秘策

「――いやあっ!」


 その勇敢さは、さすがというべきか……。

 突如として出現したドラゴンに対し、先陣を切ったのはミーリンであった。

 六尺は優にあろうかという、鳥類じみた跳躍……。

 そこから繰り出されるは、竜の額へ向けての跳び蹴りだ。


 ――パアンッ!


 と、大きな……それでいて軽い音が響き渡る。

 そう、軽いのだ。

 それはつまり、恐るべき魔物に対し、何らの痛痒も与えていないことを意味していた。


「――効かない!」


 蹴りの反動により、くるくると後転を交えながら元の位置へ着地したミーリンが、悔しそうにうめく。

 やはり、最強種族とされる魔物が備えた鱗の硬度は、尋常なものではない。


 しかしながら、戦いの幕開けを告げる一撃は、集った勇士たちの心を確かに震わせたようである。


「だが、いい蹴りだったぞ!」


「俺たちも続け!」


「呪文を使う人は、味方に当てないよう注意してね!」


 その証拠に、それぞれが拳や得物を構え、一斉に奮起したのだ。

 接近戦で戦う者たちは、拳や剣を……。

 ブーメランや呪文など、飛び道具で戦う者たちは、そういった前衛を壁としながら、ドラゴンの背部へ攻撃を叩き込む。


「いくぞピエール!」


「無論だ!」


 無論、その中には若き近衛騎士たちの姿も含まれていたのである。

 巨体通り、ドラゴンの動きはいかにも緩慢なものであり……。

 勇士たちの攻撃が、次々と直撃していく。

 その様は、まるで死骸に群がる働きアリたちのようであり……。

 ドラゴンの背部では、絶え間なく呪文が炸裂していることから、まさにこの魔物は、全身至る所へ攻撃を受けているのだといえた。


 だが、それが効果をもたらすか否かは、まったく別の話である。


「――馬鹿な!」


 自分の隣でキースが叫んだのは、前足へ叩きつけた愛剣の方が、欠けてしまったからであった。


「――固い、な」


 同じように鋼の剣を叩きつけたピエールもまた、ほぞを噛む。

 そう、この魔物は、あまりにも――固すぎる。

 体表を覆う鱗は、これまで目にしてきたいかなる金属をもしのぐ硬度であり、しかも、魔法にも耐性があるようなのだ。


『――――――――――ッ!』


 あまりに矮小で、自らに痒みを与えることすらあたわない生物たち……。

 それに対し、ドラゴンが恐るべき咆哮を上げた。

 そして、丸太のようにたくましい前足を掲げると、それで前面をなぎ払ってきたのである。


「――おおっ!?」


「――ぐあっ!?」


 攻撃された勇士たちが、悲鳴を上げた。

 掲げた盾の、なんと無力なことだろうか。

 これだけ大勢で受け止めておきながら、凄まじい膂力で繰り出された一撃は、あっさりと勇士たちを吹き飛ばしたのである。


「――大丈夫か!?」


「――今、回復の呪文をかけるぞ!」


 控えていた僧侶たちが、苦悶する勇士たちに治療を施していく。

 さすがは、これだけの魔物に対しても勇気を振り絞って立ち向かう戦士たち。

 今の一撃で甚大な被害は受けたものの、致命傷に達している者はいないようであった。


 だが、こんなものはまだまだ序の口……。

 伝承によれば、ドラゴンという魔物が真に恐ろしいのは怪力ではなく、口から吐き出す吐息であり……。


『――――――――――ッ!』


 口を大きく開けたドラゴンは、今まさに、それを放とうとしていたのである。

 狙いは――前足の一撃を華麗に避けていたミーリン!


「全員! 散開しろ!

 一つ所に留まらないで、動き回るんだ!」


 即座に指示を出せたのは、騎士団長の息子という血の成せる業か。

 キースが叫ぶと、動きの遅れていた者たちも指示通りに大きく動く。

 そして、次の瞬間――勇士たちの肌が焼かれた。


『――――――――――ッ!』


 ドラゴンの口から吐き出された燃え盛る炎が……。

 圧倒的な熱量でもって、武舞台の上を焼いたのである。

 標的となったミーリンは、側転などを連続することでこれを回避しており……。

 他の勇士たちも、本能的に彼女から距離を置いていたため、直撃した者はいない。


 だが、もしこれをまともに受けたならば、どうなっていたことか……。

 こうして距離を置いていても、その熱波が肌を焦がすのだ。

 まず間違いなく、命はあるまい。


「油断するな! まだまだ攻撃してくるつもりだぞ!」


 キースの言葉通り……。

 最大の攻撃である火炎の吐息を吐き終えても、ドラゴンの猛攻は終わらない。

 その尾や、四肢をでたらめに振り回して、勇士たちに痛打を与えんとしてくるのだ。

 しかも、合間合間に火炎の吐息も織り交ぜてくるのである。

 こうなってしまうと、もはや、最初のような密集しての攻撃など不可能であった。


「くそ! どうする!」


「これじゃ、近づけないぞ!」


「呪文も全然効果がない!」


 自然と散開した勇士たちが、口々にそう叫ぶ。

 前衛らがドラゴンの攻勢に対し、回避一辺倒となっていた間も、後衛らによる呪文攻撃などは継続していたが……。

 相変わらず、ドラゴンに対して効果はないようであり、そればかりか、魔力切れを起こす者すら現れ始めていたのである。


「どうしたものか……」


 そうした戦いの中……。

 キースと分断される形になったピエールは、自身、意外なほどに頭が冷えているのを感じていた。


 勘違いではない。

 何か、状況を打破できる策があることを、戦闘者としての本能が感じているのだ。

 鍵となるのは、己の体質……。

 そして……。


「このままじゃ、ヒリ貧ね」


 先ほどから、積極的にドラゴンの火炎を惹きつける囮となっていたミーリンが、華麗な跳躍運動の末に隣へ着地してくる。

 先ほどから、あえて大きな動きをし続けることで、皆から火炎を逸らし続けてきたためだろう。

 さすがの彼女も息が上がりつつあり、体力の限界が近いと感じさせた。


「何か、とっておきはないの?

 こう、一発で形勢逆転するような」


「策は、あります」


「あるの!?」


 驚くミーリンへ、短くうなずく。


「ただ、それを行えば私は戦闘継続が不可能になります。

 そして、トドメを刺せる自信がない」


「ふうん……。

 でも、大きな傷は与えられるわけだ?

 それって、あいつの動きは止められる?

 もっと言うと、吐き出す炎は止められる?

 一時的でいいわ」


「それならば、間違いなく」


 肯定する自分を見て、ミーリンが大きな笑みを浮かべた。

 それは、どこかイタズラ小僧のようであり……。

 しかし、それこそがこの少女の魅力であると、素直に思える笑みである。


「だったら、あたしが続いて仕留めてあげる。

 本当は、あんたとの決着で使うつもりだったけど……。

 あたしにも、とっておきの必殺技がある!」


「承知……。

 では、それをやる上で一つお願いが」


「何? 手短にね。

 ……あいつ、また炎を吐いてくるつもりよ」


 声を低くしながら言われた通り……。


『――――――――――ッ』


 それが火炎の予備動作なのだろう……。

 ドラゴンが、大きく息を吸い込んでいた。

 だが、それこそピエールの狙い!


「簡単です。

 そこから、動かないで下さい」


「え? はあ!?

 ――ちょっと!」


 彼女の制止は無視し、ドラゴンの方へと突っ込む。

 ちょうど、ミーリンの盾となる形。

 そして、今までの戦いから、ドラゴンが必殺の火炎を彼女一人に見舞ってくるのは明らかだ。


『――――――――――ッ!』


 後ろにいるミーリンを見る余裕などないが、頼んだ通り、あえて動かずにいてくれたのだろう。

 燃え盛る火炎が、自分に――正確には、背後のミーリンへ向けて吐き出される。


「おおおっ!」


 ピエールは、盾を構えながらそれに突っ込んだのであった。

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