第2話 ポンコツ令嬢、始動

 仲間探しは早速詰んだ。


 私、お約束のボッチでした。


 私の唯一の友達といえば、一緒に王都へ上京してきたメイドのブリジットだけ。ブリジットはうちの家の寄り子の準男爵家の四女、貴族学園に行って上級貴族に見初められでもしたら大チャンスということで鼻息荒くついてきたのだが、現実を知って黄昏たそがれていた。みんな政略結婚で婚約者いるし、めかけになるにもコネや財力がモノを言う。田舎の貧乏貴族が太刀打ちできる世界ではなかった。


 だが、四の五の言っていられない。あと一年ちょっとで魔王は復活してしまう。こっちは伝説の武器防具なしで攻略せざるを得ない。私の廃人パワーをもってしても、ソロ攻略は無理である。こうなったら意地でもブリジットを道連れにしなければならない。


「というわけなの。明日から一緒にダンジョンに潜るわよ」


「お嬢様、とうとう頭がイカれましたか…」


 ブリジットは氷点下の視線を返してくる。だが私はへこたれない。


「もうこの私のコミュ障ってどうしようもないじゃない?お金もないしコネもないし、じゃあもういっそ冒険者で行けば」


「お嬢様がコミュ障じゃなければ、お金はなくてもコネは作れたんですよ!私の玉の輿計画を返せ!」


「まあまあ、あなたにはこれから学園に編入してもらって、魔法も覚えてもらうわよ。コネなら自分で作ってちょうだい」


「学園に編入って、ウチにも子爵様にもそんなお金ないでしょう。お嬢様は仕送りをすぐに食べ歩きに使っちゃうし」


 うっグサッ


「ただでさえ仕送り足りなくてこっそり筆耕ひっこうのバイトしてるのに、それも全部ファンシーグッズや推しグッズに注ぎ込んで」


 グサグサッ


「でもねブリジット、私はこの世界を何度も体験して、あらゆることを熟知しているの。もちろん金策もよ。これから本気で稼いだら、あなたの学費はおろか、一年で生涯賃金分くらい叩き出すことも可能。その上、イベントが全て終了する頃には、S級冒険者程度の腕前は保証するわ。そうすれば、有名冒険者として名を馳せるもよし、王家のSPとして雇ってもらって、王太子と恋仲になるもよし…」


「乗った!」


 私たちは暗い笑顔で握手を交わした。なお、その生涯賃金分くらいの収入は、魔王討伐の武器防具消耗品代に化ける予定なのだが、敢えて口にしない。往々にして、契約書には、小さい文字ほど大事なことが書いてあるものだ。確認しない方が悪い。




 そうと決まったら、こうしてはいられない。とりあえずブリジットの編入願いを出しに行った。学費の納入は試験に合格してからだ。受験して結果が分かるまで一週間、その間に100万ゴールドほど貯めなければならない。放課後と週末は、さっそく王都近くの中級ダンジョンである。


「え、もう一度おっしゃってくださいお嬢様。今、中級って?」


「ええ、中級よ。初級からチマチマ稼いで100万なんて貯まるわけないでしょ」


「まさかとは思いましたが、まさか、当たって玉砕…?」


 【悲報】ブリジットさん、今頃ドロ舟に乗ってしまったことに気づいたらしい。だがもう遅いのだ。




 だが、こちとらまったく無策かといえば、そういうことではない。中級ダンジョンでも、用意する武器と攻撃方法によっては、まったくのレベル1であっても倒せるヤツがいる。そしてソイツがポップする場所も、その他の敵に遭遇しない経路も、熟知している。ポップ箇所は全て記憶しているので、周回すれば、最初のポップ地点に戻る頃には、リポップしている。この周回マラソンで、まずは中級クリア程度のレベルアップを目指す。


 私は手持ちの一万ゴールドをはたいて、短槍ショートスピアを買う。初期装備の杖とローブはブリジットに払い下げ。


「ほ、本当にこれで突っ込む気ですか、お嬢様…」


「まーかせて!」


 ブリジットの目が、「馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど、これほどとは」と語っている。まあ見てなさいって。念のために傷薬も持ったけど、ちょっとでも怪我をしたら帰るから、と説得して、私たちは迷宮の門を潜った。


 なお、私たちのステータスは、以下の通りである。




名前 アリス

種族 ヒューマン

称号 アクロイド子爵長女

レベル 5


HP 50

MP 50

POW 5

INT 5

AGI 30

DEX 10


属性 風


スキル

ウィンドカッターLv1


E ショートスピア


ステータスポイント 残り 0

スキルポイント 残り 40




名前 ブリジット

種族 ヒューマン

称号 バートン準男爵四女

レベル 3


HP 60

MP 100

POW 6

INT 10

AGI 7

DEX 7


属性 火


スキル

-


E 杖

E ローブ


ステータスポイント 残り 0

スキルポイント 残り 30




 記憶を取り戻したと同時に、ステータス画面が閲覧可能になった。冒険者ギルドでパーティー登録すると、ブリジットの分も見られるようになった。この世界で普通に生活していると、自分の詳細なステータスは見られない。せいぜい7歳で洗礼を受ける時に、自分が何属性であるか、簡易な鑑定が行われるだけだ。あとは何となく、この人武道大会で優勝したから強そうだな、テストの結果が上位だから賢そうだな、みたいな。


 ステータスを見て分かった。私は典型的AGIすばやさ極振りキャラで、ブリジットは魔法寄りの万能型という感じである。作中、パーティーを組む時に、特定のキャラ以外と親密度を深めたくない場合には、NPCのクラスメイトをパーティーに入れることができる。そのクラスメイトのNPCのうち、AGI極振りの斥候キャラと全く同じパラメータであった。AGI極は癖があるが、使いようによっては前衛でも後衛でも運用可能。


 万能型は、安定して使いやすい。ブリジットは後衛がいいだろう。学園に入学したら、すぐに初期魔法の授業を取って、魔法を覚えてもらう。それまでは杖ペチで我慢していただこう。




 特に誰に見咎められることもなく、私たちは無事に中級ダンジョンに潜り込んだ。貴族子女として、一通り護身術を学んだこともあるとはいえ、学園の実習ダンジョンにも入ったことのないブリジットは、明らかに挙動不審でついてくる。私自身も学園のダンジョンを数回入った程度、しかも必修授業で最低限にしか入ったことはないが、本物のダンジョンに胸が高鳴る。初の洞窟型、足元の歩きにくさすらテンションが爆上がり。ゲームなら、いくらやったって自分の能力は一切上がらないが、ここで戦えば実際に自分が強くなり、しかも本物のお金やアイテムまで手に入るのだ。


 覚えていた道順を正確に辿り、敵の出現ポイントを回避し、地下二階、三階へと降りていく。お目当てのモンスターのポップ地点まで来ると、物陰から様子を窺った。


 いた。ケイブバット三匹。エンカウント数もちょうどいい。


「ウィンドカッター」


 彼らに気づかれる前に、リーチギリギリから放つ。不意をつかれて、コウモリたちは壁から落下。そこに飛び出して、槍でサクサク倒していく。終了。


 ケイブバットは、索敵能力と素早さが自慢のモンスターなのだが、ポップする位置を覚え、索敵範囲外から先制攻撃ができれば、討伐難易度はグッと下がる。ウィンドカッターのダメージはわずかなものであるが、奴らが気づく前に命中すれば、落下のために1ターン休止。そこに奴らの体力を削り切るだけのダメージを与えれば、こちらの勝ちである。槍に適性がなくても、少し高額でも、ショートスピアを購入したのは、ケイブバット対策であった。


 ドロップした羽とゴールドを回収。1匹あたり500ゴールド、羽は錬金素材や強化素材に使えるので、1枚100ゴールドで買い取ってくれるはず。三匹合計1,800ゴールド。100万ゴールドまでの道は遠いが、とりあえず初戦の勝利を祝おう。


 物陰に隠れていたブリジットに羽とゴールドを見せると、なんだか呆然としていた。レベルが上がったらしい。ケイブバットはレベル13、この中級ダンジョンでは弱い方の魔物だが、学園のダンジョンに出現したイレギュラーモンスターのコボルトソルジャーはレベル12。普段のラスボスはレベル10のゴブリンソルジャーである。レベル5の私が無傷でケイブバット3匹相手に完封することも、レベル3のブリジットが一気にレベル5に上がることも、彼女にとっては信じ難いことだったらしい。


 だがしかし、呆然としている場合ではない。紙装甲の避けタンクの私に、後衛のブリジットの二人パーティー。まともに中級ダンジョンで稼げるようになるためには、少なくとも二人ともレベル25は欲しい。ケイブバットを倒しまくって、次はキラーマンティスを一撃で倒せる「両断の剣」を買ってキラーマンティス狩りに乗り換え。他の魔物も倒せるようになったら、さっさと中級をクリアして上級に鞍替えである。


 その後、物陰からウィンドカッター作戦で、ケイブバットを狩りに狩った。途中、部屋から持って来たクッキーをかじり、水筒の水を飲みながら、あと少しで3桁に届こうかというケイブバットの羽を引っ提げて、最終の乗合馬車に乗り込み、閉門スレスレで帰寮した。夕飯に間に合わなかったのは痛かった。急いでシャワーを浴び、レベルアップの興奮冷めやらぬまま、泥のように眠った。いつもは私を見てため息ばかりついているブリジットは、この日ばかりは言葉少なだった。

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