと王都入り。そこで学園祭の模擬戦を目撃したそうだ。貴族家の嫁には収まりたくないという私の意思に反するが、デイヴィッド様からの是非にとの希望で、お見合いをすることとなった。


 デイヴィッド様は、閣下の髪の色をもう少し赤くしたらこうなるだろう、そしてダニエル様が20年若くて、もうちょっと線が細ければこんな感じだろう、という容姿。そして何より人好きのする、フレンドリーな笑顔の好青年であった。


んでください!!!」


 開口一番、デイヴィッド様が錯乱されて、お見合いは秒で終了した。いや、その後は、いかに私の指示が的確だったか、とか、自分も属性の装備を身につけてあの場で指示を仰ぎたかった、とか、そういえばこの火属性の武器防具もあなたが、とか、テンションマックスで畳み掛けられたが、何も頭に入って来なかった。同席されたグロリア様は、ため息をつきながら私の意向を汲み取ってくださったが、


「僕は諦めませんからね!いつでも気が変わったら是非!」


 だそうである。なお、彼にも婚約者はいたはずだが、閣下と同じ方式で、仮の婚約者だそうだ。お父様のダニエル様が、大恋愛の末にグロリア様を射止めたのであるが、先代も同じような恋愛結婚だったらしい。恋愛至上主義のダッシュウッド家、後継あとつぎ息子の性癖がアレっぽいが、いろんな意味で大丈夫なのか。


 次は、グロリア様のご実家のギャラガー家。次期侯爵、いやもうすぐ正式に侯爵位に収まる弟君との縁談はどうか、ということであったが、辺境伯夫人も筆頭侯爵夫人も無理、と言い出そうとした矢先、先方からお断りの知らせが入った。どうも弟君、幼い頃から懇意にしている伯爵家のお嬢様がいるらしい。グロリア様には「なんかごめん」と謝られたが、会う前にフラれるという不戦敗を喫した。




 更に、デイヴィッド様同席で、エリオットうじの兄上のアーネスト様とも引き合わされた。まず父上の辺境伯軍筆頭魔術師、イーサン・エフィンジャー子爵が私を上から下まで舐め回すように見て、「ふん、アクロイドの。随分と世間を賑わせているようだが」と切り出した。


 うん、エリオットうじが冷遇されてたって聞いて、いいイメージは持ってなかったけど、このお父ちゃん最悪だねっ☆


「子爵同士で序列があることは承知している。だがイーサン、アーネストの前に私に縁談があったことを忘れるな」


 あのほがらかなデイヴィッド様が、にっこり笑ったまま、氷点下の声色で口を挟む。


「父上と母上は、『彼女の』お気に召す縁談をお探しだ。私が選ぶのではない、『彼女が』だ。だからこうして、お前たちのところまで話が降りてきた。理解できないことではあるまい?」


「は…」


 あらやだパパン真っ青。そして私に向き直って、


「ごめんねアリスちゃん。コイツらには言って聞かせておくから。だから、また気が変わったら言ってね。僕、諦めないから」


 そういって、笑顔で応接室から追い出され、重い扉は閉じられた。それから先、二度とエリオット氏のお父さんに会うことはなかった。いや、されたってことじゃなくて、今でも地方の砦でご活躍中らしいんだけど、うん。


 そんなこんなで、他の2組と違い、私の縁談は宙に浮いたままだ。グロリア様には


「まあ『婚約』であるし、無理に決める必要はない。誰かと添い遂げる気になるまで、虫除けに、我が家とフェリックスを利用すれば良かろう?」


 それだけの恩は受けているのじゃからな、だそうだ。




「もうさ、いっそ俺にしちゃわない?」


 あれから、フェリックスうじが事あるごとに打診してくる。


「確かに辺境伯のご命令だし、男爵位は欲しいだろうけどさぁ。そういうのは花街のお姉さんに言いなよぉ」


「そういう意味で言ってるんじゃないんだけどなぁ…」


 毎度こんな応酬を繰り返している。


「だってさ、何度も言うけど、私四天王の中で最弱じゃん?快適な旅は閣下がいないと出来ないし、単騎の火力ならブリジットが最強さいつよだし。セシリーちゃんは攻撃も回復もチートだし、エリオットうじは精神支配とか何気に怖いし」


「四天王ってか五人いますけど」


「私とパーティー組んだって、便利なのはせいぜい飛翔フライくらいのもんだよ。だけどフェリックスうじ、高所恐怖症じゃん」


「うぐっ」


 そう、あの水属性ダンジョンを周回した時、ずっと顔色が悪かったのは、鬼の高速周回もあるけど、本当は彼が高所恐怖症だったから、ということが後になって判明した。


「風属性に高所恐怖症って、致命的に合わないと思うんだけど」


「そ、そうだけど…乗り越えてみせるし…」


 段々と語気が弱まるフェリックス氏。


「まあさ、辺境伯家にはお世話んなってるし、自分の知る限りの育成ポイントや稼ぎどころもまとめとくからさ。私の利用価値なんて、そんなもんっしょ」


「お嬢…それ本気で言ってんスか…」


「うちのお嬢様、ちょおっとおかしいっていうか…」


 いつもこうして、哀れなものを見るような視線が向けられる。なぜなのか。

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