コーリン平原にて

 騎乗した自分とキースが先導し、バサタや侍女を乗せた馬車が後に続く。

 ミーリンはといえば、相変わらず馬を調達する気はないのか、自分の後ろへ器用に横座りとなっていた。

 つまりは、辺境伯領から王都に至るまでと、まるきり同じ構成……。

 そのような陣容で、王都の目抜き通りを進む。

 そうすると、聞こえてくるのは人々の噂話である。


「おい、もしかしてあれは……」


「ああ、面で顔を隠した騎士……。

 間違いないな」


「俺は、殿下が王都へ帰還した時にも見ている。

 間違いない。あれがドラゴン退治の英雄だ」


 時に指差し、時には互いの顔を見交わし……。

 通りを賑わす商人や客たちが、かような会話をしているのであった。


「もう、どこへ行っても、ピエールばかり持ち上げられて……。

 肝心のトドメを刺したのは、あたしだっていうのに」


「どうしても、この王都では騎士が注目を集めるものです。

 人々が、最初にピエールを見てしまうのは、仕方がないことでしょう」


 自分の後ろで嘆くミーリンに、キースがそのようなことを告げる。

 すると、武闘家少女はいじわるな笑みを浮かべながらこう言ったのだ。


「その割に、キースはあんまり目立ってないみたいだけど?」


「……僕は武闘会も一回戦落ちでしたし、ドラゴン退治でも、その他大勢でしたから」


 肩を落とす主人に、キースの馬がぶるりと身を震わせた。


「それで、この後はどうすればよいのですか?」


「街の外へ出て、コーラル平原という所に向かってちょうだい」


 問いかけると、ミーリンが目的地を教えてくれる。

 どうやら、キースはそれで今回の目的を悟ったようだった。


「ああ、もうそんな季節でしたか……」


「今行くと、何かあるのか?」


「まあ、まあ……。

 ついてからのお楽しみよ!」


 自分の質問は、ミーリンに遮られたのである。




--




 まるで、草原に白い絨毯を敷き詰めたような……。

 コーラル平原の景観は、そのようなものであった。

 絨毯の正体は、花だ。

 可憐な小さき白い花が、平原を覆い尽くすかのように咲き誇っているのである。


「いつ見ても見事なもんだな。

 この時期のコーラル平原は」


 愛馬の首を撫でてやりながら、キースがそうつぶやく。

 花のことなどとんと分からぬピエールにも、これは、どこか圧倒される美しさがあると思えた。

 と、そこで、ふとした疑問を抱く。


「これは、何の花なのだ?」


「あっきれた。

 あなた、ライナット国民なのに、この花を知らないの?」


 背後からそう言ったのは、ミーリンである。

 彼女は、ぴょんと鞍から飛び降りると、一面の花を背景とするようにして手を広げた。


「これは、ライナット草の花よ!」


「ライナット草? これが……?」


 ――ライナット草。


 それは、薬草の原料となる草の名である。

 武芸者の仕儀として、ピエールも腰の皮袋にこれを入れているが……。

 乾燥させ、他の原料と共に調合したその姿と、眼前の美しき花々とを結び付けることが、どうしてもできなかった。


「この花は、我が国を象徴するそれとして知られています。

 そして、花が落ちたのならば、この平原は薬草の原料としてライナット草を摘みにくる人々で溢れるのです」


 いつの間に、馬車を下りていたのだろうか……。

 スカートの裾をつまんだバサタが、そう言い放つ。

 その足取りは慎重であり、せっかく咲いた花々を踏まないようにしているのが見て取れる。

 それにしても……。


(綺麗だ……)


 一歩、また一歩と花畑の中へ踏み入っていくバサタの姿は、そう形容する他にない。

 おそらく、天上の神々は、美という要素を濃縮して彼女に詰め込んだのだ。

 何故なら、あれだけ美しいと思えたライナット草の花々が、バサタの引き立て役へ徹してしまっているからであった。


「剣技や呪文へ打ち込むのも結構だけど、わたしの近衛騎士であるからには、もう少し色々な物事へ関心を持たないとだめよ?

 聞いていて? ピエール」


 普段ならば、一言一句を聞き逃さないバサタの言葉も、今は右から左へと抜けてしまう。

 ピエールの脳は、今、この瞬間を刻み込むために集中していた。

 それを妨げたのが、脇腹へ打ち込まれた肘打ちだ。


「だめよ。

 こいつ、すっかりバサタに見惚れているわ」


「……はっ!?」


 まるで、居眠りから覚まされたように……。

 物理的な衝撃を受けて、ようやく我に返る。


「そうなの? ピエール?」


 こくりと首をかしげた姿もまた……可憐だ。


「……申し訳ありません。

 ミーリン様の言う通り、あなたの姿に見入っておりました。

 また、ライナット草のことを知らずにいた自分の不勉強も恥じます。

 ですが、花の名前は知らずとも、その美しさは心に刻みました。

 あなた様の、お姿と共に」


 どうやら、度を超えた美しさは、人もスライムも酔わせてしまうものらしい。

 自分自身、驚くほど滑らかにそんな言葉を紡いでしまう。


「まあ……」


 どうしてだろう?

 バサタは、ぽっと顔を赤らめる。


「あなた、たまにすごくキザな言葉を口にするのね」


「キザ……でしたか?

 ご不快に思われたのなら、申し訳ありません。

 つい、思ったままを言ってしまいました」


「だから、そういう言い回しがキザなのよ」


 これもまた、どうしてだろう?

 ミーリンが、じとりとした目を向けてきた。


「まあ、まあ。

 それもまた、彼の愛すべき個性ということで、よろしいではありませんか?

 それより、せっかく見頃のところへ来たのです。

 存分に、この美しさを堪能しようではありませんか?」


 キースという友のありがたいのは、こういった時にとりなしてくれることだ。

 彼の言葉によって、バサタとミーリンの意識は白い花々へと向けられる。

 そうして、同じ年頃の少女同士で花を愛でる姿も、また美しい。

 この光景を見られるだけでも幸せであるというのに、今日は、思わぬ褒美も与えられた。


「はい、ピエール」


「これは……?」


 バサタが、見せてくれたもの……。

 それは、ライナット草の花で編んだ冠である。

 しゃがみ込み、何やらごそごそとしていると思ったが……。

 まさか、このような物を作っていたとは。


「ドラゴン退治の褒美……。

 わたしからは、あげていなかったから。

 こんなもので、申し訳ないけど」


「いえ……望外の喜びです」


「そう。

 なら、しゃがみなさい」


 言われるまま……。

 せっかくの花々を踏み荒らさないよう、慎重に膝をつく。

 そんな自分の兜に、バサタはそっと花冠を乗せてくれた。


「似合っては、いないけど……。

 うん、面に覆われたあなたにも、愛嬌が出るわね」


「……大切にします」


 ラーテルなら、この儚き冠を保存する方法も知っているやもしれない。

 そんなことを考えながら、ひざまずき続ける。

 その後、ミーリンやキースにからかわれたのも含めて……。

 ピエールにとっては、黄金にも等しい時間だったのである。

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