第15話 坊ちゃん援護隊

「ストレスでしょうねぇ…」


「何があっても動じない父上が…」


 デイモン閣下が辺境伯を長椅子に横たえて、セシリーちゃんが治癒魔法をかける。外傷もなく内臓も悪くない、強いて言えば胃がキュッと縮み上がっているそうだ。なんかごめん。


「お父上は、そりゃあ坊ちゃんを心配されたんですじゃ」


 影の先代トップ、レジェンド暗殺者の庭師のお爺ちゃん。


「坊ちゃんが上級ダンジョンに挑んでいると知らせが入って、そりゃあもう館中が大騒ぎでしてな。すぐさま王都の草に命じて、影から坊ちゃんの警護をするように手配したのですじゃ」


 草の皆さんは、最初私たちを見えないところから援護するよう、王都の精鋭5名1パーティーが編成され、私たちの後をついてきたそうだ。私たちが王都の中を移動するのは基本辺境伯家の目立つ馬車、見失うことはない。ところが、


「迷宮に入るとすぐさま、坊ちゃん方は爆音を残して消えてしまったと。さすがの爺も、あの時は肝を冷やしましたじゃ」


 結局王都の近くから30人ほど集めて、迷宮をくまなく探すように指令を出し、すわ辺境伯家の一大事か、という時に、迷宮から何喰わぬ顔をして一行が和気藹々と出てきたという。


 その後も、何度となく「坊ちゃん援護隊」は編成され、追跡が試みられたが、どうやら坊ちゃんは迷宮に入るや否や、巨大なゴーレム馬車を出現させて、ものすごい爆音とともに迷宮を爆進して行ってしまった。そして何度も上級ダンジョンの探索が為されたが、坊ちゃんたちの行き先はようとして掴めず。だよね、あそこ隠し扉の先だもんね。


「おかげで、王都周辺の草が、随分と鍛えられましたのですじゃ…」


 ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。


 ほんと、なんかごめん。


 その後も超級ダンジョンに挑むという情報を掴み、一行を尾行して今度こそ「坊ちゃん援護隊」を成功させようと意気込むも、まず超級ダンジョンからして命懸けのアタックとなるので、今度は辺境伯領から本気の精鋭隊が派遣されたらしい。辺境伯領の警護はいいのか。


「すると、全員が空を駆け始められましてなぁ…」


 そうだ。あのダンジョンは風属性のダンジョン、風属性のスキルを使わないと入れない仕様になっている。挑むと決めてから、飛翔フライのスキルを取って、全員で飛んで入ったよね。


「そして、飛翔スキルなんて聞いとらんぞ、どうにかして後を追わねばと対策を立てようとしてた矢先」


 30分ほどで和気藹々と出てきたと。そして、2周目に突入して行ったと。


「この爺、長く生きておりますが、こんなことは初めてでしたじゃ…」


 ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。


 ほんと、マジでごめん。




 辺境伯が目覚めた頃、ちょうど夕飯時ということで、簡単な晩餐が振舞われた。いや、食事は十分に豪華なのだが、次男一行の話が突飛過ぎて、下手な部外者に聞かせるわけにはいかないのだ。今回は珍しく、密談用の小ぶりな貴賓室に通され、館の首脳陣と一緒に食事を摂ることとなった。通常、使用人と主人が食卓を共にすることはないのだが、どちらかというと食事を摂りながらの軍議である。


 正気を取り戻した辺境伯、食事をしながらとはいえ、腕を組んで厳しい視線を投げてくる。辺境伯としての彼は、さながら碇パパのようだ。


「して、次の目標は決めてあるのか」


「はい、水の超級ダンジョンに挑もうと」


「バカな、水属性のダンジョンには水属性のスキルが」


 現・影の長がつい声を荒げる。


「なので、先に風のダンジョンで装備を整えました。優性属性で水属性を攻略します」


「なるほど…」


「あのー、ついて来たかったら、風の装備一式余ってますけどぉ、要りますぅ?」


 卓上にワインのしぶきが上がった。ブリジットお前…


「いや、余ってるっていうか、つい楽しくなって周回してたら、余計に50セットくらい取っちゃったっていうか…」


「アリス嬢、それ全くフォローになってませんよ…」


「えーだって、閣下もエリオット氏もノリノリだったじゃないですかぁ」


「それは、その…」


 うんうん。土属性に闇属性が面白いほど効いて、つい暴れ過ぎちゃったよね。後1回だけ、もう1回だけって言いつつ、1週間で何周したかなぁ…。




 風の超級ダンジョンは、ワイバーンがワンサカ出て、ボスのトルネードドラゴンを倒すと、風属性の装備のうち1つがランダムで落ちるガチャダンジョンである。主人公や攻略対象のようなメインキャラ以外に、NPCモブを最終決戦に連れて行くためには、店売りの武器防具では物足りない、そういうやり込みプレイヤーとモブキャラに対する救済策であった。


 風のダンジョンのボスドロップアイテムは、細剣、鞭、弓、杖、盾、革鎧、ドレス、サークレットの8種類プラスシークレット。いずれも風属性の加護を宿した武器防具であり、風属性のプレイヤーが着用するとスキルの効果や能力値に補正がかかるが、他の属性の者が装備しても問題ない。なお、短剣や大剣、槍、鎧、兜、ローブなどは、風属性ではドロップしない。


 最初は、5人分の装備が全部落ちるまで周回するぞ、っていう話だったんだけど、ゲームと違って現実では、飛翔フライの移動速度が使用者のAGIすばやさ依存で、ものすごい速度で飛べたんだよね。風属性のワイバーンには、閣下のストーンバレットが効果覿面てきめんで、エンカウント即キル状態。挙句、ボス戦では「私にやらせてください」「いや、あーしが」っつって、スキルレベルマックスの暗黒の雷やらファイアーボールやらでトルネードドラゴンをオーバーキル。ボスを倒したら入り口まで飛ばされるんだけど、そこでダンジョンのリセットが入るみたいで、何度か周回するうちに、他のダンジョンのようにモンスターのリポップまで30分ほど待つ必要がないことが分かった。それからはもう、飛翔フライぶっ飛ばしてタイムアタックですよ。最終的には、1周5分ほどで回れるようになったと思う。どっちかっていうと、シューティングゲームというか、レースゲームみたいな様相を呈していた。もうコントローラー取り合いのスー○ァミ状態である。


 結果、5人分の装備どころか、50人分余りの装備品が揃ってしまった。なお、装備品については、シークレットのレアドロップ、風の腕輪に格納してある。各属性の腕輪、その隠された性能は、アイテムのキャリー数が増えること。よくあるアイテムボックス、異空間収納というヤツである。このゲームはそもそも乙女ゲームであって、RPG要素はオマケなので、そう大してアイテムを持ち運ぶ必要はないのだが、廃ゲーマーのために用意されたのか、それともテストプレイのために作られたのか。とにかく、この腕輪が1つは欲しかった。幸い2個ドロップしたので、1個は女子を代表して私が、1個は男子組のために閣下が持っている。これで、長旅も安心、大荷物も楽々。国宝呼ばわりされるスキルの種子も、バカみたいに貯め込んである。




「というわけで、もしついて来られるなら、風属性の武器防具を人数分一式お渡ししますけど、いかがなさいます?」


「…デイモンや。我が家の家宝は何か、知っているか」


「はい父上。宝物庫に炎の鎧があると聞いておりますが」


「その、炎の鎧に匹敵する風の装備、しかも一式、はいそうですかと人数分借りて、ついて行けるとでも…?」


「はぁまぁ、皆さんあーしらより随分弱っちいみたいですしぃ、ついて来れるかっていうと、ちょぉっと無理っぽいかなっていうかぁ」


 おいこらブリジット!


「弱…」


 卓が剣呑な雰囲気に呑まれそうになったが、思い当たる節があったのか、皆押し黙った。


「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、ならばこの爺が、皆の代表としてお供いたしますぞ」


「何っ!」


「このような前代未聞の事態、若いモンには荷が重過ぎましょうぞ。なぁに、この爺、こう見えてまだまだ衰えておりませぬ」


 お庭番の爺やが名乗り出た。それはすなわち辺境伯家の最強の切り札を切る、ということであるが


「えー、このお爺ちゃん、あーしらのレベルの半分もないじゃないですかぁ。もっと強い人じゃないとちょっとぉ」


 まとまりかかった話を、ブリジットが華麗にちゃぶ台返し。ブリジットマジお前…。

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