決戦

『――咲け! つららよ!』


 やはり、第一に呪文を頼りとするのは宮廷魔術師の性か……。

 マンドラゴンが、氷系統の呪文を唱える。

 すると、おお……このような死火山において、これは魔法というもののもたらす不思議という他にない。

 ピエールたちの足元にある地面を貫いて、人ほどもある巨大な氷柱がいくつも突き出してきたのだ。

 しかも、氷柱の先端部は槍のように研ぎ澄まされており、勢いよく突き出てくるこれをまともに喰らえば、痛撃は免れない。


「――くっ!?」


「キース! 足元の振動に注意しろ!

 それが、氷柱の突き出してくる予兆だ!」


 キースに向かって注意しながら、自分も魔の氷柱を避け続ける。

 柔軟な……あってなきがごとき関節を誇るピエールにとって、この手の瞬間的な動きが要求される局面は得意とするところであった。


 だが、そんな自分よりも、こういった状況を得意とする者が一人……。


「いやあああああっ!」


 他でもない――ミーリンである。

 彼女は、何と突き出した氷柱たちの先端部を足場とし、短い跳躍を重ねながら術者たるマンドラゴンへ迫ったのだ。


「何と!?」


 これには、マンドラゴンも驚愕する他にない。

 呪文の行使は取り止められ、超魔は武闘家少女を迎え撃つ姿勢となった。


「――せあっ!

 ――はあっ!」


 突き出される掌打は後ろ跳びに……。

 足元を狙った刈るような蹴りは、大きく跳躍することによって避ける。

 やはり、ドラゴンの身体能力を取り込んだ身のこなしは、脅威という他にない。

 だが、それだけでは説明がつかない。

 マンドラゴンの反応と身のこなしは、明らかに心得のある人間が見せるそれであった。


「――ならっ!」


 その証拠に、突き出した拳を囮とするつま先を踏み抜くような蹴りも、わずかに足を下げることで回避してみせたのである。


「ミーリン! 私も加わる!」


「僕もだ!」


 ようやく氷柱の群れを抜け出すことへ成功し、キースと共に戦列へ加わった。

 破魔の剣と鋼の剣が、それぞれ異なる金属の輝きによる剣閃を生み出す。

 しかし、それらが邪悪を捉えることは、ない。

 やはり、見事な身のこなしによって、攻撃のことごとくが回避されているのである。


「――カアッ!」


 しかも、騎士二人の斬撃にまぎれ、懐に入ろうとしたミーリンの動きすら、口から吐き出した小規模な火球でけん制したのであった。


「こいつ……!

 まるで、こっちの動きが読めてるみたい……っ!」


 慌てて飛びすさったミーリンが、歯噛みしながらつぶやく。


「フ……フフ……。

 手の内は隠すもの。

 研究発表の場では、あえて手を抜いていたのですよ。

 そう……若き頃、私は武の道に憑りつかれていました……。

 思えば、エウレアと出会ったのも、その頃でしたね」


 一方、マンドラゴンが語り出したのは、意外なほどにおだやかな声による昔語りである。


「ですが、天上の神は私に頑丈な体を与えてくれなくてね。

 どれだけ熱心に己を鍛えても、それはただ体をいじめる結果にしかならなかったのです。

 不公平だとは思いませんか?

 私はずっと、こう思っていた。

 もし、自分の肉体が頑健だったなら……。

 いや、そうでなくてもいい。

 凡人程度の肉体さえ持ち合わせていれば、知も魔力も武術も兼ね備えた存在になれたのだと。

 それが、強がりや妄言でなかったことは、こうして証明された。

 自分の才に見合う肉体さえあれば、私は誰にも負けないのです」


 マンドラゴンが長々と語る間……。

 ピエールたちも、ただ聞いていただけではない。

 暗黙の了解で三者が広がり、マンドラゴンを取り囲む陣形となっていたのである。


 古来より、挟み込み、あるいは囲い込むのは、あらゆる戦いにおける必勝形……。

 それが完成するのを、マンドラゴンは意に介していないようであった。


「それが、自分自身に進化の呪法を用いた理由か?

 ……いや、違うな。

 私が思うに、あなたは病にでも冒されていたのではないか?」


「……気づいていましたか。

 その通りですよ、ピエール。

 頑張って隠していたつもりなんですがね。

 残念ながら、演技の才能までは持ち合わせていなかったようだ」


「……教えてくれれば、別の道も模索できたはずだ」


「――はっ!

 どんな道ですか?

 こうする以外に、方法はなかったのですよ」


 吐き捨てるように言い放ったマンドラゴンの背後へ、ミーリンが回り込む。

 足音も殺気も消すようなその歩法は、猫科の肉食獣じみていた。


「だったら、もう目的は果たしてるじゃない?

 動きからして、その病っていうのも、もう消えてるみたいだし」


「そうだ!

 殿下まで巻き込む必要はないだろう!」


 ミーリンと対角線上に位置したキースが、油断なく剣と盾を構えながら吠える。

 そんな彼らに向けられたのは、見下すような視線だ。


「冗談ではありません。

 私が欲しいのは、頑健な肉体だけであって、異形の姿ではない。

 私はね。あくまで、人間として生き延びてみせたいのですよ」


「呆れた人。

 そのためになら、バサタが犠牲になってもかまわないというのね?

 長年に渡り、あなたを重用してくれた陛下の娘だというのに……」


「それはそれ。これはこれですよ。

 と、いうよりもね。

 ライナットの宮廷魔術師になったのは、そもそも腰を据えて研究する場所と権限が欲しかったからなのです。

 言ってしまえば、これは本来もたらされるはずだった報酬を要求したに過ぎない」


 いけしゃあしゃあとは、まさにこのこと……。

 よりにもよって、姫君の命を報酬呼ばわりするマンドラゴンの姿からは、かつてのラーテルが感じられない。

 見た目だけではなく、心すらも化け物へ成り果てたかのような……。

 そんな姿に、ピエールは怒りよりも悲しみを感じた。


「さあ、もういいでしょう?

 ……かかってきなさい。

 進化した者の実力を……いや。

 本来、こうなるはずだった私の力をお見せしましょう」


 マンドラゴンが、わずかに構える。

 若き日にでも習得したのだろうか?

 その姿は、堂に入ったものだ。


「――でああっ!」


 それに対し、キースが真正面から切りかかった。

 これは、決して考えなしの行為ではない。

 いわば――露払い。

 最も攻撃能力の低い自分が先陣を切ることで、本命であるピエールとミーリンに繋げようとしているのだ。

 だが、それを読めないマンドラゴンではなかったのである。


 マンドラゴンは、あえてかわさず、腕を盾に鋼の剣を受け止めた。


 ――ガキイッ!


「――なっ!?」


 金属同士のぶつかり合うような音と感触に、キースが驚きの声を漏らす。

 彼の剣は、マンドラゴンの表皮に防がれ、一切の傷を付けられないでいたのである。


「さっきので調子に乗りましたか?

 脆い部分に喰らわなければ、あなたの攻撃など恐れる必要が――ない!」


 マンドラゴンが、蹴りを繰り出す。

 キースはそれを盾で受け止めたが、その盾はあっけなく破壊され、彼の腕をあらぬ方向にへし曲げた。


「――ぐうっ!?」


 キースが吹き飛ばされ、火口の岩肌を転がる。


「ピエール! 動揺しないで!」


「分かっている!」


 己とミーリンがそれに構わなかったのは、無情だからではなく、彼の攻撃を無駄にしないためだ。

 しかし……。


「――カアッ!」


「ぐうううううっ!?」


 先にミーリンをけん制したそれとは異なり、全力で放たれる火炎の息がピエールの足を止める。


「――もらった!」


 結果、超魔はミーリンに対し背後を晒すこととなったが……。


「――なっ!?」


 何と、残された片翼を腕のごとく自在に操り、彼女の繰り出す蹴りを受け止めたのだ。

 こうなれば、ミーリンは死に体である。


「――ふん!」


 マンドラゴンは火炎の息を止め、見事な後ろ回し蹴りを放つ。

 それは、空中で体勢が崩されたミーリンの脇腹へと突き刺さった。


「――げほっ!?」


 苦悶の声を上げながら、吹き飛ばされたミーリンが二回、三回と岩肌の上を転がる。


「――くっ!」


 ピエールは、全身の火傷にうめきながらも破魔の剣を突き出す。


「――温いわあっ!」


 だが、マンドラゴンは深くしゃがむことでそれを回避し、ばかりか、しゃがみ込みから草食動物のように跳び上がることで、強烈な威力の拳を放ってきた。


「――ぐあっ!?」


 その一撃が、面ごと兜を粉砕し……。

 大きく吹き飛んだピエールが、岩肌の上へ倒れる。


「く……くそ……!」


 それでも、闘志は衰えない。

 ここで、自分たちが負ければバサタは……。


「ピエール……?」


 そんなバサタの声が聞こえたのは、傍らからであった。

 それどころではなかったので、意識の外であったが……。

 自分は、横たわる彼女の方へ吹き飛ばされたのである。


 そして、戦いの音で目覚めたのだろう……。

 目覚めし姫君の目が、真っ直ぐにピエールを……。

 またも露わとなったこの顔を見つめていた。

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