にわかな英雄

 行きの旅路がそうであったように、貴人の旅というものは、先触れが先行し、道中の宿などを手配するものである。

 しかも、今回はそれに加えて、解体されたドラゴンの死体が、バサタ一行よりも先に各宿場や町の人々に見られていた。

 これはつまり、交易都市カルゴで起こったドラゴン騒動の顛末も、各地へ広まっているということである。


 すると、どうなるか……?

 各地の人々は、総出でバサタたちの歓迎に乗り出したのであった。


 こうなると、身分を伏せ、ゆるりと旅していた行きのそれとは、全く異なる旅路になってしまう。

 何しろ、ライナット王国の人々は、いちいちがお祭り騒ぎでバサタ一行を歓迎し、ともすれば、数日の逗留すら求めてくるほどなのだ。


「ドラゴン退治の逸話というものが、こうまで人を熱狂させるものだとはな……」


 というのは、道中で漏らしたピエールの独り言である。

 鍛え抜いたはずの若き騎士が、愚痴にも似た言葉を吐き出してしまうのは、致し方のないことであろう。

 やはりというか、当然というべきか……。

 歓待の宴で中心となってしまうのは、常に自分であり、ミーリンなのだから……。


「炎の中に、自分から突っ込んだと聞きましたが?」


「必死にやっただけです。

 今思えば、無謀な行動だったとしか思えません。

 おそらく、たまさかドラゴンの炎が弱まっていたのでしょう。

 何しろ、何度も繰り返し吐き出していましたから」


「剣だけでなく、呪文も操れるとか?」


「爆発や回復……。

 それに、相手の魔力を奪うようなちょっとした呪文だけです。

 本職のそれには、及ぶところではありません」


「ところで、ピエール様!

 ……今はお独りのようですが、この先、結婚などはお考えで?

 実は、わしの孫娘が器量良しで知られてましてなあ!」


「ご冗談を」


 ピエールが、このようなやり取りをすれば……。


「ミーリン様!

 武闘会では、対戦相手に影すら踏ませぬ戦いぶりだったとか!?」


「ええ、そうよ!

 結局、武闘会は誰にも触れさせないまま終わったわ!」


「ドラゴンにトドメを刺したというのは、本当ですか?

 見たという吟遊詩人の語りでは、こう……軽く触れたら、竜の脳が破裂したようだったとか……?」


「発勁ね? あたしの奥の手よ!

 軽く触っているだけに見えるだろうけど、實際には、落下の勢いや全身の力を相手に浸透させているわ!

 ――て、ちょっと! ピエール!

 相手の魔力を吸い取れる呪文があるなら、魔法使いとの試合で使えばよかったじゃない!?

 ――え? あたしとの決勝に備えて、呪文を使えることは隠していた?

 ……そう。なら、いいけど」


 ミーリンもまた、このような調子で質問責めにあう。

 道中、あまりにも似たような質問が繰り返されるため、ピエールとミーリンの中では、受け答えする定型文というものさえ生み出されてしまう始末であった。


「あっはっは!

 英雄っていうのも、気苦労が多いね!」


 それを楽しそうに眺めているのが、武闘会一回戦落ちのキースである。


「まあ、ドラゴン退治の逸話どころか、かの魔物が姿を現すこと自体、何百年に一度かなんだ。

 宝物の力で生み出されたそれ相手とはいえ、打倒した英雄と生で触れ合えるというのは、人々にとって、人生に一度しかないだろう出来事なんだよ」


「そういうものか……」


 このような格好をしておいて何だが、あまり目立ちたくないピエールとしては、不承不承にうなずくしかない。

 また、バサタも、道中の休憩中に侍女が淹れた茶を飲みながら、こんなことを口にした。


「王家としても、これは悪くないわ。

 わたし……つまり王女の近衛騎士が、辺境伯家の娘と共に、ドラゴン退治の決め手となった。

 それが民衆に知れ渡れば、王家への忠誠はますます高まるでしょうし、王家と辺境伯家の結び付きも強いものとして受け取られるもの」


 そんな王女に対し、軽く返すのがミーリンである。


「バサタは色々と考えるよね。

 あ、そのクッキーもらい!」


「もう……。

 自由に振る舞っていいとはいえ、ミーリンも辺境伯家の令嬢であることは、変わりないんだから……。

 それに、いつまでピエールと同じ馬に乗って旅するの?

 道中、いくらでも調達できたじゃない?」


「だって、あたしは馬の世話とか、そういう面倒なのは好きじゃないもの。

 それに、体重だって軽いしね。

 あんたも、あたしを乗せたって気にならないでしょ?」


 ミーリンがそう聞くと、街道脇に生えていた草を食べるピエールの馬が、ぶるると鳴いて答えた。


「ほらね?」


「もう……何がほら、なんだか……」


 それを肯定の意と捉えたミーリンに、バサタが苦笑しながら応じる。

 そのような具合で、帰路は賑やかなものとなり……。

 行きよりも大分時間をかけて、一行は王都への帰還を果たしたのであった。




--




「バサタよ!

 今回の件、誠に大儀であった!」


 ライナットの王城が誇る玉座の間……。

 そこに、国王ライナット十三世の朗々たる声が響き渡る。


「父上自らの労い……。

 ありがたく思います」


 ピエールたちと違い、ひざまずくことなく、直立してその言葉を受けたバサタが、軽く会釈しながら答えた。


「わっはっは!

 と、堅苦しいやり取りは、この辺にしようではないか!

 ドラゴンの各部位は、きちんとこの城へ運び込まれている。

 そして、近衛騎士ピエールやミーリンの活躍も、聞き及んでいるぞ!

 だが、本人たちの言葉には替えられないもの……。

 今宵は宴とし、英雄たちを皆で称え、その話を聞こうではないか!?」


 ――おう!


 騎士団長スタンレーや、王宮魔術師筆頭のラーテル……。

 その他、様々な役職の重鎮たちが、一斉に応じる。

 道中、薄々とは感じていたことだが、どうもライナット王国の人間というのは、宴会の類が大好きであるらしく……。


 ピエールは、またもや、宴の……。

 それも、これまでで最大規模を誇るそれの中心を務める羽目になったのであった。




--




 バサタのお供をし、交易都市カルゴで名士たちの家を訪れて知った事実であるが、宮廷魔術師筆頭ラーテルの屋敷は、彼の身分からすればありえないほどに家人が少ない。

 雇っているのは、年老いた侍女が数人ほど。

 それも、昼間に屋敷内のごく限られた範囲内のみを掃除させ、洗濯や料理の作り置きなどをさせているだけなのだから、多くの家人に暮らしを支えさせる他の貴人とは一線を画した暮らしぶりである。


 これには、理由があった。

 ラーテルは、錬金術師としても名の知られた人物であり、屋敷内で侍女らの立ち入りを禁じている箇所は、研究にまつわる品々がいくつも存在するからである。

 それらは、ラーテルにとって秘中の秘であり、盗み出されるのを恐れ、魔法錠などで固く守っているのは当然であった。


 ピエールが住まうのは、そんな錬金術師が秘密としている区画の一室……。

 最も守りが固い地下室である。


 一体、どのような用途があるのか?

 干物にされた魔物の死体や、どこからか仕入れた薬草などが吊るされた中を歩む。

 室内には、これら素材を煮るのに使う大鍋から漏れ出した臭いが充満しており、普通の人間ならば、鼻をやられてしまうことだろう。


 そういった素材や実験器具を抜けた先に、ピエールの寝床が存在した。

 寝台などという上等なものはない。

 ただ、床に毛布を一枚敷いたのみ……。

 自分にとっては、これで十分なのである。

 何しろ、自分は……。


「……ふう」


 王都を発って以来、久しぶりに兜と面を外す。

 この旅で、すっかり体の一部としたつもりでいたが……。

 そうすると、やはり開放感があるもので、大きく深呼吸をした。


「すっかり、英雄じゃないですか?

 君にとっては、本懐なのでは?」


 背後から声をかけてきたのは、屋敷の主であり、宮廷魔術師筆頭でもある男――ラーテルだ。

 初老の域に達した痩せぎすな魔法使いは、おだやかな笑みを浮かべている。


「そうでもありません。

 私の望みは、英雄になることではない。

 あくまで――」


「――あくまで、バサタ姫殿下の近衛騎士を務め続けることですよね?

 分かっていますとも」


 言葉を引き継いだ魔法使いの瞳に映るもの……。

 それは、まぎれもなく、ピエールの素顔であった。


 髪の毛などというものは存在せず……。

 青いゼリー状をした頭部に、眼球や口が備わっている。

 鼻腔や耳は存在しないが、この肌が、人間と同様に臭いや音を知覚することができた。

 余人が自分を見たならば、このように言うかもしれない。


 ――スライム人間。


 ……と。

 それは、紛れもなく真実なのである。


「その通りです。

 全ては、あの日から始まった」


 ピエールの意識が、十年前の記憶へと飛んだ。

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