第28話 開き直った元DT

「おはようございます!」


 錯乱した裕貴セシリーくんを寮室に放り込んだ翌朝、彼はすがすがしい笑顔で挨拶してきた。


「昨日はご心配をおかけしました。アリスさんのお陰で、いろいろ吹っ切れました」


 ならば良いんだ。もう昨日のようなホラーはやめていただきたい。




 その日から、裕貴セシリーくんのアプローチは、さらにえげつなくなった。


「はぁいエリオット様、あーん♡」


 エリオットうじが、鼻血のため出血多量で召されてしまいそうだ。あからさまなアプローチに、モブの中には眉をひそめるものもいたが、セシリーはその辺の線引きはわきまえていて、自分からはさりげなくベタベタ行くのに、エリオットには手の一つも繋がせない。完全に「私たちズッ友です☆」を演じ切る彼女に、次第に周りも、「うわ〜…」「ないわ〜…」「エリオット様頑張れ〜…」となっている。


「この辺はマージで自信あるんス♡」


 キラン、と白い歯を輝かせて微笑む。前世とかDTとか一旦忘れて、自分は本当はどうしたいのか、美少女に生まれたこの人生で、どんな恋がしたいのか、素直になった結果がこれだそうだ。元々の輝くばかりの美貌に、さらに磨きがかかって、今の彼女はツヤツヤしている。一方、エリオット氏の目元のクマは、日に日に濃くなって行くのであった。


 エリオット、幸薄さちうすおとこ。思わず心の中で合掌を禁じ得ない。




 さて、そんなこんなで学園祭当日。高位貴族のA組B組にとっては、貴族の見栄を存分に発揮して、ちやほやされるための催しだ。クラスで出展する演劇などは、見事に身分差に沿って役割が振られ、いいとこの子がええかっこする形になっている。中には小ホールや展示ギャラリーを借り切って、楽団を率いて得意のヴィオラを演奏したり、自作の絵画を展示する猛者も現れる。


 C組からE組は実働班。特にE組は豪商の子弟中心のクラスであるから、ここが彼らの腕の見せ所だ。クラスで模擬店を出すだけでなく、小さなグループで露店や屋台を開いて、こういう時にしか縁が持てない貴族にアピールして商機を狙う。今度王都で展開する予定の飲食店の看板メニューであったり、実家が取引する遠い国の美しい装飾品であったり。学園の規模に見合わないにぎやかな祭典であった。


 3年C組の私とD組のブリジットは、それぞれクラスでお化け屋敷と迷路を運営していたが、舞踏会でのいざこざの当事者だったため、いろんな役割を免除された。一応裏方は手伝ったのだが、逆に「大変だよね、模擬戦頑張って」と励まされる始末。学園祭のうち文化祭の2日間、見回り当番で2回だけ巡回し、あとは放免となった。




 私たち5人は、時間を合わせて何度か合流し、学祭を楽しんだ。時にはデイモン閣下の勇姿を見に、4人でA組の演劇を鑑賞したり、E組で売り子をする裕貴セシリーくんを冷やかしに行ったり。なお、B組のエリオット氏は事務方で、前日までは忙しそうにしていたが、当日は割と時間に融通が効いたようだ。全員そろったら、みんなで分け合いながら、露店の食べ歩きを楽しんだ。


 そのたびにいつも思うのだが、裕貴セシリーくんは言うまでもなくエリオットうじとピッタリくっつき、デイモン閣下はなんとなく、いや割とあからさまに、ブリジットとペアになりたがる。どちらも脳筋で、いつもブリジットが閣下にファイアエンチャントを掛けては敵陣に突っ込むあたり、気が合うようだ。その辺、閣下に聞いてみると


「ああ、私は彼女をとても好ましく思う」


 と、照れもせずに堂々と言い切った。ブリジットの方は、いつもの軽口で何やかやとかわしているが、悪い気はしていない様子。


 これってもしかして、私だけがハミゴってヤツじゃないか。


 男女5人パーティーで、後の2組がくっついて、私だけハミゴ。こんな残酷なことがあるだろうか。それじゃあ閣下やエリオット氏とお付き合いがしたいかと言われれば、そういうことじゃないんだが、これではあまりにも残酷すぎやしないか。


 そうだ、全部魔王が悪い。そして王妃が悪い。ついでに戦いに駆り出される王太子も悪い。明日の模擬戦、目にもの見せてやる。キャッキャウフフと浮かれる4人を尻目に、ドス黒き闘志を燃やすのであった。




 そして学園祭3日目。最終日の本日は、各種模擬戦の行われる日である。運動場や体育館、魔法訓練場などの会場で、各部門の予選が行われていた。だが、皆の関心はただ一つ。午後の本線・決勝戦を終え、表彰前のエキシビジョンマッチである。


「今年の学園生は粒揃いじゃなぁ。良いことじゃ」


「まことです、母上」


 そう、去年どこかの地味な令嬢が中級ダンジョンに出入りして荒稼ぎしただとか、その後辺境伯家の面々とパーティーを組んで上級に出入りしていただとか、学園内で噂になったのだ。ならば俺らだって中級くらい行けんじゃね、という血気盛んな学園生が後を絶たず、そのたびに貴族の子女に怪我でもあったら大変ということで、学園では再三に渡り注意を促したり、各実家からダンジョン攻略用の護衛が送られてきたり、冒険者ギルドに護衛依頼が舞い込んで冒険者が潤ったりした。今、学園ではちょっとしたダンジョンアタックブームであった。そのため、全体的な実技レベルの底上げが起きている。


 元々のゲームだと、チュートリアル終了時には主人公はレベル5、攻略対象は元々鍛えているため攻略開始レベルは10という設定である。一般的な学園生はチュートリアルそのまま、レベル5程度で卒業するのであるが、今年は既に20台にのぼる生徒もいる。レベル30もあれば騎士団の若手程度、パーティーで中級がクリアできる強さであり、元の世界で例えれば、一般の高校生が軍人として即活躍できるレベルに相当する。


 いや、私たちは魔王を倒さなきゃいけないから頑張っていただけで、そんな軍事力を爆上げしたかったわけではないのだが。もちろんレベルや能力値が上がり、使えるスキルが増えることは良いことだが、物騒な力は使わずに平和に暮らせることに越したことはない。


 でもまあ、気持ちは分かるよ。冒険者、危ないけど、儲かるもんね。私ももう一般的な貴族子女に戻れる気はしない。国宝家宝レベルのお宝を売り捌くわけにはいかないが、その気になれば1週間程度で国家予算分くらい稼げそうだもん。もちろんこれは、ゲーム廃人のやり込み知識の賜物たまものなんだけども。


 決勝戦は、辺境伯家の観覧席から観戦させていただいた。大剣の踏み込みが甘い、とか、水の羽衣ってそういう使い方あるんだ、とか、みんなでワイワイ盛り上がった後、いよいよ私たちの番である。


 デイモン閣下とゆかいな仲間たち、全員で属性装備を着込んでいざ出陣。一応は私が代表選手となっているが、ここで改めて辺境伯家の威光を示し、あの義妹をギャフンと言わせてやる、とのグロリア様のご意向である。こうしてみんなで全属性の装備で並んでみると、なかなかの壮観だ。


「圧倒的じゃないか、我が軍は」


 グロリア様がご満悦でのたまう。あっそれ、妹さんと対決する時に言っちゃいけないヤツ。元ネタの分かる裕貴セシリーくんが青い顔で首を横に振っている。元の世界のお父さんがガノタだったそうだ。


「あれに見えるは義妹いもうとの揃えたつわものども。自分の息子せがれに宰相の、それから騎士団長の息子に魔術師団のところのか。よくもまあ集めたものじゃ。じゃが…」


 何気に全員、元のゲームの攻略キャラばっかり。


「あえて言おう。カスであると」


 だからそれ、妹さんと対決する時に言っちゃいけないヤツ。裕貴セシリーくんが胃を押さえている。君の父上がいけないのだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る