決着

「おあああああっ!」


 ――熱い。


 ドラゴンの吐き出した燃え盛る火炎が、容赦なくピエールを包み込む。

 炎そのものは、かざした盾が受け止めてくれている。

 だが、盾によって左右へ両断された炎の熱は、容赦なく自分の体を包み込んだ。


 全身が、沸騰するような感覚……。

 もしも……。

 もしも、ピエールが人間であったならば、立ち所に体中の皮膚が火傷を負い、行動不可能となっていたに違いない。


 されど、この身は尋常な生命にあらず……。

 眼前の化け物と同じく、理外の力によって生まれ変わりし生命なり……。


 ゆえに、ピエールは炎の中を突き進み続ける。

 おそらく、優勝賞品だという宝物の力で変じたのだろう。

 今戦っているこのドラゴンは、自然な存在ではなく、異法の力によって体を造り変えた人間だ。

 ピエールは、自分と同じようなこの相手に立ち向かうことへ、不思議な使命感を覚えていた。


「取ったぞ!」


 そうやって進むと、ついに到達点――自分を飲み込めるだろう大きさの口へ達する。

 体表を覆う鱗には、自分の持ついかなる攻撃も通用しない。

 だが、無防備な口腔内ならば、どうか……。

 答えは――確かめてみれば分かる!


『――弾けよ!』


 通常の声音とは違う発声で発動したのは、爆発の呪文だ。

 かざした右手から放たれた魔力が、ドラゴンの口内で多数の小爆発を引き起こす!


『――――――――――ッ!?』


 さしもの最強種といえども、これにはたまらなかったのだろう。

 火炎の息が途切れる。

 そして、ドラゴンは身をのけぞらしながら、苦悶の叫びを上げたのだ。


 ――絶好の好機!


 だが、いかに高熱へ耐性を持つピエールであろうと、もはや身動きを取ることはできない。

 代わりにトドメの一撃を見舞う者は――すぐ背後まで迫ってきていた。


「でかした!」


 そう、声をかけられたと同時……。

 ピエールの肩に、軽い衝撃がかかる。

 背後から迫っていた仲間――ミーリンが、自分の肩を足場に跳躍したのだ。

 それにしても、その感触の、何と軽いことだろうか……。

 小柄な少女とはいえ、人一人の足場にされたというのに、まるで、軽やかな羽根が舞ったかのようだ。


「いやあああああっ!」


 見事な跳躍を見せたミーリンが、ドラゴンの頭部へ迫った。

 本来ならば、火炎の息で迎撃できたはずの魔獣は、ピエールの一撃によりそれを封じられ、反撃できない。


「どうするつもりだ!?」


「いくらあの子でも、ドラゴンには通じないぞ!?」


 勇士たちの声が、ピエールにも届く。

 確かに……。

 ここまでの戦いでは、ミーリンの格闘術どころか、参戦した勇士たちの剣も槍も、一切が通じなかった。

 それに対する、ミーリンの答えは――掌底だ。


「――はあっ!」


 少女は、竜の額へ飛び降りると同時に、深く屈みながら掌底を突き出したのである。

 いかにも、見た目は軽そうな一撃……。

 だが、それは――会心の一撃であった。


『――――――――――ッ!?』


 ドラゴンが、悲鳴を上げながら白目を剥く。

 いや、それだけではない……。

 目の端から、どろりとした液体が流れ出し……。

 舌は、だらしなく口の端から垂れているのだ。


「これは……?

 やったのか……?」


 信じられぬ光景に、ピエールはそうつぶやいた。

 一体、いかなる術理の技なのか……。

 ミーリンが放った掌底は、ドラゴンの脳へ深刻な打撃を与え、生命活動を停止するまでに追い込んだのである。


 ぐらり……と、ドラゴンの巨体が揺らぎ……。

 やがて、武舞台の上へ倒れ落ちそうになった。


「――いかん!」


 ピエールが最後の力を振り絞って駆け出したのは、ドラゴンの頭部へ降り立っていたミーリンが、そこから振り落とされたからである。

 おそらく、文字通り全身全霊を込めた一撃だったのだろう。

 あれだけ見事な軽業を見せていた少女は、受け身の姿勢すら取ることもままならず、ただ石畳の上へと落ちゆくのみだ。


「おっと」


 剣と盾を放り出し、空いた両腕で少女を抱きとめた。

 ミーリンの体はあまりにも軽く、満身創痍のピエールであっても、たやすく抱き支えられる。


 ――ズズン!


 それと同時に、ドラゴンもまた武舞台へ崩れ落ち……。

 ここに、死闘の決着がついた。


「やったぞー!」


「ドラゴンが倒れた!」


「あのお嬢ちゃんと騎士がやったんだ!」


 勇士たちが、口々に叫ぶ。

 そして、自分たちに向けてこう言ったのだ。


「おい! 英雄さんたちよ!

 俺たちに、何か応えてくれよ!」


「そうだ! そうだ!

 勝ち戦には、勝どきが必要だぜ!」


「ここはひとつ、景気よくやってもらわないとな!」


 と、言われてもだ……。

 人の上に立った経験などないピエールであり、これには閉口してしまう。

 だから、人の上に立つことを当たり前としてきた人物……。

 自分の腕に抱き抱えられている少女を、覗き込んだのである。


「………………」


 おそらく、疲労が一気に出たのだろう。

 ミーリンは、頬を赤くしながらこちらの顔を見つめていた。


「……はっ!」


 しかし、さすがはあれだけの技を披露した武闘家……。

 すぐに我を取り戻し、背筋の力のみで跳ね上がるという妙技によって、自分の手から脱したのである。


「……こほん。

 どうも、ありがとう」


 周囲の声に応えようとしているのだろう……。

 自分にはそっぽを向く形……すなわち、勇士たちの方を見ながら、ミーリンがそうつぶやく。


「いえ、当然のことをしたまでです。

 ご自身で立てますか?」


「馬鹿にしないで。

 倒した時は、ちょっと力が抜けちゃったけど……。

 立って歩くくらい、問題はないわ」


「なら良かった」


 胸の下で腕を組む、女性特有の腕組みをしていたミーリンが、こほんと咳払いをした。


「それより、皆に応えてあげないとね。

 そうしないと、いまいち締まりがないわ」


「そう、仰られても……。

 私には、どのように振る舞うべきか、分かりかねます」


「簡単よ。

 あたしがやるのを、そっくり真似すればいいわ」


 そう言いながら……。

 ミーリンが、右拳を掲げる。


 ――オオオッ!


 すると、勇士たちが……。

 そして、混乱の末、結局は闘技場から避難できず、取り残される形となっていた観客たちが、熱い声援を上げた。


(なるほど……こうか)


 彼女の真似をして、自分も拳を突き上げてみる。


 ――オオオオオッ!


 すると、やはり熱狂でもって人々に迎えられたのであった。


「いいぞ! ピエール!」


 乱戦の中、姿を見失っていたキースが、そう叫びながら剣を突き出す。

 それが、皮切りだ。

 勇士たちも、観客たちも……。

 皆が、自分の獲物や拳を突き出し、大声で叫び出したのである。


 もう、こうなると、誰が何を言っているのか分からない。

 どうやら、貴賓席の方ではナージルが何かを言っているようだったが、それも見事にかき消されてしまっていた。


 恐るべき強敵を、団結の力で倒し……。

 原始的な衝動に突き動かされ、わめき続ける時間……。


 それが、ピエールには、ひどく心地良く感じられたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る