第3話:閑話『悪女日記』





 第三話:閑話『悪女日記』





【とある町はずれの孤児院にて】




 私の名は『エンデ』、ただのエンデ、家名は無い。


 ある日、私が営む孤児院にいつもの如くワケ有りな赤ん坊が連れて来られた。どうやら生まれて間もない新生児のようだ、今回は依頼人も焦っているご様子。


 赤ん坊を連れて来たのはこの地を治める領主の不細工な下男。いつものように下男は私に金貨一枚を投げ渡すと、赤ん坊を入れた籠を置いて帰って行った。


 受け取った金貨を腰に吊るした焦げ茶色の革小袋に入れ、籠の取っ手を掴み上げて赤ん坊を見た。


 髪も薄く目も開いていない、生まれたのは数日前か、どいつの子かは分からないが、領主の息子達はよくここを利用するので気にする事も無い。


 赤ん坊を乱雑に包んだ麻布を引っぺがし、胸の中央を確認……無い。


 綺麗な赤ん坊の肌が見えるだけ、そこには何も無い、当然か。


 普通の人間なら胸の中央に浮かぶ丸い『聖印』が無い貴族の子供は確実に捨てられる。


 神々が与え給うた五色の聖印、そのいずれかが体表に現れない存在、それはつまり人間ではない、人間と呼べない出来損ないであると言う事だ。


 そんな奴らは『無色』や『加護無し』と呼ばれ蔑まれる。


 魔力は有っても魔法を行使出来るほどの魔力が無い、無色は人間の出来損ないだ。


 無論、無色の魔力が少ないと言っても個人別に多寡たかは有る。ただ、身分が上に行くほど人材として使い道が無くなるだけだ。


 平民ならば、無色の子が産まれても家の奴隷として飼う事もある。しかし、貴族にその選択肢は無い。


 貴族にとって無色はその家の恥である。生まれた事実も、その血を繋ぐ事も許されない。無色は『死』以外の道を与えられない。


 昔は生まれてすぐに絞殺されていたようだが、今では『家が汚れる』と言って私のような聖職者(笑)に無色の処理を頼み、全てを無かった事にするやり方が主流だ。


 その日来た赤ん坊も、先に逝った兄姉達と同じように当日殺そうと考えたが、私はほんの少し心に湧いた金銭欲に従い、赤ん坊の魔力が十分に感知出来てから始末しようと考えた。


 それに、当時はまだ搾りきる前の処理していない子を多く抱えていた為、赤ん坊にく使用済み魔石を使うのに躊躇した。


 取り敢えず、程良く搾れる時が来るまでヤギの乳でも飲ませておけばよいと考え、その日は赤ん坊の体を調べて寝かせた。


 その日受け取った赤ん坊は無色の男子、残念ながら世間に需要は無い。


 これで魔力も極わずかだったら本当にゴミだ……このガキが生まれてきた意味を神に問いたい、そう思った。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 赤ん坊の首が据わった頃、成長に合わせて魔力も少しだけ増えていた。


 もう少し育てても良かったが、当時は赤ん坊より年上の子を多く抱えていた為、赤ん坊に割く労力と費用が無駄だと判断し処分する事にした。


 この魔力量なら十分に役立つ。上手くいけば小さな魔石に多少の魔力を注入出来るだろうと喜んだ。


 乳幼児の穢れ無き魔力が込められた魔石は高価だ、私の労力に合う対価が得られる。とは言え、無色乳児の無属性魔力なので値引かれるのは仕方が無い。


 魔力量を調べた翌日の朝、赤ん坊の右手に魔石を握らせた。


 気絶は一瞬だった。赤ん坊は魔石を握り締めたまま死に向かって気を失った。


 通常なら百を数える間に体内魔力は枯渇し、赤ん坊は死ぬ。その時はそう思っていた。


 翌朝、放置していた魔石を回収する為、赤ん坊が永眠した部屋へ向かった。扉を開け、赤ん坊が眠る寝台へ進む。


 すると、赤ん坊が頭を動かしこちらを見た。


 今にも口を開いて『テメェ……』とでも言いそうな目で見ていた。


 息が止まるかと思うほど驚いた。


 赤ん坊は死なず、死相も出ていない。


 それどころか、魔石には十分な魔力が込められており、赤ん坊から感じられる魔力がかなり増えていたのだ。


 魔力枯渇による魔力総量の増加は万人の知るところであるが、成人でも死ぬ恐れがあると言うのに、乳幼児の魔力枯渇など助かるはずもない。現にこれまで同じように殺してきた。


 しかし、赤ん坊は生きていた。


 他の子との違いは何か、そう考えた時、真っ先に思いついたのは魔石の大きさだ。今回はいつも乳幼児に持たせる物より少し大きめな魔石を与えた。


 それ以外の違いとなると……魔石を持たせたまま丸一日放置した事と、先日まで赤ん坊に与えてきたヤギの乳、それも『震え病』にかかった死にそうなヤギの乳、その程度だ。


 赤ん坊の生存を奇妙に思ったが、私は魔力やその鍛錬について詳しくない、確かに魔力総量の増え方は異常だ、しかしよく考えればどうでも良い事なので深く考えるのをやめた。


 それよりも、私が気になるのは赤ん坊が魔力を込めた魔石の事だった。


 もし、この赤ん坊が死なずに魔力を込められるのなら……


 そう考えて笑みが零れた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 数日、魔石を赤ん坊に与えて様子を見た。生意気なことに、この赤ん坊は最初の一回で魔力枯渇による頭の激痛が魔石を握った事によるものだと悟ったようで、二回目以降は魔石を握らなくなった。


 カチンとキたので魔石を握った手を布で縛る。

 死んだら儲けも無くなるのに早まった事をしたと思った。


 だが、赤ん坊が死ぬ事はなかった。


 何日かすると、赤ん坊に与えた魔石に変化が有った。赤ん坊は前日に握らせた魔石を翌朝には魔力で満たすようになった。


 一般的に見れば小さな魔石ではあるが、新生児や乳幼児が握るには十分な大きさの魔石だ、孤児院に居る他の子達には出来ない『偉業』である。


 私は翌日から赤ん坊に与える魔石を更に大きくしてみた。


 すると――


 赤ん坊は私の期待に応え、今では不安になるほどの高値で取引きされるような中級魔石も作れるようになった。無属性魔石だったのが悔やまれる。


 しかし、その魔石は一日で作られている。日に一個だけだが、他の孤児二十人が魔力枯渇必至で魔力を込めてもそうはならない、数日は掛かるだろう。


 笑いが止まらない。


 自室の机に置かれた金貨の山、あの赤ん坊は嬉しい誤算だ。


 だが、最近になって私には一つの懸念が生まれた。


 私が感じる赤ん坊の魔力が、ちょっとオカシイのだ。

 総量か、それとも質か……


 無学な私には分からないが何かがオカシイ。


 それに、数日前から私の背後を見て目を見開く行為はいったい……。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 あのガキはヤバい。殺す事にした。


 上級魔石を持たせても死なない赤ん坊なんて……

 絶対に普通じゃない……


 しかもあのガキ、見えない何かを飼い慣らしている気がする。


 まだ私に被害はないが、時間の問題だろう。


 しかし、ガキが明確な自我を持ったらおしまいだ……


 もう十分に稼いだし、貴族を相手にしたこの仕事も足を洗う頃合いか。


 逃げる当日に全て終わらせよう……

 掃除は簡単だ。












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