第5話 謎の二人組
東の空が白んでいき、そのうちに北門が重い音とともに開くと、ハラヘリウスたちはいたたまれなさを抱えながらネトラレイアの外へ出た。
晴れ渡った空に輝く朝陽はこんなに眩しいのに。眼前に広がる草原を渡る風はこんなに心地良いのに。なぜ心は、足は、これほどまでに重いのだろうか。
ハラヘリウスはふと歩みを止め、振り返った。ネトラレイアの町は、もう親指の爪ほどにしか見えない。
そっと、新調した剣を鞘の上から撫でる。ハラヘリウスが最後に見たネトラレイトスは骨と皮に干からびて、さながら異国のミイラだった。あれでは、とても点検などできるものではない。そのため、この金でどうか栄養のあるものを食べてくれという願いを込めて、新たに買うことを選んだのだ。
――親方。私が再び戻るまで、生きていてくれ……!
ハラヘリウスは町に向かい、敬礼の姿勢を取った。男の涙が一筋、目尻から頬を伝い落ちる。魔術師のハミー・デッターも、案内鰐(ナビゲーター)のナビも、ハラヘリウスの両脇に立って同じ姿勢を取っていた。
誰も言葉を発することはない。それでも、三人の心は間違いなく一つになっていた。
街道を北上すること三日。地平線の手前に、ジーカップ地峡の南端が姿を見せた。
ジーカップ地峡は、ナマクリム半島と大陸を繋ぐ唯一の陸地である。その西には、エエン
街道はやがて、半島側の出入口となる砦へと入っていく。砦からはもう一本の街道が南東へと伸びており、それは王都パンパカパイオンから北回りに進んでいれば通っていたはずの道だった。
ハラヘリウスたちが砦の門前まで近づくと、気付いた番兵が敬礼の姿勢を見せた。
デラペッピ討伐に向かう時も、戻ってきた時も、この砦を通ったのだ。駐屯している者は、隊長から兵卒まで皆よく知っている。ランク【並盛】である彼らからすれば、【特盛】のハラヘリウスは憧れの存在だった。
「妙なものだ。ここを出て王都へ向かってから、まだひと月にもならないというのに、もう戻ってきた」
ハラヘリウスが笑顔で言うと、番兵たちの顔もまたほころんだ。通行手形の確認すらされることはなく、三人揃って中に通される。案内されるままに兵の宿舎内でくつろいでいると、守備隊長のハシルマンがやって来た。
ハシルマンはいかにも実直そうな壮年の男で、個の武よりは兵の指揮を得手としていた。その男が、一枚の紙を手に、なんとも要領を得ない表情で首をかしげている。
「ハラヘリウスどの、ちょうどいいところに。先日王都からこれが届いたのですが、いったいどういうことやら」
ハシルマンが机に広げた紙を読んでみると、ハラヘリウスの追放処分を伝えた手紙だった。書いてある通りですよと伝えると、ハシルマンの眉間の皺が深くなる。
「執政官どのは何を考えておるのやら……。まあ、若い頃からやり手で知られた人物ではあるし、現場の人間には知らぬ何かがあるのだろう」
一人言にしては周りにも聞こえるくらいの声で言うと、今日はここに泊まっていくのがよろしいでしょうとハラヘリウスたちを見て笑った。
ハラヘリウスたちが礼を言い、ハシルマンも戻ろうとしたとき、入口から兵士が二人入ってきた。一人はもう一人の肩を借り、額や腕など何ヶ所にも包帯を巻いている。
「ハシルマン隊長どの、申し訳ありません。東砦、陥とされました……!」
怪我をした兵士の無念の声に、ハシルマンの顔色が変わった。
「どういうことだ。いったいなぜそんな? 海から魔物が上がってきたのか?」
「いえ。流れ者とおぼしき、戦士と魔術師の二人組が……」
兵士の話では、海から魔物が上がってきて近隣の村を襲ったりしていないか巡回していたところ、その二人組に襲われたのだという。
至急応援を呼ぶも戦士にはまったく歯が立たず、さらには砦から兵士たちが集まってきたところで、魔術師の範囲攻撃魔法で壊滅的な打撃を受けたのだと。
「何者かは知らぬが、早急に鎮圧せねばならんな。ハラヘリウスどの、ハミーどの、申し訳ないが協力をお願いできるだろうか」
ハシルマンが向き直り、頭を下げた。ハラヘリウスもハミーも、そしてナビも、当然のことと立ち上がる。
ハラヘリウスは兵士に尋ねた。
「中央砦にも、君のような伝令が行っているのかね?」
兵士は頷く。ハラヘリウスは顔をしかめ、まずいかもしれんと舌打ちをした。ハミーがその先を引き取る。
「中央砦が何人動かすか知らねえが、下手に動いても範囲魔法の餌食になるだけだ。それに、守備兵が少なくなったところを狙って別働隊が……ってのもあり得る」
「その通りだ。隊長、この西砦は兵を動かさず、私たちに任せていただきたい」
言いながら、ハラヘリウスは周囲を見渡した。この砦に駐屯しているのは、大部分が一人前を表す【並盛】だ。残りの少数は、半人前の【半ライス】。たった二人で砦を一つ陥とすほどの猛者を相手にさせるのは心苦しい。
「仮に中央砦がもう兵を出していたとしても、俺の魔法なら通常の三倍の速度で進める。何十人もは無理だが、俺たちだけなら、途中で追いつくことも不可能じゃねえ」
ハシルマンは目を閉じ、唸るような声を出す。しかしすぐに目を開けて、ハラヘリウスの手を取った。
「これからこの国を離れる貴方方だけに骨を折っていただくのは心苦しいが。どうかよろしくお頼みします」
ハラヘリウスはお気になさるな、と微笑む。やる気は充分とばかりに、ハミーとナビとともに砦の外へ出た。
――話を聞く限り、片割れの戦士もなかなかに腕が立つ様子。半島を出る前に、食いでがありそうな奴に会えるとは僥倖というもの。
ハラヘリウスの口元に、知らずのうちに獰猛な笑みが現れていた。
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