第5話 接待パワーレベリング(2)

 当初の予想通り、レベル25を超えると、2人パーティーでも中級ダンジョンの浅い層ならば、普通に攻略できるようになってきた。深い層に入って行くと、物理攻撃無効のモンスターがいるので、今のところほぼ物理攻撃頼りの我ら、私のウィンドカッターのスキルを上げるかブリジットの火属性スキルの取得を待つしかないが、そういった敵にはエンカウントしなければいいので、消費アイテムを使ってゴリ押せば、もうそろそろ最深部まで攻略できるかもしれない。


 だが、今日は上司のお坊っちゃまの接待パワーレベリングである。ゴリ押すわけにはいかない。浅い部分で、比較的経験値の美味しいヤツからサクサク狩って行く。彼らに「戦闘に参加されますか?」と聞いたところ、「まずは戦い方を参考にしたいので、普段通りに行ってくれ」と言われた。ならば遠慮なく、いつも通りに行かせて頂きましょう。毎度の道順で、敵のスポーン地点を巡回。コース通りに回ったら、一周回る頃にはリスポーンしている。レベル上げ、それは効率、それは作業なのである。


「お嬢様!レアドロ出ましたよ!」


「おお、黄金の羽根!高く売れるね!」


「カフェで新作食べましょう!」


 2人してドロップ品をキャッキャウフフと拾っていると、デイモン様から待ったがかかった。どうしたのだろう、2人とも青い顔をしている。そういえば、3周くらい回ったかな。休憩を挟んでもいいかもしれない。


 その後2戦ほどこなし、最寄りのセーフポイントでお茶にすることにした。敷物を広げて、粗茶ですがと2人に勧める。うちの部屋で一番良いお茶を淹れて来たのだが、口に合うだろうか。お茶が皆に行き渡り、口を湿らせて、デイモン様は開口一番


「お前ら正気か」


と言い放った。




 重苦しい雰囲気とともに、彼の口からぽつりぽつりとこぼれる言葉をまとめると、


・エンカウント地点とリポップのタイミングを全て把握しているとか

・休みなく周回してエンドレスで戦い続けるとか

・全て先制ノーダメ撃破とか

・空中を走り回るとか

・後衛が槍を投げるとか

・みんな命懸けで攻略に来てるのに

・そもそも安物の皮鎧のペラペラ装甲で

・キノコ狩りにでも来たようなカジュアルさで

・さあ休憩にお茶でもしましょうとか


「ナメとんのか」


と。あらやだこの子お口悪い。




「いいですか、レベル上げは効率、レベル上げは作業なのです」


 なん…だと…。2人の顔がそう言っている。そう、狩もレベル上げも、命を賭けてやるものではない。命を賭けた時点で負けなのだ。安全、安心、そして効率。どこに何が出て、どういう攻撃の仕方をすれば倒せるか。それを熟知して、組み立て、万が一のリスクも排除して、徹底的に狩り尽くす。


「敵を知り、己を知れば、百戦あやうからず。迷宮攻略の基本です」


 ドヤ顔で披露すると、2人は「ガガーン!」みたいな顔で打ちひしがれている。孫子さん、パクってごめん。あとブリジット、あんたがドヤ顔すな。




 デイモン様は、非礼を詫びると続けた。


 辺境伯家に生まれたデイモン様、幼い頃から優秀なお子様で、行く行くは兄たる次期辺境伯を支え、強大な軍事力の一翼を担うために、大いに期待されて育ったらしい。だが、7歳の洗礼時に告げられたのは、人気のない土属性。実家では相変わらず、皆から愛されて育ったものの、己の不甲斐なさに悩み、せめて剣の腕で兄を助けようと、ずっと鍛錬を欠かさなかったそうな。自力でレベル15まで到達し、いよいよ初級ダンジョンの深層部に挑もうと意気込んでいたところ、学園の女生徒が中級ダンジョンに出没して荒稼ぎをしているという噂が。しかも辺境伯家じぶんちの寄り子んところの。


 中級ってマジかよと思って攻略に誘ってみれば、ボロッボロのやっすい革鎧を着込んでくるわ、パーティー組んだらステータス見えるわ、俺らより遥かに強いわ、談笑しながら片手間でモンスター狩るわ、ほんの小一時間後ろをついて行っただけでレベル3も上がっとるわ、これまでの自分たちの苦労は一体…ってなったらしい。そこで「お前らなんなん」と抗議したところ、「敵を知り」とかそれっぽい言葉で叩きのめされた、ということのようだ。なんかごめん。


 エリオット様も似たような感じで、しかも闇属性なんて不人気の極み。国境を守護する辺境伯に仕える魔道士の家系では、分かりやすく火属性が好まれる。それを、風属性、水属性、光属性ならまだしも、闇属性など一体何の役に立つのか。こちらはかなり冷遇されて育ったらしい。同い年のデイモン様に側近として取り立てられ、温情に報いようと必死で修行してきたが、闇属性のスキルでは、どうやったってデイモン様のお役に立つことはできない、と悩んでいたそうだ。




 お前は何を言っているんだ。土属性と闇属性の何たるかを知らずに、お前は一体何を言っとるんだと。


 まずデイモン閣下、時代は土属性ですよ。土属性といえばアナタ、戦争に良し、内政に良し、公共事業の要でしょうよ。街道を整備すれば、物流がはかどって領地は潤うわ、高速進軍は可能だわ、辺境伯領は一躍交易と防衛の要に発展するじゃないですか。その上ロックウォールで領都を囲んでごらんなさい。不落の要塞都市の完成ですよ。火属性魔法くらいじゃ屁でもありません。


 敵の進軍にしたってそうです、逆のことをすればいい。敵がやってくる街道をちょっと沼地に変えてやったら、重い荷車はハマりますから、兵站へいたんなんて全部ダメ。進軍も陣を張ることも出来ません。それこそ山地から来ようもんなら、落石し放題、崖崩れ起こし放題。そこにゴーレムでも作ってひと暴れさせてやって、反対側の山から高みの見物ですよ。エッグいわぁ。


 争いのない時には、農業にでも精を出せばいいんです。水路は引けるし土は耕せるし、荒地を開拓し放題。辺りは一面穀倉地帯。土属性スキル無双ですよ。もういっそ剣なんかどうでもいいんで、これからINT(賢さ)伸ばしましょ。何度でも言いますが、時代は土属性ですよ。


 それから闇属性。私たち、こうして視覚や聴覚を通して情報を得てますけど、それって全部脳が処理してるわけですよ。そこに直接働きかけてイジれるって、最強じゃないですか。いいですか、こうして見た画像を、脳がちゃんと処理できないと、まったく違うものに見えてしまったり、正しく認識できなくなるわけです。そうなったらもう、ぶっちゃけ戦闘どころじゃないんですよね。こっちにある石ころが敵に見えて、敵が石ころに見えたら、石ころを殴ってる間にやられちゃいますから。


 日頃から思ってましたけど、闇属性の人たちってスキルの使い方がおかしいんですよ。敵の周りを取り囲んで、広範囲で幻影を映して惑わそうとする。そうじゃないんですよ、こう、敵の眉間とかを狙ってね、ここにピンポイントで幻影を撃ち込むんですよ。そしたらズギューンですよ。MP1でしっかり効くんです。一匹狂ったらあとは相打ちでしょう。メダ○ニでメタル狩れるんですよ舐めんなよ。


 戦争だってそうですよ、敵の大将のアタマだけ狙ってキュッと撃ち込んじゃったらいいんです。相手によってはレジスト持ってるかもしれないですけど、狙いが小さいほど撃ち抜きやすいんです。ほんの2〜3倍のMPを注いでやれば、キュッですよ。あとは和平交渉で相手の代表の脳みそをキレイキレイしちゃえば、もう全部キレイキレイで終わるでしょう。闇属性こそ無敵ですよ。




 とりあえずネット小説の受け売りを垂れ流して、適当に励ましてみた。すると2人は、プルプルしながら泣き出した。まずい、何か変なことを口走っただろうか。


 二人は顔を上げ、神妙な面持ちでハモった。


「「師匠!」」


 なぜか弟子が2人できました。

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