第27話 代表選手決定

「だからぁ、また最初から説明しますけどぉ」


 ブリジットが呆れた声で説明を繰り返す。だが何度聞いてもだが脳味噌が理解を拒否する。なぜ私が、次の学園祭の余興で、OBの王太子と模擬戦を行わなければならないのか。




 舞踏会で、グロリア様と王妃が、プライドを賭けた女の戦いを繰り広げたのは覚えている。何言か言葉を交わし、結果「よろしいならば戦争よ」って言われたのも覚えている。その後、周りが何かと取りなし、宰相か誰かが「なるほど模擬戦とはいいですね」などと口を挟み、文化交流みたいな形で持って行って、その場を丸く収めたのも、記憶の端に残っている。そしてざわざわしつつも、表面上は和やかな舞踏会に戻り、皆三々五々会場で踊り出した、ような気がする。


 王妃は「気分が悪くなった」と早々に退場し、それに合わせて私たちは装備解除。他所の貴族に取り囲まれそうになったため、辺境伯家一行も早々に退場して帰ってきた。ものの十分ほどで地獄のコルセットが戻ってきたその頃、私はもう朦朧としていて、馬車の辺りから何も覚えていない。


 そして辺境伯のタウンハウスで目覚めた翌朝には、なぜか私が辺境伯家代表となり、王太子と剣を交えることとなっていた。なぜなのか。




 それは私が風属性だから。ですよね。ええ。


 王家に伝わる伝説の武器防具(って言っても単なる属性装備だけど)は風の革鎧と風の細剣。代々王族は風属性、王太子も風属性。そしてあの中では一番地味で雑魚そうな、風のドレスを着た私。「アイツならやれそう」ってことですよね、ええ。そして辺境伯家と事を構えるにしても、まかり間違って本当に辺境伯の子息に傷なんか付けるわけにはいかない。子爵令嬢くらいなら、もしコテンパンにやっつけてもどうってことないだろってことですよね、ええ。しかも言うて女子だから、王太子の俺に負けても言い訳が立つだろうっていう温情ですよね、ええ。学園での成績も、こないだまでイマイチパッとしませんでしたしね、ええ。


 分かりたくないけど分かってしまった。脳味噌が拒否すれど、分かりやす過ぎた。まあ、私が納得しようがすまいが、決まってしまったものは仕方ない。どんな馬鹿らしい経緯があったとしても、貴族の私にその決定を覆す権利などないのであった。残り少ない学園生活、あと半年はエンジョイ勢で過ごそうと思っていたのに。




 ちなみに争いに巻き込んだ張本人のグロリア様は、超ご機嫌であった。


「見たか、あの女狐の形相。しかもよりによって、アリスをご指名とはなぁ」


「まことです、母上」


 はっはっはじゃねぇよ。閣下、お前は何を和やかに笑ってるんだ。


「本当ですよね、辺境伯勢の真の最終兵器ですのに」


「お前は俺を怒らせた、って感じですよね…」


 エリオットうじ裕貴セシリーくんも、何を言っているんだ。


「お嬢、マジで自覚ないんスか」


「うちのお嬢様、ちょおっと色々おかしいんスよねぇ…」


 フェリックスうじもブリジットも、いや、全員の視線が私に集まっている。なぜなのか。


 とりあえず腹いせに、こないだから取っておいた剣術やら身体強化やらのスキルに、駄々余りしていたポイントを振って、マックスにしておいた。ついでに、膨大に貯まっていたスキルの種子も、スナック感覚でボリボリと噛み砕き、その他のスキルも全部マックスにしてやった。今の時点で持っているスキルを全部スキルマにすると、どこかで新しいスキルを覚えない限り、これからレベルが上がった時にポイントが余ってしまうので、自重していたのだが。国宝級のお宝と判明したスキルの種子、どうせこの先売り捌くことも使う場面もなさそうだし、もういい。ヤケである。


 翌日、学園では、舞踏会の顛末を目撃した生徒が、遠くから私をヒソヒソする様子があったが、去年から何かとツルんでいるデイモン閣下に遠慮してか、表立って当てこすられたり嫌がらせを受けたりすることはなかった。それどころか、半分は好奇心だろうが、何人かは「大丈夫?」なんて心配してくる有様。


「私なんかでお相手が務まるか分からないけど、王太子殿下の胸をお借りするつもりで、在校生代表として」


 とかなんとか適当に濁しているが、王妃の立場が微妙になった今、王室の求心力は低下しているっぽい。




 そんなことより、1か月後に迫った学園祭である。去年は魔王討伐に必死で、ほとんどのイベントをパスしてしまった。今年こそは最後の機会なので、存分に楽しみたいと思う。


 そういえば魔王を倒してしまったので、せっかくラブきゅん学園の舞台にいるのに、イベント回収やスチル回収に立ち会えないのが惜しい。だがゲームと違うところで、イベントが発生していた。


「E組の模擬店で出すクッキーとチーズケーキの試作品なんですが、皆さんで味見を」


 可愛くラッピングした焼き菓子を差し入れするのは、裕貴セシリーくんだ。お前何でお菓子作りまで得意なんよ、と思いきや、


「姉貴のバレンタイン、差し入れ、全部俺製っしたからね…」


 と遠い目をされた。彼の苦労がしのばれる。


「はい、デイモン様。エリオット様にも。あとで感想を聞かせてくださいね」


「いつも済まないな!」


「あ、ありがとうございます…」


 会釈するような動作で、胸を寄せる。そしてお茶を配ると見せかけて、


「エリオット様、甘いもの苦手ですよね。エリオット様の分だけ甘さ控えめです。特別ですよ♡」


 耳元でささやく。流れるようなジェットストリームアタック。ああ、茹で蛸のようなエリオットうじのカップがカチャカチャ言ってる。やめたげて。エリオット氏のライフはゼロよ!




 裕貴セシリーくんの快進撃が止まらない。自分の方が成績良いくせに、


「歴史のここが分からなくて…」


 とエリオット氏に上目遣いで迫り、また自分の方が運動神経良いくせに、


「剣の持ち方がしっくり来なくて…」


 とエリオット氏に上目遣いで(略、また自分の方が専門のくせに、


「治癒魔法の制御がうまく行かなくて…」


 と専門外のエリオット氏に上目(略




「その度に、徹夜して調べて来るんスよ、彼。もうあたしのことで頭いっぱいス…ふふふ」


 裕貴セシリーくんが興奮気味に邪悪な笑みを浮かべる。裏の顔を知っている私には、その偏執へんしつ的な恋愛傾向を隠しもしない。親の馴れ初め話のように、身内の惚気のろけ話を聞くのはキツいものがある。


 彼は事あるごとに「DTはこういうのに弱いんスよね」とか「DTにはこの手のが効くんスよね」とつぶやいては、その邪悪な計画をせっせと実行に移すのであるが、きっとそれ、以前に彼がやられたことなんだろうな。ちょっと気の毒でもある。


「…今、何と…」


 あれ、声に出ちゃってた?!やっべ。


「いや、そのさ、そのDTがどうのって、やっぱ経験があるから分かるわけじゃない?やられてみないと分からないっていうかさ」


 ヤバい、フォローしようとするとどんどんドツボにハマる。石膏せっこうのように固まった裕貴セシリーくんの後ろ姿に、何と声を掛ければ良いのか。焦れば焦るほど混乱する。


「ほら!今の裕貴くんだってさ、そうやってエリオットうじが真っ赤になって一生懸命頑張るのが可愛いから、夢中なわけじゃない?じゃあさ、きっと当時の女子も、割と裕貴くんに夢中だったのかな〜って…」


「え…」


「そうだよ、裕貴くんモテてたんだよ!DTとか関係ないって!うん!」


 ギギギ…といった感じで、裕貴くんが振り向く。


「俺…モテてたんスか…」


「だってそうじゃん、裕貴くん、わりと四六時中エリオット氏のことばっか考えてるじゃん?」


「脈…あったんスか…」


「女子は生理的に無理な相手には絡まないって。今の裕貴くんなら分かるっしょ?」


 そう、モテてたんだよ裕貴くん。断じて気の毒なDTだったわけでは




「の”お”お”お”お”お”ん”!!!」




 一転して、雄叫びを上げた裕貴セシリーくんが、壁に頭を打ちつけ始めた。


「ちょっ、おま」


「の”お”お”お”お”お”ん”!!!」


 ゴン、ゴン、ゴン、ゴン


 騒音を聞きつけて、寮長や他の女子生徒が、何事かと食堂に降りてきたが、あまりの光景に言葉を失い、私に後を任せてそっと去って行った。うん、怖いよね。美少女が奇声を上げながら壁に頭を打ちつけ、額から流血しながら、時折「脈、あったんや…脈、あったんや…」とブツブツつぶやく姿。私も怖い。


 その後女子寮では、深夜まで、壁に何かがぶつかる音と、少女の啜り泣く声が、断続的に聞こえたという。

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