ジャガノーイの怪物

つんくん

第1話『奇妙な赤ん坊』





 第一話『奇妙な赤ん坊』




 ひび割れた窓ガラスから早朝の冷たい空気が狭い室内に入り込む。


 朝日が眩しい、冷えた体と日の光で目が覚める。

 もう少し寝かせてくれ……


 再び目を閉じて眠りに就く。



 コツン、コツン



 その足音が俺の小さな耳に入ると恐怖で目が覚めた。


 体が硬直し、動悸が早まる。


 来た、奴が来た。

 女が小さな石を持って今日も来た。

 慈愛に満ちたその顔で、悪魔の所業を為す女が来た……


 女はいつもの様に慣れた手つきで俺の……乳幼児の小さな右手に石を握らせる。



「あ゛ぎゃぁぁぁぁぁぁ……――」



 痛いっ、頭が割れるっ、痛っ、いっ!!……


 頭痛と同時に体の中から何かが抜けていく。

 畜生、何で俺が……畜生……っ!!


 不幸にも、痛みに慣れてしまった体が瞬時の気絶を拒絶する。


 今日もまた、強烈な頭痛に襲われながらジワジワ意識を失うのだろう。


 本当に、いったい何の為にこんな――……。


 その日も当たり前のように俺は意識を失う。

 目覚めるのは明日の朝だろうか、生きていれば良いが……



 いつか、必ず、殺してやる……

 必ず……




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 日の光が目蓋まぶたを貫通して目覚めた。


 ――あぁ、生きている。


 周囲に目をって警戒。

女の姿を探すが見当たらず。安堵の息を漏らす。


 今日で何日目になるのだろうか、俺の視覚と聴覚が機能するようになって百日は過ぎたように思うが、それ以前は日の経過が確認出来なかった。


 生まれて間もない赤ん坊なら当然か……


 そう、俺は赤ちゃん。

 虐待されている赤ん坊……しかし、中身はオッサンだ。


 俺は一度死んでいる。


 新名義政にいなよしまさとして九州で生まれ育ち、祖父と共に大工として働き、二十六歳で結婚して二人の息子を授かり、四十二歳の秋に肺ガンで死んだ……。


 大ざっぱな生涯と最期だけは記憶にある。


 死の間際で見た嫁と息子達の泣き顔、兄貴と母親の泣き顔、そんな顔をされるのが辛くて、一世一代のギャグをカマそうと思ったら死んだ。


 その直後、長男の笑い声を聞いた気がする。

 してやったりと思いつつ、目を閉じたと思う。


 そして永い眠りに就いた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 あの日の目覚めは最悪だった。五感が上手く機能しない俺の体を乱暴に扱う者が数名居たはずだ、その正体は今でも分からん、現状と当時の状況から推測すると恐らく助産師か何かだろう。


 当時は自分が赤ん坊である事を認識出来なかったが、改めて考えても酷い扱いだ。


 まったく、赤ん坊は可愛いだろうに、酷い人間も居たものだ。


 俺の容姿が恐ろしく醜いので乱暴に扱ったのだろうか?


 いや、人種や社会的な階級の問題かもしれんな……まぁ、どちらにせよ酷い仕打ちには変わりない。


 取り敢えず、今後の為にあの酷い人間達のツラを確認したかった。


 せめて視覚と聴覚がまともだったならと思うが、生まれた直後に目を見開きその場に居た人間の顔をうかがう赤ん坊など気味が悪いか。


 最悪な目覚め後の事はまったく分からない。何日経ったかも分からなかったが、気付けば金髪碧眼の女――外見は肌の白いコーカソイドと思しき人種で、聖職者のような白い服を着た美女に抱かれていた。


 まぁ十中八九母親ではない。

 確証はない、しかし、アレが母親であってなるものかっ!!


 その女は布に染み込ませた乳らしき物を俺に飲ませ、背中を乱暴に叩きゲップを吐かせて寝かせる。それを毎日繰り返した。


 公園に居る野良猫やハトの方が今の俺より良い扱いを受けているのではないだろうか?



 そしてある日の朝、俺の首が据わった頃だった、女はそれを持って来た。朝日に照らされて美しく輝く薄い紫色の石。


 宝石のようなそれは大雑把に直径2cmほどの大きさ、真球ではない、やや楕円形で角は無い。


 俺はその石を見て『アメジストかな?』などとノンキに考えていた。まぁ、それも石を握らせられる瞬間までの話だった。


 女が持って来た石を握った瞬間、俺の頭に激痛が走り、自身の一部を急激に失う感覚と共に意識が飛んだ。


 目覚めたのは恐らく翌日の早朝、朝日が昇る直前。


 窓の外を確認すると完全に昇っていた朝日が少ししか見えなかった、俺は少なくとも一日以上寝ていたと思われる。


 ……が、二日も三日も飲まず食わずで寝ていたにしては空腹感が無かったので、やはり約一日だろう。


 俺はまだ右手に握ったままの石を確認した。頭痛の原因であると推測されるその石は昨日より色が濃くなっていた。


 はて、これはどういう事かと黙考していると、ドアが開く音が聞こえた。


 俺はベビーベッド代わりに麻布を敷いた木箱らしき物の上で仰向けになったままそちらに顔を向ける。不潔な麻布が頬を擦りチクリと痛む、不快だ。


 案の定、女が部屋に入って来た。


 女は驚愕して立ち止まる。首が据わったばかりの赤ん坊が勢いよく女の方へ顔を動かしたからだろうか?


 次いで俺の右手を凝視、小走りにこちらへ近付き、俺の小さな手に握られた石を素早く取り上げると、その石をしげしげと確認。


 女はニヤリと笑った。


 そのツラを見て背筋が凍った、日本ではまず拝めないツラだ。



 その日から、悪魔による俺への虐待が始まった。








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