第29話 模擬戦(1)

 広い運動場を、ぐるりと囲む観覧席。そのトラックの真ん中の舞台で、在校生代表の私たち5人と、在校生とOBの混合チーム4人が対峙する。こちらが1人多いが問題ない。実際に対戦するのは、私と王太子だけだ。


 風のドレスにサークレット、細剣を装備した私。同じく光のドレスにサークレット、光の杖のセシリー。なぜか炎の鎧に大剣を装備したブリジット。土の鎧に剣と盾のデイモン閣下。闇の革鎧に短杖のエリオット氏。まるで戦隊のようだ。ラブきゅん学園をプレイしながら、超回収難易度の「この戦隊ごっこイベ要る?!」とブチギレていた私に言いたい。この時のためにあったのだと。


 対する王太子チームは、王太子が王家に伝わる風の革鎧に風の細剣のみ。彼に付き従う他のメンバーも、店売りとは格が違う一流品を身につけているが、いかんせん属性装備の洗練された美しさの前にはかすんでしまう。国の権威の代表である彼らが、まるで引き立て役だ。


 対岸の一等席から、王妃が声を張り上げる。


「そこな逆賊どもよ。よくも王家に伝わりし伝説のドレスを盗み着て、のうのうと表に出られたものよ。正義の鉄槌を下し、召し上げてくれる」




 は?


 お前は何を言っているんだ。




 王家に伝わる属性装備といえば、風の革鎧と風の細剣であると、貴族ならば誰でも知っている。王朝の正当性の象徴として、建国の伝承とセットになっているから、歴史の授業でもまず最初に習うところだ。そこにドレスなんて聞いたことがない。


「何アイツ、風のドレスが欲しくて喧嘩売って来たんスかね?」


 ブリジットがアイツ呼ばわりしているが、全く同感だ。王妃の座だけではなく、風のドレスも欲しかったっていうことなんだろうか。てか、王妃はそもそも火属性だったと思うんだけど。こういう可愛い系が着てみたいとか?


 まあ、50着ほど余ってるんだから、別に1着くらいあげたって構わないんだけど、欲しいんなら欲しいって言えばいいのに、その逆賊呼ばわりが気に入らない。魔族の血が入ってるとはいえ、どんだけ性根が腐ってやがる。そしてママンの戯言たわごとを鵜呑みにして、戦う気満々の盆暗ボンクラ王太子め。お前らいっちょまとめて揉んでやる。




 逆賊云々うんぬんでざわざわしているギャラリーを尻目に、舞台の真ん中まで進み出る。予想はしていたが、やはりだ。


「審判長。ちょっといいですか。会場の6箇所から、妨害スキルを受けてるんですが、止めてもらっていいですか」


「は、何を」


 そうなのだ。視界の端に、デバフを掛けられてはレジストしたログがちらちらと流れてくる。レベルも400を超えると、レベル差とINT(かしこさ)差が大きくて、大抵のスキルはレジストしちゃうんだよなぁ。


「ちょっと捕まえて来ますね」


 飛翔フライをかけて、会場をひょいひょいと移動。あまりPOW(ちから)にパラメータを振ってないとはいえ、大概の冒険者よりは膂力りょりょくはある。とりあえず、一人ずつ首根っこつかまえて、舞台の上にドサドサと運んできた。


「これは…隷属れいぞくの首輪…」


 ですよね〜。この首輪、ハーミット家から大量に見つかったんだけども、やっぱ仕掛けて来ますよね〜。


 セコンド席に控えていたグロリア様が、舞台まで歩み出て、「解呪アンチカース」と唱えると、黒い煙と共に首輪が割れ、連れて来られた6人は気を失った。


「ほほほ、王妃殿下も臣下の宝物ほうもつ欲しさに粋な計らいをしよる」


「し、知らぬ!私の指図ではない!」


 あからさまにキョドって逆ギレする王妃殿下。


「別の刺客も混ざっておらぬとは限らんでなぁ。広域解呪エリアアンチカース


 レベル200をお超え遊ばしたグロリア様。状態異常を回復するキュアーのスキルも、当然レベルマックスまで上げている。呪いを解く解呪アンチカースは、キュアーの中でも高度な技であるが、それを広域に展開するとなると、よほど高位の聖職者でも滅多と行使できるものではない。さらに水属性装備によって増幅されたスキルが、ほぼ会場の全てを覆い尽くし、あちこちから黒い煙が上がった。


 王妃が何かを仕掛けてくると言えば、この機会。ここは舞踏会より多くの要人が臨席し、さらに平民まで集う。衆人環視の中、目撃証言には事欠かない。グロリア様は、この時を狙っていたのだ。


「さあ皆の者、これで無粋な邪魔も入らぬというもの。存分に楽しまれよ」


 いいとこを全部持って行って、グロリア様が退場される。舞台上に残されたのは、私と王太子だけとなった。




 王太子殿下は、流石に目の前で起こったことが信じられない様子。だが、こうして衆目しゅうもくに晒されて、おめおめと引き下がるわけには行かない。相手は学園の女生徒ということで、家宝の鎧をまとって剣を向けることにいささか抵抗はあったが、多少腕に覚えのある様子。ここは軽く一本取って、爽やかに握手を交わし、円満に幕を引いておきたいところである。


 だがしかし、こんなことで私の怒りは収まらない。何が逆賊か。何が青春か。エリオットうじがいかにスパダリスーパーダーリンか、延々と聞かされる私の身にもなってみろ。目の前で今まさに玉の輿に乗ろうとしている侍女を持つ、主人の身にもなってみろ。男女交際なんてクソ喰らえ。受けてみろ、私の怒りの鉄拳を。


装備解除アンイクウィップ


 宣言すると、一瞬にしてドレスも細剣もサークレットも腕輪に収納され、元の平凡な学生服に戻る。まっすぐ右手を前に差し出し、手のひらを上に向け、人差し指から小指までを揃えて曲げる。


 クイッ、クイッ。


 かかって来なさい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る