第3話 コウモリ乱獲

 学園でダンジョンの氾濫が起きたのが火曜日。調査が行われたのが水曜日。ダンジョンが再開されたのが木曜日。


 一方で、私がこの世界のことを思い出したのが火曜日。ブリジットに思い出したことを打ち明けて、冒険に誘ったのが水曜日。試しに中級ダンジョンに潜ったのが昨日、木曜日。


 今日は金曜日。昨日狩ったコウモリの羽を売り払い、儲かった収益金で保存食などを買い込み、早速中級ダンジョンへ。寮には外泊届けを出しておいた。さあ、狩の時間です。


 ブリジットは昨日初めて中級ダンジョンでパワーレベリング、その足で今日から泊まりでダンジョンに挑むとか聞いてないとお怒りだったが、そんなことを言っていては彼女の入学資金は稼げない。魔王討伐は別にして、コミュ障の私のコネ作りは期待できなくても、自分が学園生となれば自力で交友が広げられる。中には親に決められた婚約者と上手く行ってない子息もいるかもよ…と焚きつけると、鼻息荒く付いてきた。チョロいメイドである。


 なお、通常だと、NPCがレベルアップしたらステータスは自動的に上昇するのだが、自分がプレイヤーだと自覚した途端、自分で好きなように上昇ステータスを振れるようになった。現在攻撃に参加しないブリジットは、まずはPOWちからを上げて、連動するHPたいりょく値を上げていった。学園に入学して魔法を覚えたら、INTかしこさに振ってもらおうと思う。


 私は次の狩の標的であるキラーマンティスを一撃で倒すために、POWちからを集中的に上げて行った。キラーマンティスの体力と防御力を勘案すると、レベル15くらいまでは力だけにステ振りすれば、「両断の剣」と合わせて先制一撃で倒すことができる。「両断の剣」は武器屋で10万ゴールドで売っている。寝てる暇なぞない、コウモリを狩って狩って狩り尽くしてやる。




 明け方頃、ほうほうの体でダンジョンから帰還。ほとんどノーダメージだけど、睡眠不足で朦朧もうろうとしている。とりあえず、ダンジョン近くの安宿で仮眠をし、朝になったら王都に帰り、大量のコウモリの羽を売りつけて、改めて冒険者ギルドの近くの宿で再仮眠。午後起き出して、武器屋と防具屋で装備を買い直し。ブリジットには革鎧と小型の盾、私には革鎧と両断の剣、さらに大量の荷物を運ぶために丈夫な背嚢を購入。これで手持ちの資金は再び底をついたが、荒稼ぎはこれからだ。もうパワーレベリングは嫌だと駄々をこねるブリジットに、「キラーマンティスは稼げる」と吹き込むと、あっという間にやる気を取り戻した。この子、大物になるかも知らん。


 そしてその言葉に嘘はない。キラーマンティスは、中級ダンジョンの中でも強いモンスターで、レベルは25。しかも浅い層だと一体、多くて二体しか出てこない。そして、今のところ量産品で一番強い「両断の剣」を使えば、ある程度の力があれば一撃で倒せる。


 確定ドロップ品は、キラーマンティスの鎌。これはもちろん、錬金素材にも武器防具強化素材にもなるが、何しろ簡単な加工だけで刃物として使える。マンティスダガーは安くて攻撃力の高い、中級斥候の定番品だ。ゆえに、キラーマンティスの鎌は1,000ゴールドで買い取ってもらえる。さらに、一匹あたり1,000ゴールドのお金もドロップする。一体どういう仕組みでお金がドロップされるのか分からないが、一体倒せば合計2,000ゴールド。美味しいモンスターなのである。なお、100万ゴールドを貯めるためには500体倒さなければならないが、それを言うとブリジットがやる気を失くすので黙っておく。




 その後は地下5階でカマキリを狩って狩って狩りまくった。コウモリよりも一度にポップする個体数は少ないが、先に一度潜んでからウィンドカッターを掛ける手間がないので、一撃で倒せるならば、コウモリよりも狩りやすい。カマキリ対策にPOWちからに振っていたステータスを、またAGIすばやさに振るようにしたところ、ヌルいくらいに回避ができる。安全に狩が出来るようになったと判断し、狩場を地下6階、7階と移し、一度に3体〜5体狩るようになった。問題は、ドロップする鎌を持ち運ぶのが大変なこと。二人分買った大型背嚢がパンパンになり、入らない分は紐で括り付けていたが持ちきれなくなって、日曜日の朝には渋々王都まで帰ってきた。鎌は二人合わせて152本。稼ぎは約30万ゴールドである。一度に多くの鎌を持ち帰ったため、ギルドでは買取価格を下げられそうになったが、ブリジットの入学資金を稼ぐために、本人と主人で頑張ってるんですと泣き落としすると、通常価格で買い取ってくれた。もしかしたら、徹夜続きで血走った目の、ボサボサ頭の女学生が異常に怖かったのかもしれない。


 ブリジットの編入試験は月曜日、結果が分かるのは水曜日。学費の納入は金曜日まで待ってもらえるそうだ。それまでに、残り70万ゴールドを稼がなければならない。色々ギリギリだけど、なんとか間に合わせなければ。世界の平和がかかっているのだ。死にたくない。


 白昼、言葉少なに学園まで戻り、それから二人して死んだように眠った。我ら、頑張った。




 翌日、しっかり休んだ私たちは、いつも通りに身支度をして、登校していった。いつもと違うのは、今日はブリジットも一緒に登校したことだ。今日は彼女の編入試験、頑張ってもらいたい。まあ、元々私よりはるかに出来の良い子だから、しくじることはあるまい。昇降口で別れて、私は教室に向かった。健闘を祈る。


 午前中の授業を終え、ブリジットと落ち合って、カフェテリアでランチを食べることにする。カフェテリアは学園生には無料だが、学外の者でも有料ながら利用することができる。試験の首尾を聞いたところ、つつがなくこなして来たようだ。


 そんな話をしていたところ、ふいに声を掛けられた。顔を上げたところ、ダッシュウッド辺境伯のご子息、デイモン様がいた。ダッシュウッド辺境伯家は、我がアクロイド子爵家の寄り親、つまり部長の息子みたいなもんである。


「ダッシュウッド様におかれましては」


「ああ、そういう堅苦しい挨拶は無用だ。同席しても?」


「恐悦至極に存じます」


 デイモン様は側近とともに、なんとも言えない表情をして向いの席に座った。恐悦至極って…って顔に書いてある。いや、学園って身分別に棲み分けがされていて、教室も違えばカフェテリアだって上級貴族用のものがある。同じ学園に通っていても、普段顔を合わせることなどない。それでいいのだ。上級貴族と四六時中一緒にされたら、うざ…いや、息が詰まるったらない。


「単刀直入に聞く。コウモリとカマキリを大量に狩る学園生というのは、君たちのことか」


 えっ。


「冒険者ギルドで話題になっているぞ。女学生の二人組が、この二日間で大量に魔物を狩って来て、ものすごい利益を上げていると」


 私たちがダンジョンに潜っている間、どうやら世間では私たちのことが話題になっていたようだ。寄り子の子女が、世間を賑わすのはよろしくない。だが、それが「主人がメイドを入学させてやりたい」という美談で伝わっているなら、それを止めさせることは良策ではない。ともあれ、その話は事実なのか、確認に来たということだ。


 私は、それは事実であり、ブリジットは今日入学試験を終えたこと、そして金曜日までになんとか100万ゴールド貯めようとしていると返事をした。デイモン様は一考して


「話は分かった。ならば、励むがいい」


「ありがたき幸せに存じます」


「ところで、100万ゴールドと言っているが、それは入学金であろう。学費はまた別で、半期で100万ゴールド必要だが、それは大丈夫なのか」


 は?


「奨学金を得るならばそれらは無料になるだろうが、その場合、奨学生を上回る成績を残すことが必須で、そうなると奨学生の席が一つ君のものになるから、必然的に在校生が一人退学に」


 え?


 デイモン様の話を半口で聞いていた私とブリジットは、お互いを見合わせて、固まった。




 しばらくして再起動した私は、学費の納入を待ってもらうか、分割払いにしてもらえないか、教務課に聞いて来ますと答えたが、デイモン様の答えは否だった。


 今回のブリジットの入学劇は、各実家や寄り親に話を通さずに、学生だけで進めようとしたところに、そもそもの問題があるらしい。実は冒険者ギルドで話題に上がる前に、教務課からデイモン様のところに確認が入ったそうだ。貴族はメンツを大事にするから、実家や寄り親が知らないのに子女が勝手に入学したとか、後からクレームを入れられても、学園としても困るのである。


 そしてもし、そのメイドのブリジットを入学させたいのなら、入学金諸々を用立てるのは訳もないので、寄り親の名代たるデイモン様を頼るように、ということだった。そうすることで、ダッシュウッド辺境伯の顔も立つし、辺境伯経由で耳に入るのであれば、実家の子爵家も準男爵家も文句は言えないであろう、と。


 デイモン様、これまで何度かお見かけする程度の、面倒臭い上司の子息…いや、雲の上のやんごとない存在で、これまでこちらからお声かけするとか頼るとか、そんなことを考えたこともなかったが、こうして部下の子女のことまで気にかけてくれてありがたい。ブリジットと共に、ありがとうございます!と頭を下げたところ、


「だが一つ、条件がある。」


 うまい話など、そうそうないのであった。

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