第18話 フェリックスの悩み

 水のダンジョンは、一面の広大な鍾乳洞。だが、水流などのギミックで、一方通行の多い迷路のような構造になっている。しっかり道順を覚えていれば、最短距離でボスに挑むことも、敵にいっぱいエンカウントして経験値を稼ぎながら進むことも、多少遠回りしてなるべく敵に遭わずに攻略することもできる。


 できるのだが。


飛翔フライ


 ゲームと違い、空中に浮かんでしまえば、どうということはないのであった。しかも、


「暗黒のいかづち!」


 エリオットうじが唱えると、広場一面のそこここにいたウォーターサーペントがビリビリと痺れ、そして消滅した。ついでに一番奥のボスも消滅した。暗黒の雷は、全体攻撃魔法であるが、「全体」、とは。あ、エリオット氏が伊達モノクルを中指で抑えて「クッククク」とわらっている。「俺、なんかやっちゃいました?」っていうヤツは、末期の厨二病患者には、これ以上ないご褒美である。


 ボスのところまで行くと、美しいローブが落ちていた。拾うと、入り口まで戻される。ヤバい、一周2分もかかってない。


 その後は作業だった。入る、雷、拾う、戻される。入る、雷、拾う、戻される。初回こそ2分かかったが、だんだんと板についてくると、1分を切るようになってきた。


「俺…何に付き合わされてるんでしょうか…」


 フェリックス氏がつぶやいた。小一時間でレベルが50ほど上がり、伸び悩んでいた隠密スキルにポイントがモリモリ振られて行く。彼はAGIすばやさ極振りタイプの闇属性キャラ、斥候になるために生まれて来たような適性ではあるが、闇属性は風属性と比べてAGIを活かすスキルに乏しい。とりあえず、エリオット氏と同じようにDEXきようさを上げたり、隠密スキルを惜しみなく使えるよう、同時にINTかしこさを上げて、連動するMPまりょくを増やしたらどうか、とアドバイスしてある。


「心配するなフェリックス、我らも最初はそうだったのだ」


「これくらいで驚いていてはまだまだです」


 閣下とエリオット氏が遠い目をしてフェリックス氏を慰めた。今は小休憩中。エリオット氏の暗黒の雷、ダンジョン中の全ての敵を一瞬でほふる威力を誇るものの、いかんせん消費MPが多い。途中、雷の出力を調整してみたり、閣下や私のスキルを使ってみたり、雑魚をすっ飛ばしてボスだけを狙ってみたりしたものの、周回効率が落ちるので、エリオット氏の魔力がある程度回復するまで、ちょっとお茶でも、ということになった。一応滝のほとりにブンカーも建てたが、夏の盛り、山深い滝のふもと、絶好のアウトドア日和。マイナスイオンに癒される。


「あのう…もしよかったら」


 そこでセシリーちゃんが遠慮がちに手を挙げる。どうもこのダンジョンに限らず、そもそも私たちが怪我をすることなどほとんどない。光属性のヒーラーとしてパーティーに加入したのはいいけど、使い道のないMPを温存するよりも、最低限のMPだけ残して、後は戦闘に活用してはどうだろうか、ということであった。




 かくして、休憩後はセシリー無双が始まった。さすがは主人公、光属性はチートである。魔王の宝玉を砕いたホーリーレイ、これは単独の敵に対して絶大な威力を誇るのであるが、当然全体攻撃魔法も用意されている。


神の祝福ディバインブレッシング


 セシリーちゃんの背後に光の羽のようなエフェクトが入り、天井全体から雨のように光の矢が降り注いだ。やがて光が収まると、洞窟は沈黙、ボスのところには盾が落ちている。想像以上の派手なエフェクトと凄惨なジェノサイドに、一堂は口をあんぐりと開く。セシリー自身、手で口を覆って、このショッキングな光景を眺めていた。


 輝くピンクブロンド、長いまつげに縁取られた蒼玉の如く輝く瞳。絹のような艶やかな白い肌、その頬が薔薇色に染まり、細く長い指が可憐に口を覆っている。主人公だけあって、神懸かった美しさだ。いや、このゲーム、神絵師さんの作画なんで、ゲームそのものの出来はともかく、結構売れたんだよね。


 しかし私は見てしまった。


 その細く長い指の隙間で、口角がニヤリと吊り上がり、ぷるぷるの桜色の唇が、日本語で


『ちょヤッベ、気持ちェ…』


 と形作ったことを。


 裕貴セシリーくん、お前もか。


 厨二病とは、大学生になっても、治らないものらしい。




 その後、裕貴セシリーくんのMPが尽きるまで祝福ブレッシングで周回、少し遅いランチを食べて、午後は自然回復したMPでもうちょっと回ったところで、今日はもういいか、となって、一日目はお開き。なんせ、前回の風のダンジョンは1週間で500周くらい。8種1セット×パーティー5名分、プラス予備が50セット余り、プラスガチャ被りで余ってるヤツ。今回は、半日で150周くらい回ってしまった。ウチのパーティーには水属性はいないので、レアドロップの腕輪までは必要ないかな、と思いつつ、コレクションアイテムとして1個くらいは欲しいかもしれない。


 フェリックスうじは、今日1日でレベルが80くらい上がったようだ。私たちは10くらい上がり、ついにレベル400の大台に乗った。「だんだん上がりにくくなるよね〜☆」とはブリジット談。フェリックス氏同様、今日1日何もしていないで賞の同率MVPである。


 せっかくなので、ブンカーの外でキャンプ気分で焚き火。山の中だから虫が出るのだが、周囲500メートルくらいの範囲は裕貴セシリーくんが祝福おそうじしてくれた。ついでに刺されたら刺されたで治してくれる。治癒のたびに、日本語で『汚物は消毒だ…』と呟くのはやめていただきたい。


 木の枝に刺したマシュマロを焼きながら、フェリックス氏のステ振り。ステータス画面は私と裕貴セシリーくん以外には見えないので、口で説明しながらスキルを振っていく。そのうち今持っているスキルがレベルマックスになったら、騎士団で武闘系スキルでも取るか、冒険者ギルドで斥候系スキルを取るかすればいいと思う。なお、任意のステ振りは、ステータスが見られない以上、私か裕貴セシリーくんが行わないといけないようだが、人生でここまで一気にレベルが上がる機会はそうそうないだろう。


「俺の人生、一体何だったんでしょうかね…」


 スラムで育ち、自分の誕生日も正確な年齢も分からないフェリックス氏、推定26歳。血の滲むような努力と紆余曲折を経て、これまでの人生の全てを隠密としてのキャリアに注いで来たのだが、たった1日で、それをはるかに上回る経験を獲得してしまった。これで伝説のお庭番の先代をブッチ切り、辺境伯家のトップに躍り出る。こんな簡単で良いのだろうか。


「いーのいーの、ラクしてお金儲け、最強じゃん☆」


 彼の苦悩はブリジットの一言で台無しである。


「悩むなフェリックス、慣れよ」


「そうそう、悩むのは最初だけですよ、大丈夫」


 辺境伯コンビが慰める。


 その後はブンカーの中に移動し、風の腕輪から出来立て料理を取り出し、普通にご馳走を食べ、交代でお風呂に入り、2階の二段ベッドで就寝。普段の生活より、よっぽど行き届いた超級ダンジョン攻略に、フェリックス氏は眠れぬ夜を過ごしたのだった。

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