第2話『雌伏の時なのです』





 第二話『雌伏の時なのです』





 不思議な小石を持たされ気絶したあの日以降、俺は女の殺害を夢想する事でこの壊れそうな精神を護っている……そう思わないと気が狂う。


 石を手放す事は許されず、石を握った手を布でキツく縛り上げ、嫌がる俺を無視して頭痛と気絶の強制。


 と言っても、一日一回、石を握る事による強制的な頭痛誘発がメインで、授乳が少ない以外の加虐は無い。


 何かの乳らしき食事は朝の一回のみとなってしまったが、女の殺害を考えると恍惚とするほど精神が壊れてしまった代わりに、何故か体の調子は日増しに良くなっていった。


 ろくな食事も与えていないのにピンピンしている赤ん坊、普通に考えれば実に不気味だろう。


 さすがに女もそれをいぶかしんでいたが、俺の体を心配する素振りは見せなかった。


 恐らく今の俺は転生し、どこかの地で誰かの子として産まれたのだろうが、女が時折り発する言葉は俺に理解する事は出来ない。


 日本語ではない、何語だろうか、この場所がどこなのかも未だに謎のままだ――


 ――いや、謎のままの方が良い……法治が行き届いた近代国家のどこかに在る家に俺は居て、虐待されている赤ん坊の存在は周囲にバレ始め、しかし今はまだ犯罪組織の捜査が難航しているんだ、恐らく、たぶん、そんな状況だと思わねばやってられない……


 俺は希望を捨てない……っ!!


 さぁ来い人権団体っ!!

 見つけてくれ近代国家が有する警察よっ!!


 俺はここだっ、憐れな赤ん坊はここに居るぞっ!!


 まだ希望は有る、大丈夫、大丈夫だ……




 フと、視線を小さな窓へ移し、青い空を見る。


 綺麗な空だ、翼竜らしきモノが三匹飛んでいる……おぅふ。



 希望はついえた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 三匹の翼竜に絶望を贈られた日から何日経ったか分からないが、初めて石を握った日から今日まで、俺は相も変わらず休む事無く毎日石を握らせられている。


 変わった事と言えば、石のサイズと色の変化が挙げられる。


 たった今、女によって俺が握らされた石は直径4㎝程、当初の倍はある。色は無色と言っていい、『よく見れば紫色が入ってるね』程度の透明なガラス玉と言える。


 いつものように俺の右手を布で包み、きつく結んで笑顔を見せる悪魔。ブッ殺すぞお前……


 悪魔は昨日俺に握らせていた石を回収し、濃くなったその色を見つめて生唾を飲み込み立ち去った。


 どう見ても聖職者が見せる態度ではないし、浮かべて良い表情ではない。


 いや、そもそも聖職者はこんな酷い事せんな。

 ……ねばいいのに。


 とにかく、赤ん坊の身でこの状況を打開するすべがない。


 だが、どうやら女は俺に何らかの価値を見出しているようだ。今のところ殺される心配はない、と思いたい。


 今は目を閉じ、石に吸い上げられる『何か』の正体を考えよう。


 日が経つにつれ吸い上げられる量が増えている。しかし、俺の体調はそれに比例して良くなっていく上に、激痛ではあるが頭痛も和らいでいる。


 体力を吸われているわけでもない、生命力的な命に係わるモノ……ではないと思う。まぁ普通の赤ん坊なら激痛でショック死するかもしれんが。


 推測だが、あの女が最初の石を回収しに来た時に見せた驚愕の表情、あれは俺が生きていたから出たのではないか?


 本来なら死ぬはずの乳幼児が死なず、殺す為に与えた石は俺の『何か』が予想以上に詰まっていた。


 石を確認した女がニヤリと笑って、その日から石に『何か』を込める作業を強制したのは、嗜虐から得る愉悦からと言うよりも、俺の『何か』が込められた石に女を喜ばせるものが有ったから、そう考えると合点がいく。


 二日目、三日目、女は俺が生きている事が分かると手を打って喜んだ。継続的な『処理済み石』の生産、それを楽に入手する算段が付いた事に対する歓喜……と思われる。


 そんな石と俺が込める『何か』に心当たりがあった。


 俺の中身が四十代のオッサンだと言っても、テレビゲームや全盛期の週刊少年誌に慣れ親しんだ世代だ、眠れない夜などは梅酒を飲みながら翌日の仕事を憂いつつ深夜アニメを見る事もあった、『異世界モノ』の設定などすぐ頭に浮かぶ。


 少し幼稚な考えかもしれんが、恐らくあの石はファンタジー小説で言うところの『魔石』的なアレで、俺から吸い上げているのは『魔力』や『MP』等と呼ばれるモノではないだろうか?


 この考えには『地球ではない他の惑星』に俺は居る、という前提が必要だ。


 その前提を満たす根拠は今のところ翼竜しかないが、大きな鳥と見間違えた……と言う事も無いわけでは無い。


 女の発する言葉は聞き覚えの無いものだ、しかし地球にある言語の全てを知っているわけではないので、地球外の言葉だと断定出来ない。不思議な石も科学的な分析が出来ていない。


 女は所謂いわゆる『白人さん』に見えるが、日本にも沢山いる。地球外どころか日本を出ていないかもしれない。


 視界に入る部屋の内部に電化製品などの見慣れたものは無い、近代文明の香りがしない、しかし『そういう部屋ですから』と言われればそれまでだ。


 つまり、すべては推測や憶測であって正確な状況把握は困難である。


 辛うじて異世界モノである根拠となり得るのは『赤ん坊になったオッサン』と言う俺自身の存在だろうか。今のところ転生か憑依か確認出来ないが。


 しかし、仮に転生や憑依だったとして、その転生・憑依話も真偽はどうあれ宗教の盛んな地域等で稀に出る話なので、科学を否定する事がほぼ無理な地球でも転生云々の話は皆無ではない。


 これらの不思議体験が異世界での出来事であると確証を得るには少しばかり判断材料に乏しい……


 ……が、そうは言っても、赤ん坊である現状では情報収集の手段に限りが有る。


『魔石』の需要が途切れない間は安全だと考えて……は駄目だが、今は得られる情報で考察を続け、耐え忍ぶしかない。


 おっと、そろそろ頭痛が体力を削りきる。

 今日の考察はおしまいだ。


 ゆっくり気絶するとしよう……




 あぁ……そうだ、実はすべてガンで死ぬ間際に見た夢……


 ……それが一番良い答えだな……ZZZ









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る