第8話 ランク:【特盛・玉子付き】

 エエンデ内海ないかいから吹く一陣の東風が、さっと音を立てて草原を吹き抜ける。

 ハラヘリウスは、目の前に立つ精悍な青年――“風の”マタサブロスを見据えた。彼我ひがの体格はほぼ互角、しかしながら得物が異なる。こちらが腰にげた片手両手兼用の長剣なのに対し、あちらは背に負う両手持ちの大剣である。間合いの差は歴然であった。


 長剣を抜き両手で持つと、ハラヘリウスは左脚を下げて中段に構えた。視界の中で、マタサブロスの姿がぼやけていく。代わりに、彼の周辺を含むより広い範囲を捉えられるようになった。

「誰ぞに頼まれたかね」

 ハラヘリウスは短く問うた。無論、マタサブロスとモランボンが彼の首を欲した理由である。


 ぼやけた視界の中、マタサブロスが微笑を浮かべたようだった。

「雇われにも仁義ってものがある。依頼人については喋れねえな」

 そう言いながらも依頼人がいることは明かしてくれるあたりは、ハラヘリウスへの好意の表れといえようか。


「ま、俺に勝てたら教えてもいいぜ。あの野郎、依頼人には違いないがどうもんだよな。何か碌でもねえことを企んでいそうだった」

 マタサブロスが小さな動きで、しかし深く息を吸うのをハラヘリウスはた。


 間髪を入れず、空気を震わせる気合に乗せて雷霆らいていの一撃が降ってきた。凡百のつかい手でなくとも、気合に呑まれてかわすのが遅れ、両断されてしまうことだろう。

 しかしハラヘリウスは、半身になりつつ剣先を大剣の腹に合わせた。激しくも耳障りな金属音とともに稲妻の軌道が逸れ、地面を深く断ち割る。


 がら空きになった右脇腹に狙いを定め、ハラヘリウスはすぐさま体勢を整えた。斬ろうとして、嫌な予感が身体の芯を貫く。

 反射的に斜め後ろへと大きく下がった。同時に、マタサブロスが右手を大剣から離しハラヘリウスのいた方向へと向ける。


「<エッヒ・メウン・シュミカン>!」

 マタサブロスの声に合わせ、広げられた右掌から橙色をした拳大の塊がいくつも放たれた。塊は意思を持っているかのようにハラヘリウスを狙ってくるが、素早く剣を振って打ち砕く。距離を取っていたから潰せたものの、斬りかかっていたらどちらが早かっただろうか。


「まさかだったとは。いや肝が冷えたぞ」

 そう言いながらも、ハラヘリウスは楽しげな笑顔を見せている。一方でマタサブロスは、噛みしめた歯をむき出しにして不機嫌をあらわにしていた。

「あのタイミングから退くとか、どんな野性の勘してやがんだこの野郎」


 戦士の中には、ごく稀に、魔法の才を兼ね備えた者も現れる。それらは便宜上「魔法戦士」と呼ばれた。

 ランクは使える呪文の種類によって表現が修正され、攻撃系の呪文であれば【玉子】が付き、補助系であれば【おしんこ】が、治癒系であれば【味噌汁】がそれぞれ付く。


 魔法を上手く使いこなせば、あるいは初見の相手ならばその利を活かして、ランクで上回る対手あいてでも大物食いが可能となる。そういう者たちだった。


「つまり君は、ランク:【特盛・玉子付き】か。初撃から見るにな」

 ハラヘリウスはマタサブロスの不機嫌を一顧だにせず、感慨深げに呟いた。ほう、とため息をつき、目を細める。

「ああ、これは実に食いでがありそうだ」


 ハラヘリウスは、ゆっくりと虎のように笑った。マタサブロスが目を見開き、ぞくりと身を震わせたのが見える。

「ふざけろ! もう勝ったつもりかよ! <エッヒ・メポンジ・ユース>!」


 唾を飲み込んだマタサブロスが、左掌を突き出し呪文を唱えた。橙色の水流、いや巨大な水竜が咆吼とともに現れ、ハラヘリウスを飲み込まんと襲いかかってくる。しかしハラヘリウスは長剣を横薙ぎに一閃し、水竜を口から両断して消し飛ばした。


「うむ、さすがはネトラレイトス親方の鍛えた業物だ。切れ味が違う」

「いやいやいやいや! 嘘つけえ! 固体じゃなくて液体だぞ!? カンタロス兄貴にだってできねえのに!」

 泡を食って叫ぶマタサブロスへと、ハラヘリウスは一足飛びに迫った。長剣を右肩で担ぐように振りかぶり、大岩も砕けよと叩きつける。


 その一撃を、マタサブロスはわずかに動きが遅れながらも大剣で受け止めた。

 互いに押し合うことしばし。大技を使った影響が出たか、マタサブロスの息が乱れる。肩も上下し始めた。


 均衡はそれで崩れた。ハラヘリウスは一気に剣を足元まで押し下げると、素早く一歩退く。押し返そうとするマタサブロスの力をすかし、大剣が上がってがら空きになった顎に下から左の鉄拳を叩き込んだ。


 マタサブロスの巨体は一度浮き上がり、横倒しになって数mも転がっていく。ついには大の字になって動かなくなった。ハラヘリウスは長剣を鞘に収め、大股に近づく。

「どうした。これで終わりではあるまい? 次は素手ステゴロでやるかね」

「冗談じゃねえや。たった一発で脚に力が入らねえとか、何なんだよアンタ」


 乾いた笑いを漏らすマタサブロスの隣に腰を下ろし、ハラヘリウスは笑った。

「そこは企業秘密で勘弁願おうか。で、私を狙う依頼人とやらだが」

 マタサブロスは観念したように目を閉じた。

「ま、自分で言いだしたことだからな。依頼人は、真っ黒い甲冑を着込んだ野郎だった。佇まいだけで、とんでもなく腕の立つ奴だってのはわかった」


「ふむ。名前は?」

「“ギルガメッシュの騎士(ギルガメッシュ・ナイト)”なんて名乗ってたな。本名名乗れとまでは言わねえが、いくらなんでも、なあ」


 マタサブロスが苦笑いをする。ハラヘリウスは、腕を組んで考える姿勢になった。ギルガメッシュ・ナイトなどという名前に覚えはないが、凄まじく腕が立つというのであれば、聞き覚えのある人物が正体だというのは充分に考えられる。とはいえ、今考えて答えの出る話ではないが。

「まあいい。旅を続ければ、いずれ会うこともあるだろう。楽しみなことだ」


「楽しみはいいがよ。本来の目的忘れてねえだろうな?」

 背後からの声に振り向くと、ハミーとナビがすぐ近くまで来ていた。ナビの背には、魔術師のモランボンが縛り付けられている。


「意外に心配性だなハミー。私が忘れたりなどするものかね。ただ単に書きたいネタがどんどん増えていくだけだ」

「ならいいがな。で、そいつはどうすんだ?」

 ハミーが顎で指した。無論マタサブロスのことである。

「そうだな……」


 ハラヘリウスは考えた。死なずに済んだとはいっても、砦を襲って守備兵を壊滅させた者の片割れを無罪放免とはいくまい。

 やはりしょっ引くしかなかろう。そうハラヘリウスが答えようとした時、マタサブロスが先に口を開いた。


「なに、心配しなさんな。今さら逃げたりしねえって。おとなしく出頭するさ」

 歯を食いしばり、脚を踏ん張りながらどうにか立ち上がったマタサブロスは、大剣の鞘を背中から外してハラヘリウスに手渡した。頼りない足取りで、中央砦の方角へと歩いていく。


 ハラヘリウスは大剣を拾って鞘に収めると、足早にマタサブロスを追った。すぐに追いつき、肩を貸す。

「そんな歩みでは、向こうに着くのがいつになるかわからんだろう」

「案外お節介なんだな。悪い気はしねえが」


「いずれ立ち合ってみたいものだ。君の兄二人とも」

 ハラヘリウスがしみじみ言うと、マタサブロスはくくっと笑った。

「カンタロス兄貴とだったら、良い勝負になるかもな。モンジロス兄貴は、立ち合う以前に『俺には関係ない』で拒否するだろうけどよ」


「それは残念だな」

 全くそうは聞こえない声音でハラヘリウスは答えた。出会うべきえにし、立ち合うべき運命さだめであるなら、それは人の意思を超えて繋がるものだと信じているからだ。


 背中から、ハミーとナビの足音がする。先に行ってくれてもいいのに、わざわざ合わせてくれているのだ。ありがたい道連れだと、ハラヘリウスの口元がほころんだ。

 ――バルサミコスとプルコギウスをたいらげるまでに、どれだけの強者つわものと出会えるだろうか。ああ、今から腹が減って仕方ない。


 未だ見ぬ強者たちに思いを馳せ、ハラヘリウスは歩き続ける。さながら美食を求め続ける食通のように。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

 この後はメイン連載で執筆中の話を終わらせ、また前回と今回で名前の出てきた“北風小僧の”カンタロスを主役にした番外編を書きたいという欲求が強いため、本編の続きを書けるのはしばらく先になりそうです。

 ご理解いただければ幸いですm(_ _)m

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