仲間たち

「進化の呪法……。

 なるほど、本人もそんなことを口にしていた。

 その錬金術によって生み出されたのが、お前であり、あの怪物か……」


 壁のたいまつのみが照らす薄暗い空間の中、騎士団長スタンレーは、懊悩しながらつぶやいた。


「おそらく、今回の術で使用したのは……」


「みなまで言うな。

 分かっている……お前たちが、辺境伯領で倒したドラゴンの部位だろう。

 翼が生えているところを見ると、さらに別の動物か魔物も加えているな。

 ラーテルめも、欲張りなことだ」


 疲れ果てたような吐息を混じえながら、スタンレーが答える。


「……団長」


「何だ?」


「バサタ殿下は、あの後、どうなったのですか?」


「さらわれた」


 ピエールの質問には、端的な返答がもたらされた。


「俺も気絶していたのだがな……。

 奴の言葉を聞いたものによると、ラバト山へ連れ去ったらしい。

 そこで、満月の夜を待ち、儀式を行うつもりのようだ」


「ならば……まだ殿下は無事ということですね」


 思わず、眼前の鉄格子を握り締める。

 自分に、これを捻じ曲げるほどの怪力があれば……。

 今すぐに、ここを脱してバサタの救助へ向かうことだろう。


「そうだ。

 まだ、お助けすることは可能だ」


 スタンレーが、力強くうなずく。

 だが、その後に放たれたのは、無情な言葉であったのだ。


「ただし、それを遂行するのは俺が率いる精鋭たちだ。

 お前の出る幕はない」


「そんな! 私も連れて行って下さい!」


 必死に叫ぶ自分へ向けられたのは、憐憫の眼差し……。


「ピエール……。

 お前は、どうして自分がこのような場所へ閉じ込められていると思う?」


「それは……」


 スタンレーの言葉に、言い淀んでしまう。

 実のところ、おおよその予想はついていた。

 ただ、それを言葉という形にしてしまうのは、あまりに……辛い。


「陛下を始め、お前の正体を見た者は、皆が困惑している。

 こうして、お前と話しているこの俺自身もな……。

 それだけではない。

 中には、お前が逆賊ラーテルの手下ではないかと、疑っている者もいるのだ」


「――ッ!?

 滅相もありません!」


「そうだろうな……」


 スタンレーが、息を吐き出す。

 今日の騎士団長は、いつもより顔のしわが多く感じられる。


「だが、お前は実際にラーテルの所で世話になっていたし、話を聞いてみれば、奴の術によって生み出された存在だ。

 賢者の塔における戦いは、双方の演技だった。

 そのように考える者がいたとしても、おかしくはあるまい?」


「……言いがかりです」


「言いがかりでもなんでも、可能性がある時点で駄目なのだ。

 中には、お前が目覚めるのを待たずに処刑せよと、そう言った者もいるのだ」


「そんな……」


 鉄格子を握る手から、力が抜けた。

 そんな自分を哀れむようにしながら、スタンレーが続ける。


「……とにかく。

 殿下は、我らが必ず救出する。

 だが、そこにスライムの力は必要ないというのが、国として出した結論だ。

 ましてや、逆賊の術によって力を得たスライムは、な。

 分かれ」


 それだけ言って、スタンレーが踵を返す。


「――団長!

 待って下さい! 団長!」


 自分の言葉に、彼が振り返ることはなかった。




--




 それから、どれだけの時間が経っただろうか。

 体は眠りを欲していると思えたが、眠る気にはなれないピエールである。

 今、この瞬間も、バサタは恐怖に震えている……。

 そう思えば、居ても立ってもいられない。

 だが、頑丈なこの地下牢は、自分ごときの力や呪文でどうにかできるものではなく……。

 ただ、身を潜める以外になかったのであった。


 上階へ続く階段から足音が聞こえたのは、そんな時のことである。


「ちょっと、もう少し静かに歩きなさいよ。

 見張りとかいたら、どうする気?」


「十分、静かに歩いていますよ。

 そっちこそ、声を出さないで下さい」


 同時に聞こえたのは、そんな話し声……。

 この声は、間違いない……。


「あ、いた。

 ピエール、怪我は大丈夫?」


「よかった。

 見張りはいないみたいですね」


 ミーリンとキースが、きょろきょろと地下の様子をうかがいながら姿を現したのだ。

 スタンレーもそうだが、二人共、マンドラゴン戦で負っただろう傷はない。

 おそらく、僧侶によって治療されたのだろう。


「待っててくれ。

 今、鍵を開ける。

 えっと、どれだろう……」


 外の壁にかけられていた鍵束を手にしたキースが、一つ一つ、鉄格子に向けて試していく。

 そんな様子を見ながら、尋ねた。


「二人共、どうして?」


「どうしてって……。

 水臭いことを言うなあ。

 僕らは、仲間だろう?」


「そうよ。

 それに、三人共バサタを助け出したいと思っている。

 なら、こんな所にいる場合じゃないでしょ?」


 鍵をいじるキースと、特にやることもないので胸を張るミーリンが、当然とばかりに答える。


「しかし……。

 私は、この通りスライムだ。

 今まで、二人を騙していたんだぞ?」


 自らの顔を指差しながら、尋ねた。

 それに、笑顔を返してきたのがキースである。


「まあ、確かに。

 ちょっとばかり、個性的な顔立ちをしているよね。

 でもまあ、これは父さんの受け売りだけどさ。

 騎士っていうのは顔でするもんじゃない。心でするものなんだよ。

 何を言ったかは知らないけど、父さんは、最後まで君の投獄に反対したんだぜ?」


「へえ、あんたのお父様、いいこと言うじゃない」


 腰に手を当てたミーリンが、大きくうなずく。


「あたしだって、同じ意見よ。

 ……ううん、その前に謝らせて。

 あなたの顔が、明らかになったあの時……。

 驚いちゃって、ごめんね」


 ミーリンが、真っ直ぐに自分を見つめてきた。

 対人経験の浅いピエールにも、そこから真心を汲み取ることはできる。


「あなたは、あたしたちオーカー辺境伯家の大恩人……。

 スライムだろうが、人間だろうが、そこに違いはないわ。

 ――約束する。

 世界中の人間があなたに石を投げたって、あたしはあなたの味方よ」


 ガチャリという音と共に、鉄格子の鍵が開いたのはその時だ。


「とにかく、仲間を助けるのに、理由はいらないってことさ。

 手伝うのにもね。

 当然、殿下を助けに行くつもりなんだろう?」


「無論だ」


 開いた鉄格子の中を潜りながら、答えた。

 自分には、かくも優しき仲間たちがいる……。

 その事実が、世界にただ一人取り残されたような気分だったピエールには、嬉しかった。

 そして、自分たちは今この瞬間、真の仲間となったに違いないのだ。


「それじゃあ、とにかくここを出よう。

 裏門に僕たちの馬を用意してある」


「ありがたいが……バレないものなのか?」


「君が思っている以上に、君の味方は多いってことさ」


「裏門を警護する人たち、案外、喜んで協力してくれてたわよね。

 あと、あたしはいつも通り後ろに乗せていってもらうから」


「承知いたしました」


 答えると、どういうわけか、ミーリンがやや不服そうな顔をしてみせる。


「どうされましたか?」


「そういう言葉遣い、もうやめにしない?

 あなたも、キースもよ。

 あたしたち、仲間でしょ?」


 そう言われて、キースと顔を見合わせた。

 そして、苦笑いしながらうなずき合う。


「分かったよ。ミーリン」


「あらためて、よろしく頼む」


「よろしい。

 ――それで、これからどうするの?

 今すぐにラバト山へ向かう?」


「いや……」


 胸を張ったミーリンに、かぶりを振って答える。

 真っ向勝負で敗れた以上、何らかの策は必要だろう。

 激情に駆られて乗り込み、全滅したでは話にならないのだ。

 では、その策を授けてくれるだろう人物は……。


「……まずは、師の下へ向かう。

 そこで、相談し助力を仰ぐなりするつもりだ」


「了解。

 そういえば、師匠がいるとか言ってたものね」


「ええ!?

 ……僕には、我流だって言ってたじゃないか」


 ミーリンは、やる気満々に……。

 キースの方は、ややふてくされた様子で応じた。

 ともかく、これで何をするべきかは決まったのである。

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