旅の道連れ

 それから、一週間あまり……。

 交易都市カルゴでの日々は、矢のごとき速さで過ぎ去った。

 その間、ピエールが何をしていたかといえば、これはバサタのお供を除いて他にない。


 何しろ、バサタからすれば、王都を離れた遠い地の有力者たちと顔を繋ぐ絶好の機会なのだ。

 この機を逃さず、あらためて王家への忠誠を求めて回ったのは、ごく当然であるといえよう。


 ただ、ピエールが面食らったのは、自分が同席することにより、どの有力者相手でも、好意的な反応が得られてしまったことである。


 ――おお、そちらの御仁がかの。


 ――ドラゴンと戦った現場、私も観客席から見させてもらいましたぞ!


 ――まあ、間近で見ると、何と勇ましきこと!


 ……このような具合だ。

 挙げ句、握手を求められたり、一緒に肖像画のモデルになって欲しいと頼まれたりするのであった。

 これでは、バサタのお供というより、ピエールのおまけとしてバサタが付いてきている形である。

 ピエールとしては、このような願い事は断りたいところであったが……。


「………………」


 にこりと笑ったバサタが、無言の圧力をかけてきては、それもかなわない。

 かくして、英雄というよりは、珍獣のごとく各所でもてはやされる日々を送ったのであった。

 まあ、形はどうあれ、バサタの役に立てたなら本望であるし、武闘会で激闘を繰り広げた甲斐もあるというものだろう。


 そうした日々の傍ら、粛々と進められたのが、ドラゴンの死体を搬出する作業である。

 熟練の狩人なども招き、死体を解体して各種の処理を施す。

 その上で、処理された部位から王都へ運び出していくのだ。

 誠に人手のかかる作業であったが、これを滞りなく進められたのは、ナージルの差配と、オーカー辺境伯家の財があったからであろう。


 それにしても、一応は立ち会ったものの、あのドラゴンが解体される光景というのは、ピエールにとってあまり面白いものではなかった。

 倒した魔物を解体し、素材へ変えるのは武芸者として当然の仕儀。

 だが、このドラゴンは……。


「安らかに、とは言わぬ。

 だが、もはや何も恨むことなく眠るがいい……」


「ソチリナ……。

 あなたは、あたしを憎く思っていたみたいだけど、あたしにとって、あなたは立派な侍女だったよ……」


 そう言いながら黙祷していた辺境伯家の兄妹は、果たして、どのような気分だったのだろうか。

 だが、話を聞けば聞くほどに、これ以外の選択はないと納得できる。

 ドラゴンの死体というものは、様々に転用可能な宝の山であり……。

 値をつけるとするならば、国庫に影響する程の額となるのだという。

 加えて、謀反など起こせばどうなるのかという見せしめにもなるのだとしたら、為政者としてはこうする他になかった。

 例え、ドラゴンと化し死んだ者に対して、どのような感情を抱いていたとしても、である。


「やり切れないものだよな。

 自分たちが仲違いしているわけでもないのに、周囲で勝手に派閥を作って、権力争いをするっていうんだから……」


 とは、キースの言葉だが、ピエールとしても依存はない。

 人間の権力者には、かくも複雑な事情が渦巻くものであり……。

 そういった事柄からもバサタを守ることが、近衛騎士には求められるということだ。

 今回の一件は、それを思い知る機会であったと見るべきだろう。


 そのような日々を重ね……。

 ついに、交易都市カルゴから旅立つ日がやってきた。




--




「あらためて……。

 オーカー辺境伯家は、バサタ殿下の来訪を心より感謝致します」


 街の出入り口……。

 普段は、様々な人々で溢れるそこを貸し切り状態としたナージルが、一同を代表してそう言い放つ。

 彼の背後に控えているのは、辺境伯家へ仕える騎士たちであり……。

 そして、特別にこの場へ参じることを許されたドラゴン騒動の勇士たちだ。

 勇士たちの中には、活躍や実力を認められ、そのまま辺境伯家へ士官した者たちも複数いるという。

 彼らにとって、此度の一件は、名をあげる良い機会であったに違いない。


「こちらこそ……。

 辺境伯領がますます栄えるであろうこと、父上によくよく伝えておきます」


 軽く会釈したバサタが、馬車へと乗り込む。


「では、いざ出立」


 自分と共に先導を務めるキースが、馬上からそう宣言し……。

 バサタ姫一行は、王都への帰路についたのである。


「色々なことがあったけど、終わってみると寂しいものだね」


 隣のキースからそう呼びかけられ、うなずく。


「不思議なものだ。

 そう長く滞在したわけではないというのに、後ろ髪を引かれる思いがある」


「旅っていうのは、そういうものさ。

 きっと、人生もね。

 この道は我が旅であり、出会いと別れが繰り返し続くもの……。

 偉大な吟遊詩人も、そう歌っている」


「今ならば、その意味も分かる気がする。

 ……む」


 ピエールが馬を止めたのは、前方に人影を認めたからであった。

 まるで、路傍の立て札がごとく……。

 その人物は、街道の脇へ佇んでいたのである。


「あれは……」


 同じように気付いたキースが、苦笑いを浮かべた。

 これなる人物の姿を見間違えることなど、あるはずもないからであった。


 金色の髪は、両の側頭部で結んで垂らし……。

 小柄な体を包むのは、胸元に『龍』――ドラゴンの意らしい――と描かれた武闘着……。


 見る者によっては、こう思うだろう。

 子供が、東方の武闘家を真似ていると。

 だが、ピエールたちは知っている。

 その小柄な体躯から生み出される技が、ドラゴンとの戦いで決定的な一撃となったことを……。

 彼女の名は……。


「ミーリン様!

 我らに先んじて旅立たれたと聞いていますが、いかがされましたか?」


 馬首をめぐらせ、一足早く彼女の下へ駆け寄ったキースが、面白そうにそう尋ねた。

 そう……。

 彼女は早朝、見送りも何も必要とせず、ただ一人旅立っていたのである。

 本人が望む通り、武闘家として身を立てるべく……。

 それが、こんな所で立っている理由は、一つしかないと思えた。


「別に……。

 ただ、ちょーっと、思ったのよ。

 あたしは、確かに自分の実力を武闘会で証明した。

 少なくとも、この国であたしほどの武闘家は、そうそういないでしょうね」


 やや遅れてピエールも駆けつけたのを見て、彼女が語り始める。


「ただ、それはあくまでも武闘家としての才能……。

 あたし自身、自分が世間知らずであることは、よく知ってるわ。

 そんな人間が一人で旅をしてたら、ちょっと不用心じゃない」


「なるほど……。

 確かに、旅路では商人との交渉や天気を読む術など、様々な技能が必要であると、私もカルゴへの道筋で知りました」


「そう! まさにそれよ!」


 自分に向けて、ミーリンがびしりと指差してきた。

 どうやら、肯定を意味しているようだ。


「それに、やっぱりこの国で一番大きいのは王都だし!

 あたし、小さい頃にしばらく滞在していただけだから、あらためて、あそこで学びを得たいのよね!

 と、いうわけでよ!」


 ちらりと、ミーリンがこちらに視線を向ける。

 どうも、自分というよりは、自分が乗っている馬を見ているようだった。

 と、その時だ。


「――はっ!」


 一切の予備動作を挟まず……。

 相変わらず見事な跳躍を見せた彼女が、空中で身を捻りながら、自分の後方へと落ちてきたのである。

 丁度、鞍の後ろを占有する形だ。


「――と。

 あんたたちについていくのが、一番かなって、そう思ったのよ」


「……はっ!」


 断る権利など、元から持ち合わせていないピエールであった。

 ただ、自分の後ろに乗せたい相手は、他にいるのだが……。


「ミーリン! 歓迎するわ!」


 その相手は、馬車の車窓から身を乗り出し、旅の道連れを歓迎していたのである。

 こうなると、もう観念するしかない。

 そう……。


 ミーリンが、仲間に加わった。

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