決戦の翌日

「皆の者!

 今回は、よくぞやってくれた!」


 翌日のことだ。

 武舞台に並んだ大会参加者たち……いや、勇士たちを貴賓席から睥睨したナージルが、あらためてそう宣言した。


 城内に存在する謁見の間を用いず、あえて闘技場を会場としたのは、労わなければならない人数が人数だからである。

 また、実際にドラゴンと決戦したのがここであることを思えば、他に相応しい場も存在すまい。


「中でも、目を見張る働きをしたのが、我が妹ミーリン……。

 そして、バサタ殿下の近衛騎士ピエールである!」


 ――オオオッ!


 それまで、沈黙を保っていた勇士たちが、にわかに雄叫びを上げた。

 ミーリンと共に一同の先頭へ立つピエールとしては、背後から熱狂を浴びせられている形だ。

 それが十分に静まるのを待ってから、ナージルが続ける。


「諸君らの間でも噂となっていようが、優勝賞品にするはずだった秘宝龍の爪は、忌まわしき謀反者の手により奪われ、使用されてしまった!

 その結果が、昨日のドラゴン騒ぎだ!

 オレはその不手際を詫びると共に、あらためて、被害を最小限に抑えてくれた諸君らの働きへ感謝しようと思う。

 無論、十分な報酬を用意してあるゆえ、後ほどに受け取って欲しい!」


 ――オオオッ!


 またも、歓声……。

 しかし、これも当然だろう。

 命がけの戦いをしたのだから、それに足る報酬は必要であった。

 常識に疎いピエールであっても、そのくらいは心得ているのである。


「さて! ここで諸君らは、一つ気になっていることがあるだろう……。

 すなわち、ミーリンとピエール……二人がそのまま戦っていたならば、決着はどうなっていたかだ!」


 この言葉に、歓声はない。

 ただ、しん……とした静寂が武舞台を支配した。

 同時に、先頭のミーリンと自分へ注がれるのは、無数の視線……。

 皆、考えているのだ。

 あのまま決勝が続けば、どうなっていたのだろうかと。

 これは、半ば戦闘者の本能と呼ぶべき思考なのである。


「これに関してだが……。

 決勝をあらためて行うことはたやすい!

 しかし、オレはあえて、今回それを見送ろうと思う!

 両者共に、ドラゴン打倒の要となった英雄!

 あえて、今すぐにその優劣を競うのは、いささか無粋ではないか!」


 と、そこでナージルが苦笑いを浮かべた。

 そして、付け足すようにこう言ったのである。


「……肝心の優勝賞品は、失われてしまったしな」


 これには、勇士たちも苦笑するしかない。

 彼らの多く――特に、東方から流れてきた武闘家たちは、その宝物こそを目的として参加していたのだ。


「ゆえに、二人のことは、ドラゴン退治の英雄として、後世にまで語り継ごうと思う!

 皆も、それでよいか!?」


 ――オオオッ!


 今度の歓声は、ナージルへの返答であった。

 それを満足気に聞き、若き辺境伯が再び口を開く。


「さて、そうなると、両者に与える褒美が問題だが……。

 我が妹ミーリンに関しては、本人がかねてより要求していた武闘家としての独立を認めよう!

 そして、ピエールに関してだが……。

 これは、我が辺境伯領の危機へ手勢を貸し与えてくれたバサタ殿下への礼も含め、倒したドラゴンの遺体を丸ごと渡す!」


 ――オオオッ!


 ピエールの感覚では分からぬが、ともかくも、ナージルが提示した報酬は太っ腹なものである……らしい。

 若き辺境伯の言葉に、勇士たちがどよめきを上げる。


「さて! 堅苦しい挨拶はここまでにしてだ……。

 城内の大食堂などを諸君のために開放し、労うための酒や料理を用意してある!

 この後は、そちらに移って大いに疲れを癒してくれ!」


 ――オオオオオッ!


 何度も上がった歓声だが、今回のものが一番大きいか……。

 だが、美味いものを出されて喜ぶというのは、ピエールにとっても理解しやすい感覚だ。


 かくして、新たな辺境伯から勇士らに向けての労いは終わり……。

 各自、用意された会場に移っての大宴会が始まったのである。




--




「やはり、気は進まないな……」


「気が進まないって、報酬のことかい?

 昨晩の打ち合わせでも、その辺は説明したじゃないか」


 自分の言葉に、葡萄酒の入ったグラスをくゆらせながらキースがそう答えた。

 こうしている今も、周囲の視線が痛い。

 この場に集まっているのは、辺境伯領でもそれと知られた名士たちであり、そのような人物たちが、一斉にこちらを見ながらささやき合っているのだ。

 ピエールからすれば、いっそ、ドラゴンにでも睨まれていた方が気楽な状況であるといえる。


 なぜ、このような場所にいるのかといえば、それはナージルのはからいであり、バサタの意向であった。

 ドラゴン退治の英雄。

 しかも、それが姫殿下付きの近衛騎士であるのだ。

 有力者たちと繋ぎを得るための道具とされるのは、致し方のないことといえるだろう。

 かくして、ピエールは他の勇士たちと異なり、貴人たちが集まる場へと放り込まれてしまったのである。


「確かに、納得はしたつもりだ……。

 しかし、聞けばあのドラゴンは、ナージル様にとって恩人ともいえる人物が変じたそうではないか?

 結果的に謀反行為であったとはいえ、死ねば罪は贖われるもの……。

 人の死体にはなれなかったとはいえ、人と同じように葬ってもよいのではないか?」


 そういった貴人たちの視線を振り切るようにして、キースへ問いかけた。

 だが、これに対する返答は昨晩に聞いたのと同じものである。


「そうはいっても、ドラゴンの死体というのは素材の宝庫であり、簡単にこれを埋葬してしまうのはためらわれる。

 まして、相手は謀反者なんだからね。

 それに、ナージル様としても、このようなことをした人間には、断固として対応する……。

 それこそ、人としては扱わないような姿勢を見せることで、今後、このような事態が起きるのを抑制する意味は大きいだろうさ」


「そうなのだがな……」


「それにまあ、君への報酬といっても、実際には王家への礼として輸送されるわけだ。

 元々、僕たちの立場でどうこう言えるものでもないし、君やバサタ殿下が受け取ったのではなく、王家そのものが受け取ったんだと思えばいいよ。

 そうすれば、気も楽だろう?」


「まあ、な……」


 どよめきが起きたのは、そんな会話を交わしていた時のことであった。


「ナージル辺境伯と、バサタ姫殿下……。

 そして、ミーリン様のおなーりー!」


 召し使いの一人がそう叫ぶと共に、この場で最も貴き人たちが入場してきたのである。

 先頭を行くナージルは、普段の装いに加えて、宝飾品などをふんだんに身に着けており、いつも以上に財を誇示する目的が感じられた。

 しかし、悲しいかな……せっかくの宝飾品も、後に続く姫君たちの輝きを前にしては、霞んでしまうといえるだろう。


 それほとまでに、バサタとミーリンは可憐であった。

 おそらく、この時のために急きょ仕立てたのだろう。

 二人のドレスは、肩の部分が露わになった簡素な……色違いのお揃いとなっている。

 バサタが薄紫で、ミーリンが黄緑。

 そして、ドレスの簡素さが、かえって年若い少女たちの華やかさを増しているのだ。

 真に美しい者にとっては、余計な宝飾品など、かえって魅力を損ねてしまうということであった。


「おお……」


 ピエールとしては、ただ、感嘆の吐息を漏らすしかない。

 ハッキリ言ってしまえば、異法で生まれたドラゴンの死体などより、よほど報酬として感じられる。


 楽団が優美な音楽を奏で……。

 旋律の中、バサタがこつこつと歩む。

 そして、ピエールの前までやってくると、その手を差し出しこう言ったのであった。


「さあ、踊りましょう」


 どうやら、苦難はまだまだこれからのようである。

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