第20話 火の超級ダンジョン

「ほほほ、愉快愉快」


 あれから辺境伯夫人ことグロリア様がパーティーに加わった。本当は、火属性ダンジョンは辺境伯自らが家宝の炎の鎧を纏って出陣する予定だったのだが、夫人の鶴の一声で全て無かったことになった。そういえば水の装備一式を譲渡した後の晩餐に、三日前とはまるで別人、枯れ木のようになった辺境伯が言葉少なに参加していたが、早々に退出して行った。何があったのか、あまり知りたくない。


 お察しの通り、火属性ダンジョンは火山の中にある。ふもとにはドワーフの里があり、ゲームの最終盤に解放される。ここで店売りの中では最も高性能な武器防具が入手できるのだが、同時に火属性ダンジョンへの門前町ともなっている。ドワーフの里で購入できる耐火装備を着けていけば、一応ダンジョンの中に入ることはできるのだが、相手はサラマンダーやレッドドラゴンのため、生半可な装備では太刀打ちできない。潜入と攻略には、火属性スキルの炎の羽衣、もしくは水属性スキルの水の羽衣が必須である。私たちは水の羽衣と同じ効果のある水属性装備を一式まとっているので、この尋常ではない熱気の中を平気で進んで行ける。


 このダンジョンは、水のダンジョンと同様、火山の中の広い空洞に、各所マグマが流れており、歩行可能箇所は迷路のようになっている。水のダンジョンと違うところは、こちらは単純な迷路なのだが、東西南北どこを向いても同じような光景なので、非常に道順が覚えにくい。散々やり込んでルートを掴み切るまで、非常に難儀した記憶がある。


 あるのだが。


氷嵐ブリザード


 ここも水属性ダンジョンと似た構造であり、すなわち全体攻撃魔法でワンパンなのであった。飛翔して、入る、氷嵐、拾う、戻される。入る、氷嵐、拾う、戻される。グロリア様のMPが尽きると、今度はエリオット氏のいかづち、そしてセシリーちゃんの祝福ブレッシング。永久機関のように回れそうな勢いなので、途中でいいところで休憩を入れて、フォートでお茶である。


「ダンジョンとは斯様かように楽しい場所であったとは」


 グロリア様、上機嫌である。


「まことです、母上」


「いや普通はこんな感じでは」


 どうも長年の慣例なのか、それとも溢れる家族愛の成せるわざなのか、デイモン閣下は笑顔でお母上を全肯定である。それに毎回エリオットうじが小声でツッコミを入れる。真面目な男だ。


「ブリザード、格好イイっスよね!ぶわーっと」


 グロリア様が許したからと言って、ブリジットは神をも恐れぬタメ口である。


「氷のバラが咲き乱れて、とっても綺麗です…」


 裕貴セシリーくんはずっと「セシリーちゃん」モードである。空気を読む日本男子、飲み会の相槌は手慣れたものである。ここはお茶会だけれども。




 このダンジョンの攻略もこれで3日目。火属性武器防具シリーズももう、3ケタセットに届こうかという勢いで周回している。そろそろ帰ろうとそれとなく促しつつ、あと1時間、もう1時間と、ブラック企業もビックリな長時間労働で、グロリア様はあっという間にレベル200をお超え遊ばした。


 もともと彼女が所持していたスキルは水球ウォーターボールに水属性のヒール、キュアー。このダンジョンに来て最初にスキルレベルを上げたのがウォーターボール。その最終進化先がブリザードなのだが、後方支援に甘んじるのではなく、自分でブッパしたスキルで敵を殲滅するという快感を知ってしまった彼女は、「女帝」といった感じから、どこか少女に戻ったようだった。まだまだ炎のダンジョンに留まりたそうだった彼女を説得して、一路領都へ。なお、この後土のダンジョン、闇のダンジョン、光のダンジョンへ向かう予定になっているのだが、全部付いて来るそうだ。火属性ほどではないが、風属性以外には水属性の攻撃は有効なので、他のダンジョンでも活躍していただこう。


 領都に戻ると、何とか元気を取り戻した辺境伯様がお出迎えくださった。事前にフェリックスうじにダンジョン周回の様子を聞いていたのだろう、グロリア様から得意げに火属性の装備一式を渡された時も、少しうつろな目でお喜びであった。今回、炎の腕輪は3個ゲットしたので、それぞれに一式ずつ詰め合わせて辺境伯家に2セット寄付しておいた。辺境伯、次期辺境伯のデイモン閣下の兄上とも火属性なので、そのうち役に立つに違いない。あとの1個はもちろんブリジット用である。


 なお、グロリア様が腕輪で「装備イクウィップ」が出来ると教えてあげると、辺境伯はみるみる目力を取り戻した。そしてグロリア様とブリジットと共に、延々と「装備!」「装備解除!」と変身ごっこをお楽しみになった。閣下とエリオットうじ裕貴セシリーくんはその様子を羨ましそうに見ていたけど、順番に取りに行くから。大丈夫だから。


 あ、扉の影からお庭番の爺やさんが血涙流してのぞいてる。土属性の腕輪が手に入ったら、後で閣下に預けてる風属性の腕輪、あげようかな…。

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