第30話 模擬戦(2)

✳︎✳︎✳︎ 王太子アイザック ✳︎✳︎✳︎


 対峙する女生徒が、思わぬ行動に出た。どんな手を使ったのか、自分と同等の装備品を一瞬で仕舞い込み、おそらく挑発の態度を取っている。貴族の男子として、また次期王国の頂点として、このような侮辱を断じて許してはならない。正直、所詮女生徒と侮っていたが、全力で叩きのめすことに決めた。


「見せてやろう、私の真の力を。加速アクセラレイト!」


✳︎✳︎✳︎




 王太子は風の細剣を天に掲げた。鎧と細剣が、風属性のスキルに呼応して淡く光を放つ。装備のセットボーナスで、スキルの効果が20パーセント上乗せされる。


「参るッ!」


 素早い踏み込みに、鋭い剣筋。よく訓練され、洗練されたものであった。




 だが遅い。


 遅すぎる。


 当たらな、ければ、どうと、いう、ことは、ない。


 王太子からの猛ラッシュを、最低限のステップでひらりひらりとかわす。王太子といえば、剣術にばかり励むわけにも行くまい。それでもなお、ここまで研鑽けんさんを積んだのは大したものである。大したものであるが、効かぬ…効かぬのだ王太子アイザック




✳︎✳︎✳︎ 王太子アイザック ✳︎✳︎✳︎


 3分ほど立ち会いをして、私は明らかに焦っていた。加速の効果時間は10分、その後はしばらくクールタイムが発生する。この10分の間に決め切らなければならないのだが、一向に攻撃を当てられない。この女生徒は、一体どんな修行を積んだというのか。だがしかし、必ず勝機はあるはずだ。相手は女生徒、スタミナは私の方がまさっているはずである。10分もの間、集中力を切らさずに、この猛攻を避けられたものではない。


 そう思った矢先、女生徒の軸足がブレた。見えた!


 一瞬の隙も見逃さず、必殺の刺突スターブを仕掛ける。バランスを失い、わずかに傾く女生徒の首元に風の細剣が


「ちぇすと☆」


 その瞬間、女生徒の姿が消え、背後から間の抜けた掛け声とともに、首元に軽い衝撃が走る。そのまま、私の意識は闇に沈んだ。


✳︎✳︎✳︎




 本当は、こぶしでリングに沈めてやろうかと思ったが、相手は王族。多くのギャラリーの前で、さすがにそれはマズい気がする。とりあえず、首元にチョップで落としておいた。何のスキルも要らない、徒手空拳としゅくうけんで掴んだ勝利である。実に呆気ないものであった。


 王太子アイザックの初期設定は、デイモン閣下と同じ、前衛寄りの万能型。攻略キャラに選ばれなければ、NPCは自動割振でパラメータが上昇していく。魔王討伐がなければ、彼のレベルは学園卒業時に最大30程度。卒業から約半年、たとえ現在のレベルが60だとしても、AGIすばやさ140。相当パワーレベリングして、レベル90まで上げたとしても、210に留まる。そこにレベル5の加速アクセラレイトで、3.5倍の735。さらに風属性装備のセットボーナス20パーセントを加えて、想定最大値は882といったところだろうか。


 一方、今の私のステータスは、こんな感じである。




名前 アリス

種族 ヒューマン

称号 アクロイド子爵長女

レベル 413


HP 5,000

MP 5,000

POW 500

INT 500

AGI 2,630

DEX 500


属性 風


スキル +


E 学生服

E 風の腕輪

風のドレス

風のサークレット

風の細剣




 まぁね。レベルもここまで上がっちゃうとこうなるよね。途中、もうアイススライム狩りも余裕になってしまったので、他のパラメータにもポイント振ってみたんだけど、なんせ風の超級ダンジョンに挑んだ際、飛翔フライスキルのスピードが使用者のAGIすばやさ依存だと判明してしまった。おかげで各超級ダンジョンへの移動にも、周回アタックにも役に立ちました。別に風属性はAGI極アジきょくじゃなくても運用方法はたくさんあるんだけど、一度この便利さを知ってしまうと、もう他のパラメータにポイントを振る気にはなれない。


 静まり返った観客席から、ぽつぽつと拍手が上がり、やがて我に返った主審が「勝者、アリス・アクロイド」と告げる。すると会場は一気に熱気に包まれた。おい、王太子が負けたんやぞ。ジブンらそれでええのんか。


「おのれ、おのれ聖女めぇぇ…!」


 一方、王室観客席から、怨嗟えんさの声が上がる。王妃がものすごい形相で私を睨みつける。息子さんを無様ぶざまに下したのは申し訳ないとは思うが、はて、聖女とは?と疑問に思う間もなく、王妃は立ち上がり、首元を飾っていたネックレスを引きちぎり、舞台へと投げ寄越した。王妃、いい肩してんな。




 ネックレスは空中でバラバラに分解し、それぞれがあかい光を放ち始めた。ヤバい、これボス戦のエフェクトじゃん。ここで観客を巻き込んだら大変な被害になる。避難させる時間はない。とりあえず


「閣下!グラウンド沈めて!」


「よかろう。地形操作ランドスケープ!」


 閣下が腰を落として手のひらを地面に付けると、トラックの内側がエレベータのように20メートルほどみるみる下降していった。言葉の足りない指示に対し、私の言わんとすることを完璧に理解して、忠実に再現してくれる。閣下ナイス。


 即座にパーティー全員に飛翔をかけて、上空から湧いた魔物を特定。ワイトキングにドラゴンゾンビ、そしておびただしい数のアンデッドの皆さんね。よし、飛行タイプがいないのはひとまず安心。


「セシリーちゃん、エリオットうじ、二人は鎮魂レクイエム。グロリア様はワイトキングに完全回復パーフェクトヒール。ブリジットはドラゴンゾンビにファイアーボールね!」


「心得ました。鎮魂レクイエム!」


「任せよ!完全回復パーフェクトヒール!」


「いっけええ、不死鳥フェニックスストライク☆」


 セシリーちゃんとエリオット氏の、息の合った鎮魂スキル。光属性と水属性に共通して回復スキルがあるように、こちらも光闇で同じスキルなのだが、光属性の白い羽のエフェクトに、闇属性の黒い羽のエフェクト。そして天から救済の光が降り注ぎ、アンデッドたちが安らかに地に還って行く。悔しいが、トラックの上空で二人して背中合わせでスキルを放つさまが、実に絵になる。


 一方、鎮魂スキルだけでは、ボスクラスのワイトキングとドラゴンゾンビを削り切れない。グロリア様には完全回復でワイトキング、ブリジットにはファイアーボールでドラゴンゾンビにとどめを刺してもらう。いずれのスキルも、アンデッドにしか効かないか、もしくは敵単体を追尾する攻撃なので、観客にまで被害は及ばないはず。あ、ブリジットが調子こいて出力マックスで撃ってる。すかさず閣下がロックウォールを展開して爆風を封じ込めた。ナイスフォロー。ちなみにただのファイアーボールであって、不死鳥フェニックスナンチャラという技ではない。


 ファイアーボールが炸裂する前に、私はトラックの内側に取り残された人たちに飛翔フライをかけて、無事回収。飛行形モンスターがいたら、主に私が相手しなきゃいけないので、全員回収できるか焦ったが、アンデッドばっかで助かったよ。


 全部終わるまで、3分かかったか、かからなかったか。最後、閣下がモリモリとグラウンドを回復して試合終了。土属性マジ優秀。地味だけど。


 あ、ファイアーボールのとこだけ、ちょっと焦げ臭くなっちゃった。許してちょんまげ。

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