第7話 ブリジット入学

 晴れてブリジットは学園に編入。月曜日の今日から一緒に登校だ。


「ちょっとお嬢様!私も学園生なんですから、学業があるんです。これまでのように身の回りのお世話をする時間がないんですから、放課後のダンジョンは」


「あーそれ、メイドサービス頼んどいたから。掃除とか洗濯とか大丈夫だかんね」


「でもちょっ、朝の支度とか夕方の」


「私さぁ、魔王のこと思い出してから、他にも色々と思い出してきたんだよね。例えばほら、髪なんかここを括ってクルッてすると、上手くまとまんのよ」


「あっホントだ」


「メイクもそう、ここをちょちょっと…ホラ垢抜けたっしょ」


「わーマジすごい!お嬢様これどこで」


「これでもSNSで色々見て詐欺メイク研究してたんだから」


 キャッキャウフフ。あ、もう登校の時間だ。


「迷宮行く途中にコスメ買って来よ、新色出たっぽいし」


「いいですねそれ!行きましょ行きましょ!」


 ブリジットは実に扱いやす…良き相棒です。




 彼女とは昇降口で別れる。今日から一学年に編入して、さっそく火属性のスキルを覚えてもらう予定だ。スキルの獲得方法はあらゆる手段がある。冒険者ギルドで講習を受けたり、家庭教師を付けたり、光属性の神聖術ならば教会に寄進したり。だが、せっかく貴族学園にいるのなら、ここで学ばない手はない。ここではあらゆる属性のスキルが、下位から上位まで、ほぼ全て取得できるように準備されているのだ。もちろん武術系のスキルもばっちり。結局ここが一番コスパの良い修練場と言える。


 ランチの時間には、入学祝いと称して、デイモン閣下とエリオット様がやって来た。ブリジットは新しいクラスメイトと食べてくればいいじゃないかと思ったが、彼らが来たのなら同席するしかあるまい。彼らの話によれば、こうして公衆の面前で「この生徒はダッシュウッド辺境伯の寄り子で、わざわざ当主次男自ら一般生徒向けのカフェテリアに降りてくるほど、辺境伯の息がかかっている」と見せつける必要があるとのこと。貴族もみんな常識の通じる奴ばかりではない、下級貴族であればあるほど、おかしな者が混じっていることがあるから、ということであった。いつもながら、何と気の利く上司たちだろう。


「そんなことより、これを見てくれ!」


 たまりかねたのか、エリオット様が懐から指揮棒タクト型の小型杖を出して来た。オリパンダーオリパンダーと連呼している。指揮棒のコルクに当たる部分にアメジストが嵌まった、無駄に高いヤツだ。そして視力いいのに銀のモノクルも出してきた。自分が気に入ったものの話題になった途端、ものすごく早口になってずーっとしゃべっている。そこはかとなく秋葉原のカホリがする。


「昨日からずっとこの調子なのだ…」


 閣下は遠い目をしていた。




 それからは彼の独壇場だった。杖を見せびらかしては、店にどんな杖が並んでいたのか、どういうスペックでどんな価格だったのか。そこで見つけた一本の杖。アメジストがキラリと光って、俺の相棒はコイツだと分かった。これは運命の出会いだ。そんな話を無限ループで再生している。私たちは、ふーんへーほーすごーいを無限再生するだけである。味のしないランチであった。


 一方、閣下は浮かない顔をしている。エリオットうじうじに格下げ)の相手をブリジットに任せて、なんとなく話を聞き出してみると、要は「エリオットだけズルい」ということであった。おいおい、装備品はトミ○でもプラ○ールでもないんだぞ。だが、男子には、そういうのが大事なんだろう。


 デイモン閣下の装備は、辺境伯のお抱え職人の逸品。例えて言えば、私たちの装備が量販店のTシャツならば、彼はアル○ーニのオーダーメイドのスーツようなものである。性能も価格も桁が違うのだ。エリオット氏のアメジストの杖は、80万ゴールドと言ったか。確かに店売りでは良い値段のものではあるが、デイモン閣下の装備は一流職人の一点もの、プライスレスである。しかし悲しいかな、辺境伯領においては、武器防具は質実剛健、性能重視、実戦仕様。確かに国内トップクラスの性能を誇るのだが、いかんせん装飾という面に関しては、質素と言わざるをえない。王家の一族が纏う武器防具が黒塗りピカピカの政府専用車ならば、彼の装備はバリバリの軍用車である。


 でも、デイモン閣下だって目立ちたい。男の子だもん、エエカッコしたいんである。分かるよその気持ち。みんなまずは外側から入りたいとこ、あるよね。仕方がない、今日は中級を諦めて、街へ繰り出すことにした。




 まず向かったのは、ブリジットと約束した化粧品店。ここで新色を物色して、ブリジットはテンションマックスである。この世界の淑女が選びそうな真っ赤なルージュ、真っ青なシャドウではなく、ニュアンスカラーや旬の色を選んでいく。


「いい?ナチュラルメイクって、ナチュラルなメイクのことじゃなくて、ナチュラルに『見える』メイクのことなのよ!」


「ほへ〜、さすがお嬢様!」


 BAビューティーアドバイザーのお姉様方も、私の力説にうんうんと頷いている。貴族の淑女たちは分かりやすい舞台メイクを好むが、その道のプロになればなるほど、自然に『見える』美を磨きまくっているのだ。


 さて、ついて来た男子組はつまらなさそうにしていたが、ここからが本番ですよ。いいからいいからとメイク台に座らせ、まずは眉から整えてみる。もちろん貴族の嗜みとして、顔剃りなんかはみんな毎朝やってもらっているが、眉が甘い。顔の印象は眉で決まると言っていい。そしてワックス。私の確固たる偏見によれば、高校生男子といえば、眉を整え、ヘアーワックスで無造作『風』ヘアを作るのに命を賭ける生き物なのである。ここをこう掻き上げて空気感を出し、ここは流してここは立たせて、ほら出来上がり。


「これが…私…」


 あらやだ可愛い。ちょっと無骨なデイモン閣下はキリリとした正統派イケメンに、神経質そうなエリオット氏は中性的なイケメンに変身した。本来なら今頃イチャイチャと魔王攻略に乗り出すはずの、キラキラしい攻略対象たちにも劣らない出来。我ながら、ゴッドハンドが恐ろしい。


 彼らは早速、ヘアーワックスとスキンケア用品をお買い上げ。別途メイドを寄越して、眉メイクとヘアセットを指南してもらうこととなった。彼らが華麗な変身を遂げたとなれば、他の貴族も聞きつけてやって来るに違いない。恐らくこれからこの化粧品店は忙しくなるだろう。BAのお姉様方に、にこやかにお見送りいただいた。


 次は衣料品店。私たちが普段使っている、商人や下級貴族御用達の店など、彼らは入ったことがないに違いない。この価格帯の店には、小金持ち向けの高級品だけではなく、ちょっと遊びを取り入れたものや、トガったものも置いてある。表は無地の地味なマントだが、裏にビッシリと刺繍が入っているとか、意味ありげな髑髏のモチーフのゴツいシルバーアクセサリーとか。あ、エリオット様が皮の指抜きグローブに釘付けだ。結局、閣下は裏に炎の刺繍が入ったマントとゴツい喧嘩指輪、エリオット様は髑髏の刺繍のマントに指抜きグローブ、蛇が絡まったロザリオをゲットなさった。ついでにブリジットも他所行き用の可愛いワンピを買ってもらっていた。ちゃっかりしている。




 良い買い物が出来たとホクホク顔の御一行様で、カフェに移動。辺境伯家の馬車は目立って仕方ないのだが、二階のVIP個室に通してもらえるのはありがたい。彼らは戦利品を手に、交互に眺めてニンマリしている。良うございました。特に閣下におかれましては、最高級品の鎧や剣に直接装飾を施すわけには行かないので、小物で厨二心を満たし…差を付けていただこう。


「いやあ、今日は何とお礼を言っていいのやら」


「このように心満たされるひとときを過ごしたのは、初めてです…」


 2人とも頬を上気させてホクホクしている。


「あとはデイモン閣下は土属性の鋭敏キーンのスキルを取られると良いかもしれませんね。武器攻撃力が微増するスキルですが、発動すると剣がほのかに発光します」


「明日是非取ろう!!」


 閣下がテーブルに身を乗り出した。お茶こぼれるから。あ、レベル1でいいですよ、レベル2からは効果がパーティー全体に広がるんで。剣が光るの、閣下だけのほうがいいでしょ。目立つし。あと、エリオット氏はレベル20超えたと思うんで、マジックドレインお願いしますね。


「それにしても今更だが、貴殿らはどうしてそんなに急いで強くなろうとするのだ。ブリジットは無事入学したことだし、もうこれ以上金銭が必要なわけではあるまい?」


「あれ?言ってませんでしたっけ。倒すんですよ、魔王」


「「魔王?!!!」」


 あれ?言ってませんでしたっけ。

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