第26話 プライドの殴り合い

 さて、残り消化試合のようになった学園生活はつつがなくこなしつつ、あれよあれよと舞踏会の日を迎えてしまった。学園生活の方は、取れるスキルを取れるだけ取って、レポートや定期考査などは片手間で終わらせる。ゲームの内容を隅々まで思い出した私に死角はない。全学年の一学期、二学期、三学期、中間考査も期末考査も、どんな問題が出て何が正解なのか、全部知っている。特待生の在学資格を奪うわけにはいかないので、全教科96点くらいに調整。結果、特待生以外の1位から4位を閣下、エリオット氏、私、ブリジットの順で占めることとなった。まあ私以外の3人は、最初から努力家で優秀であり、そう大した順位の変動はない。二年の九月から、なぜか私だけ成績が爆上がりしたことに、担任教師が首をかしげていた。なんかスマンね。


 舞踏会の日は、朝から辺境伯のタウンハウスに缶詰になり、体の隅々まで磨き抜かれた。


「はへぇ、いつもは施術する側っスけど、エステって気持ち良いモンっスねぇ☆」


 ブリジットは肝が据わっている。メイドさんに「それどこのオイルっスか」「なるほど、指の腹を使って」などと話しかけ、ちゃっかり技術を盗むつもりだ。これから冒険者として稼ぐなら、エステの技術など必要ないと思うんだが、「何が飯の種になるか分かんないっスよ」だそうだ。この子はどこででも逞しく生きて行ける。


「女子って、こんな感じなんスね…」


 裕貴セシリーくんもうっとりしている。いや、こんな一流エステなんて普通受けらんないから。前世でも受けたことないから。裕貴くんと違って、前世のことはゲームの知識以外ほとんど思い出せない私。だがそんな私でも分かる。これは、広告やネットにも上がらない、上級国民の一部しか知らないたぐいのヤツだ。


 デイモン閣下やエリオットうじも、パリッと盛装している。元々割とイケメンの部類ではあるが、今日はイケ度が3割増しだ。結局、男子組は属性装備を着込んで行くのを諦めた。まず、土の腕輪が入手できていないので、閣下が変身モードが使えないこと。また土属性はローブか鎧しかなく、闇属性の革鎧は上下のレザースーツである。カッコいいといえばカッコいいが、舞踏会ではトガり過ぎているだろう。その点、女子は全員腕輪にドレス、サークレットがある。結果、男子は通常の舞踏会用の衣装で。女子は無難なドレスを着込んで行って、その場で変身してやろうということになった。


 困るのが、このコルセットというヤツだ。窒息するかってくらい、ぎゅうぎゅうに締め上げられる。腕輪で「装備イクウィップ」して属性装備に変えると解放されるが、装備解除するとまた「グエッ」となるのだ。しかも腹立たしいことに、私には特にキツい仕様らしい。凹凸がないところにメリハリを作ろうと思ったら、貧相なボディでもなお締め上げなければならず、そして無いところから肉を集めなければならない。内臓が口から飛び出しそうである。私以外の女子たちが「いやーんキツい」などとホザいているのが憎くてたまらない。こうなれば何度でも呪ってやる、リア充ぜろと。




 そうして一同、辺境伯家の馬車に乗り込む。王宮はそう遠くないものの、コルセットでにそうになってる私、目の前でイチャつくセシリー(呼び捨て)を生暖かい目で見る余裕はない。ぜろぜろぜろ…と呪っているうちに、ほどなく王宮に到着。魔王討伐後に湧いて出たくだらないイベント、早く終われ。


 会場には、身分の低い者から入場する。公爵家は王家と共に入場、当主が心神耗弱している筆頭侯爵家のギャラガー家は欠席のため、今回はダッシュウッド辺境伯家が最後の入場になった。後から合流したデイモン閣下の父上と、グロリア様のペア。その後ろに、晒し者になりながらぞろぞろと入場する。会場からはヒソヒソと、「あれは誰」という声と、学園生の「なんであの子が」みたいな声が聞こえる。コルセットが苦しくて愛想笑いが持たない。誰か助けて。




 やがてファンファーレが鳴り響き、王家一族のおなり。開会の挨拶ののち、王太子と婚約者の公爵令嬢のファーストダンス。それが済むと、今度は上位貴族より王家に挨拶に参上する運びになる。


「お義姉ねえ様、ようこそ舞踏会へ。遠い田舎から、さぞお疲れでしょう」


 王を押し退けて、王妃がまず口火を切る。戦いのゴングである。


「王妃様におかれましてはご機嫌よろしゅう。我ら一同、精一杯の盛装にて参上致した」


 グロリア様が応戦する。貴族はプライドの生き物、売られた喧嘩は買わなくてはならない。彼女が目配せをすると、一同合わせて「装備イクウィップ」と唱和した。


 水の女神と見紛みまごうばかりのグロリア様、隣には炎ゆらめくあかい鎧のダニエル様。おめぇ鎧仕込んで来たんかよ。その後ろには、同じく紅く煌めくドレスのブリジット、緑のドレスの私、そして神々しいばかりの白いドレスのセシリー。そう、風のドレスは地のドレスに次いで地味なのだ。エルフの姫君でも着たらピッタリな可憐なドレスなのであるが、いかんせんこのメンバーでは引き立て役に過ぎない。コルセットの地獄の苦しみから解放されたことだけが、せめてもの救いである。


「なっ…!」


 王妃様はワナワナしている。王家には風の革鎧と風の剣があると聞くが、私たちの装備が何なのか、なんとなく理解したのだろう。


「いつも田舎臭いだの流行遅れだの厳しいお言葉を頂くのでな、一張羅でまかり越した。その様子だと、気に入ってもらえたようじゃなぁ」


 グロリア様が扇で口元を隠しながら、優雅にマウントを取る。今や会場全体の視線が私たちに集まり、王太子と公爵令嬢のお披露目パーティーのはずであった舞踏会が、もはや王妃対義姉のプライドの殴り合い、しかも義姉圧勝のシーンに釘付けであった。




 その後は極度の緊張や混乱で、どんなやりとりが行われたのか詳しくは覚えていない。ただ、王妃の一言だけが記憶に残っている。


「よろしい、ならば戦争クリークよ!」

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