大団円
「終わった……のか……」
キースが、呆然としながらつぶやく。
交易都市カルゴにおけるドラゴンとの戦いもそうであったが……。
度を過ぎた強敵との戦いというものは、勝利の実感よりも虚脱感をもたらすものらしい。
あるいは、夢から覚めたというべきか。
無我夢中とは、まさに、この戦いにおける自分たちのことを指した言葉であろう。
肉体的な限界も、痛みも越えて、ただ、倒すべき悪と戦う戦士であり続けたのだ。
文字通り左腕の骨を叩き折られたキースが、その痛みを無視し立っていることからも、それは明らかである。
それはつまり、戦いが終われば、実感していなかった痛みが湧き出してくるということ……。
「あ……痛たた……っ!」
あらぬ方向に折れた左腕を抑えたキースが、ひざまずいてうめく。
「キース、大丈夫か?」
自分は、慌てて魔法の集中に入りながら……。
「まったく……締まらないわね」
ミーリンは、呆れた様子でキースに歩み寄る。
「そうは言っても……。
ピエール、早く治しておくれよ」
「分かっている」
『――癒』
中途まで呪文を唱え、ふと気づく。
「このまま呪文を使うと、折れ曲がった状態で骨がくっついてしまうな」
「ええ!? そ、それは困るよ!
何とかならないのかい?」
「あら、それなら簡単よ」
さらりと言ってのけたのは、ミーリンだ。
「ちゃんと骨を繋ぎ直した状態にしてから、回復呪文を使えばいいの。
前に、闘技場でそうやって治療してるのを、見たことがあるわ」
「繋ぎ直すって……。
要するに、この骨をもう一回バキッとやるってことかい?」
「しょうがないじゃない。
今、我慢すれば、長いこと痛みや腫れに苦しむ心配もないわよ」
「い、いや、そうは言っても……。
って、ピエール! どうして抑えつけるんだい!?」
涙目になる友を抑え込みながら、無情な言葉を吐き出す。
「ミーリン、頼んだ」
「オッケイ!」
「オッケイじゃな――うぎゃっ!?」
――バキッ!
……と、軽快な音と共に、キースの左腕が元の形へ戻る。
『――癒しを』
すかさず、そこへ回復の呪文をかけることで、激痛に歪んでいたキースの顔は、ようやく安らぎを取り戻した。
「ふう……大分楽になったよ。
この調子で、もう二、三回くらいかけてもらえると、ありがたいかな」
「ちょっと! 次はあたしの番でしょ!?
おば様からもらった羽衣に守られたとはいえ、こんな可愛い女の子が、火の息を浴びせられたんだから!
マンドラゴンの攻撃だって、喰らってるのよ!?」
「でも、明らかに僕の方が重症だろ?」
ぎゃいぎゃいとわめく仲間に、ふっ……と笑みを浮かべる。
「二人共。幸い、魔力は十分な量が残っている。
順番にかけるから、あまり喧嘩するものじゃないぞ」
「あら?
だったら、全員の治療が終わったら、わたしにも回復呪文をもらえるかしら?
こんな場所に寝かされてたせいか、体の節々が痛くって」
背後からかけられた言葉に、どきりとした。
戦いが終わった後、すぐさま治療などを行うのは、戦闘者として当然の習慣である。
しかし、よりにもよって、彼女のことすら忘れてそちらに没頭してしまうとは……!
「――で、殿下!
失礼しました。まずは、御身の無事を確かめるべきでしたのに……!」
「僕も、申し訳ありません!」
キース共々、ひれ伏して詫びた。
ただ一人、気にしていないのは、バサタと友人同士であるミーリンだけだ。
「いいのよ。
三人共、わたしのためにボロボロになって……。
そう、本当にボロボロに……ふふっ」
と、そこでバサタが、何故かおかしさをこらえきれないかのように笑い出す。
「殿下、一体、何が……?」
ピエールとしては、ただ、困惑するしかない。
しかも、笑っているのは、キースやミーリンも同様なのである。
「何がおかしいって、ピエール。君……」
「あなた、自分の格好を見てみたら?」
「格好……」
そう促されて、あらためて己の身なりを確かめた。
兜と面は失い、顔はスライムの裸眼を晒している。
そして、首から下に目を向けて見れば……。
着用している装束の肩口や、肘、股下や膝など、関節部分が破けてしまっており、まるで、貧民街の者が着るボロ切れのようになってしまっているのだ。
スライムの騎士として、本領を発揮した結果であった。
「こ、これは失礼しました」
慌てて、頭を下げる。
いくら何でも、これはみっともなさ過ぎた。
「いいのよ、わたしのピエール。
笑っちゃって、ごめんね」
そんな自分に、バサタは天使のような笑顔を向けてくれる。
「城に戻ったら、あなたの戦い方に耐えられるような……。
そんな服を探しましょう。わたしの騎士さん」
その言葉へ、ぴくりと反応してしまう。
「城へ……戻っても、よいのでしょうか?」
「どういうこと? ピエール」
「私は、見ての通りスライムです。
それも、先ほど倒したラーテルの術法により、この姿へ進化したスライムなのです。
そのような者が、城へ戻り、ばかりか、御身の守護をするなど、許されるものではありません」
しん……とした静寂が、辺りに立ち込めた。
そうだ。
ここにいる友たちや、バサタは自分を受け入れてくれたが、他の人間はそうと限らないのである。
だからこそ、マンドラゴン討伐の候補からも外れたばかりか、地下牢へ幽閉されていたのだ。
ならば、自分は彼女を守って下山した後、姿を消すべきではないか?
そのようなことすら、覚悟していたが……。
「ピエール。お立ちなさい」
「……はっ」
姫君に促され、その場へ立つ。
果たして、どのような言葉が紡がれるのか……。
覚悟しながら、待ち受けたが。
「ピエール。
馬鹿な心配をするものではありません。
幼き日に、わたしはあなたに騎士となって欲しいと望み、あなたはそれに応えた。
そこへ、口を挟める人間など、どこにいましょう?」
「ですが、このような者がはべっていては、御身の評判が……」
目を伏しながらの言葉は、ひやりとした感触で遮られた。
バサタが、己の頬を触ったのだ。
「わたしがいいと言っているのです。
ううん。あなたじゃなきゃ嫌よ。
これからも、わたしを守ってね。
スライムの騎士さん」
そして、バサタは……。
――瞬間。
ピエールの、あらゆる感情が沸騰し、爆発する。
そして、理性も弾け飛んだまま、自分はどうにかこう口にしたのであった。
「ひゃ、ひゃい!」
どこか遠くでそうしているかのように、キースとミーリンの会話が聞こえる……。
「珍しいものを見た」
「珍しいものって、何よ?」
「茹でスライム」
--
騎士の国――ライナット王国。
その姫君であるバサタ姫は、美しき銀色の姫として、国内はおろか、周辺諸国にもその名を知られていた。
そして、彼女と同様に、その名を知られる者が一人……。
かの騎士は、名をピエールという。
姫殿下付き近衛騎士として、数々の武勲を打ち立てた彼であるが、実のところ、知れ渡っているのはその武勇ではない。
スライムにして、騎士であるということである。
スライム、騎士になる ~最弱モンスターが、愛の力で姫殿下の近衛騎士になった件~ 英 慈尊 @normalfreeter01
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