キースの隠し玉

 恐るべき魔物たちの猛攻を退け、山頂部へ辿り着きつつある三人であったが、そうすると、徐々に様相が変化してきていることへ気づく。


「ピエール、これ……」


「ああ……」


「ラーテルのやつが、やったみたいね」


 上へ登るに連れ、魔物たちの無惨な死体が散見されるようになったのである。


「こっちは、呪文でやられらみたいだ」


 剣を収めたキースが、もはやただの岩石と化した魔物の死体を検分しながら結論を下す。


「こっちは、炎で焼き殺されてるわね。

 呪文かもしれないけど、口から吐けるんだから、わざわざ魔力は使わないと思う」


「牙や爪でなぶり殺しにされた死体もあるな。

 さしずめ、得た力の実験をしたというところか……」


「あるいは、魔物たちが近づいてこないように、力を示したのかもしれないけどね」


 自分の推測に、キースが緊張した面持ちで答えた。


「いずれにしても、奴がこの上にいるのは間違いないみたいね。

 よかったわ。

 一番困るのが、嘘の行き先を告げていることだったもの」


「余裕なんだよ。

 僕らや騎士団なんて、相手にならないと思っているんだ」


「だからこそ、付け入る隙がある」


 もはや、眼前の死体から得られる情報はあるまい。

 立ち上がって、二人を見据える。


「やはり、まともな方法で勝てるとは思えない。

 とにかく、無理筋な攻撃は諦め、戦いながら突破口を見い出そう」


「そうね。

 この衣でも、どこまで耐えられるか分からないし」


「僕に至っては、普段通りの装備だしね」


 ミーリンが、不敵な笑みで……。

 キースの方は、苦笑いして応じた。


「よし――行こう」


 覚悟を決めて、歩く。

 おそらく、マンドラゴンに恐れをなしたのだろう。

 もはや、付近に魔物の気配はない。

 そして、自分たちはこれから、魔物たちを恐れさせる根源と戦わなければならないのだ。




--




 もし、ここから、ドラゴンの息がごとく噴火したのなら……。

 おそらく、付近一帯の被害は甚大なものとなるに違いない。

 ラバト山の火口は、かくも巨大なものであり、大自然というものの力強さを感じさせる代物であった。


「おや、おや……。

 てっきり、大勢で乗り込んでくると思ったんですがね。

 やってきたのは、あなたたち三人だけですか?」


 そこに待ち構えていたマンドラゴンは、これから茶の席でも設けるのかという気安さで、話しかけてきたのである。


「――バサタ!」


 その背後へ倒れている友の姿を見て、ミーリンが叫んだ。

 バサタは、岩肌の上へぐったりと倒れており……。

 どうも、意識というものが感じられない。


「……貴様、彼女に何をした?」


 自分自身、信じられないほどに冷たい声で尋ねる。

 異形へ進化したとはいえ、かつての恩人。

 殺意を持って戦えるかは不安だったが、どうやら、杞憂だったようだ。


「眠りの呪文をかけ、眠ってもらったのです。

 なかなかのお転婆ぶりでしたのでね」


 肩をすくめたマンドラゴンの言葉に、キースが素早く目線を走らせた。


「……ピエール、確かに、眠っているだけのようだ」


「そのようだな」


「心配せずとも、殺したりはしませんよ。

 儀式魔法というのはね。生き血であれば、さらに効力を増すものなのですから」


 大げさな身振りで話す怪物に、ミーリンが歯ぎしりする。


「冗談じゃないわ。

 あんたなんかに、バサタは傷一つ付けさせないわよ」


「おっと、怖い怖い。

 ……ふむ。

 それは、雨糸の羽衣に破魔の剣ですか。

 となると、エウレアの助力が得られたようですね。

 自分で乗り込んでこない辺り、彼女も年老いて、相応の落ち着きを得たようだ」


「僕たちだけで、十分と判断されたということですよ」


 キースの強がりを、マンドラゴンは意に介さない。

 その代わり、真っ直ぐにピエールのことを見つめてきた。


「ピエール。

 私とあなたの仲だ。

 引き返すと言うのならば、見逃しますが?」


「私のことをよく知るならば、答えは分かりきっていると思うが?」


 すらりと、ミスリルの剣を引き抜く。

 打ち倒すべき邪悪を見据えた剣が、ぶるりと震えたのを感じる。


「そうですか。

 ……残念です」


 そう言った後……。

 マンドラゴンが、ばさりと背中の翼を持ち上げた。


「ならば、今度は手加減しません!」


 獣性を解放したこやつは、もはや単なる異形の怪物だ。


「――行くわよ!」


 最も身軽なミーリンが、先んじて飛び出す。

 心得のない者には、何も考えていない突撃に見えることだろう。

 だが、真実は、十分に動作の余裕を残した動きだ。


「――カアッ!」


 だから、マンドラゴンが放った火炎の息にも、十分な対処ができる。


「そんな攻撃、当たらないわよ!」


 足場の悪い岩場とは思えぬ身軽さで、ミーリンが横跳びに回避した。


「僕たちも!」


『――奪え!』


 キースと共に、呪文を唱えながら駆け出す。

 発動した呪文は、確かに効果を発揮し……。

 マンドラゴンから吸い出された魔力が、己の内に取り込まれたのを感じた。


「吸魔の呪文ですか、小賢しい。

 私の魔力を吸い尽くすまで、何度それを行使する必要がありますかね?」


 実際、奪えたのは微々たる量なのだろう。

 竜そのものな顔を器用に歪ませ、マンドラゴンが笑みを浮かべる。

 そして、自らの魔力量を誇示するかのように、呪文を放ったのだ。


『――爆圧よ!』


『――弾けよ!』


 それを抑え込むために、ピエールもまた呪文を放つ。

 だが、相手が放ったのは、いまだ自分には使用できない同系統上位の呪文……。

 彼我の火力差は明白であり、抑えきれなかった魔力の爆発が周囲で展開される。


「――おおっ!?」


「――くうっ!?」


 自分とキースでは、盾を頼りに耐えしのぐしか術はないが、身軽さを信条とするミーリンであれば、話は別だ。


「――はあああああっ!」


 炸裂する魔力の爆発を縫うようにして、ミーリンがマンドラゴンへの接敵を果たす。

 そして、そのまま胴へ掌底を叩き込むかと思えたが……。


「危ない、危ない。

 ピエールに抑え込まれたとはいえ、まさか、あの爆発を掻い潜るとは……」


 まさに、紙一重の差というべきだろう。

 マンドラゴンは空中へ急上昇し、ミーリンの拳から逃れたのである。


「ここからは、空中に留まるとしましょうか。

 フ、フフ……。

 そうすれば、あなた方の攻撃でこちらへ届くのは、ピエールの貧弱な呪文だけですからね」


 言葉通り、空中高くで対空したマンドラゴンが、こちらを見下ろしながらうそぶく。


「ちいっ……」


「くそっ……」


 ミーリンは歯噛みし、ピエールは呪文を行使すべく精神集中に入ったが……。

 一人、異なる動きをした者がいた。

 そして、その者は腰から取り出した道具を、高らかに投げたのである。


「――いけっ!」


 その人物とは、他でもない――キースだ。

 キースは、ピエールたちですら知らされていない何かを、マンドラゴンに向けて投てきしたのである。

 しかも、投げ放たれたそれは、回転しながら鋭い軌道を描き、マンドラゴンの背部……。

 コウモリじみた形状の翼へと向かったのだ。


「――おおっ!?」


 さしもの超魔といえど、油断しているところにこれを受けては、たまらない。

 キースが投げた物体は、マンドラゴンの片翼を恐るべき鋭さで切断した。


 ――ガッ!


 そのまま、地面へとその物体が突き刺さる。

 果たして、キースは何を投げたのか?


「――ブーメランか!」


 正体に気づいたピエールは、そう叫んだ。

 そう……。

 キースが投げたのは、金属製のブーメランだったのである。

 単なる鉄の塊ではなく、持ち手でない側が鋭く研ぎ澄まされた刃となっているのを見て取れた。

 これを折り畳んで忍ばせていたので、今まで気付かなかったというわけだ。


「子供の頃から、密かな特技でね」


 友が、会心の笑みと共に答える。


「黙っていたのは、人が悪いんじゃない?」


「敵を騙すには、まず味方からだろう?」


 ミーリンの言葉には、涼し気に答えるキースだ。

 それにしても、いくら得意とはいえ、脆い翼の付け根へ正確に命中させた技量は称賛に値する。

 そうこうしている内に、飛翔できなくなったマンドラゴンが地表へ落下し……。


「お……のれえええっ!」


 ドラゴンそのものな顔を憤怒に歪ませながら、着地した。


「回復呪文は使わせるな!」


 キースがすかさず指示する。

 戦いは、新たな局面を迎えた。

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