カルゴ武闘会

 騎士登用試験については、分かる。

 防衛力そのものといえる騎士を選出するため、競い合わせ、その実力を確認することは必要不可欠であろう。

 要するに、野生動物が群れの長を決めるため、同族でありながら戦うのと同じような行為なのだ。


 しかしながら、この武闘会のような……。

 目的があって強さを確認するのではなく、ただ純粋に戦闘力のみを競い合うという感覚は、ピエールにとって、今ひとつ理解の及ばないものであった。


 戦う必要がないのなら、あえて戦って傷つき合うなどひどく非合理ではないか?

 どうしてもそう思ってしまうのだが、そういった非合理性こそが、人間を人間たらしめているのだろう。

 そもそも、自分のような存在が、生物としての理を語るなどおこがましいことなのだ。


「――ピエール選手! 用意はよろしいか!?」


 審判にそう聞かれ、思考が断ち切られる。

 今、ピエールが立っているのは、巨大な武舞台の上であった。

 石造りにして円形のそれは、詰めて立ったならば、大の男が百人は乗れるであろう。


 だが、今、この上に立っているのは、自分を含めて三人のみ……。

 すなわち、ピエール、審判、そして……対戦相手たる武闘家である。


 ミーリンにこの大会へ出場するよう勧められてから、あれよあれよと事は運び……。

 今、自分は場違いとも思えるこの舞台へ立つこととなっていたのであった。


「やれーっ!」


「王都の騎士がどれだけ強いかってのを、俺たちに見せてくれーっ!」


「お前に賭けてるんだから、頼んだぞーっ!」


 四方八方から響くのは、観客たちの声である。

 この闘技場は、何代も前の辺境伯が、巨額を投じて建設したとのことであるが……。

 それだけのことはあり、根本的な構造が異なるとはいえ、王都のライナット城がすっぽりと収まるのではないかという巨大建築物になっていた。


 中央の武舞台をぐるりと囲う建物には、ほぼ隙間なく客席が設けられており……。

 そのほとんどが埋まり、こうして対戦する自分たちへ野次を飛ばしてくるのだから、住民たちの関心というものがうかがい知れる。

 辺境伯就任を祝う催しとしては、ナージルの目論見通り大成功といったところだろう。


 それに、自分やキースまで巻き込まれる形となったのは、想定外であったが……。

 今更、文句など言えるはずもなく、剣を抜き身構えた。

 徒手空拳で戦う武闘家を大勢招いての大会ではあるが、武器や魔術の使用も認められているのだ。


 それはつまり、格闘家の拳や蹴りがそれらと同等の凶器であると、住民含めて認知されているということであり……。

 対面する相手が、油断のならぬ相手であることを意味している。


「問題ありません」


 剣を眼前で構え、決闘前の礼を行う。

 すると、それに合わせてか、対戦相手たる武闘家も東方式だろう……握り拳をもう片方の手へ収める独特の礼をしてきた。


「互いに、技を競い合おう」


「承知」


 武術へ打ち込む者に特有の清廉さが感じられる言葉へ、短く答える。

 かくして、両者の間で戦闘開始の合意が行われ……。


「では……試合開始!」


 審判が、大きく右手を振り上げた。


「――きあっ!」


 それと同時に、ピエールですら驚くほどの踏み込みで敵武闘家が踏み込んでくる。


「むう!」


 真っ正面から突き出される拳には、盾で応じたいところであったが……。

 すぐにその選択肢を捨て、飛びすさったのは、我ながら好判断であったといえるだろう。

 そう、拳での突きは、あくまで囮であり……。

 敵武闘家はすぐに拳を引き戻すと、地に深く伏せて回し蹴りを放ってきたのだ。


 もし、バカ正直に盾へ頼ろうとしていれば、その場で転ばされるか、あるいは足首に痛打を受けていたことだろう。


「やるな」


「そちらこそ」


 戦闘の高揚感に浸っているのだろうか……。

 口の端をにやりと吊り上げる相手に対し、短く答える。

 どうやら、この武闘会……一筋縄ではいかないらしい。

 それでも、自分はバサタの騎士として、恥ずかしくない戦いをしなければならないのだ。




--




 出場選手の大半を占めているのは、優勝賞品である龍の爪目当てだろう東方の武闘家たちであったが……。

 名を挙げるためか、それとも、やはり優勝賞品が目当てなのか、各地から実に個性豊かな顔ぶれも参戦していた。


 例えば、ブーメランを扱う戦士……。

 まるで生き物のように自由自在に空中を飛び、こちらに打撃を与えてくるこの武器には、大いに翻弄されたものである。


 他には、重装備に身を固めた戦士……。

 自分と似たような武装である彼とは、正々堂々、真っ向からの切り合いを演じることとなった。

 最終的に勝負を制した時は、このように正統派の相手と戦って勝利した自分に、少しだけ誇りを感じられたものである。


 異色のところでは、バニースーツというらしいあまりに煽情的な衣服――といっていいのだろうか――を身にまとった女魔法使いだ。

 魔法使いというのは、一対一で戦う武闘会の形式において、あまり適さない存在ではないかと思えるのだが……。

 見た通りの身軽さを活かし、広大な武舞台を逃げ回りながら呪文を乱発する戦法には、かなり手を焼かされたものであった。


 だが、余人に明かせぬ秘密として、自分は彼女が主体とする炎系統の呪文へ耐性を備えており……。

 最終的には、魔力切れによる降参といういまいち締まらない形で勝利を得たものである。


 最初に戦った武闘家も含めて、いずれも油断できぬ強敵たち……。

 その全てを下し、ピエールはついに決勝へ駒を進めたのであった。


「すごいわ! ピエール!

 まさか、決勝戦にまで進むなんて!」


 武舞台へ至るための控え室……。

 そこへ姿を現わしたバサタに対し、ピエールは即座に膝をつく。


「殿下自らがここへ降りてきてのお言葉……。

 望外の喜びでございます」


 バサタは、新辺境伯であるナージルと共に、最上階の貴賓席から各試合を観戦しており……。

 ここまで下りてくるのは、その細足ではなかなか大変だったと思われる。

 それを気にせず、激励に来てくれただけでも、望まぬ戦いを行った甲斐があるというものだった。


「まあ、キースは残念だったけども……」


 バサタがちらりと見たのは、室内の椅子に座るキースである。

 一回戦、対峙した武闘家の一撃で昏倒させられた彼は、頭にでかい包帯を巻いていた。

 この大会には、怪我を治療するための僧侶たちも控えているのだが、たかがタンコブごときに貴重な魔力は割けないとして、このような措置を施されているのである。


 ピエールとしても、魔力を温存するに越したことはなく、申し訳ないが、回復呪文の使用は控えさせてもらっていた。

 彼女の試合を観戦した限り……。

 次の決勝には、持てる力の全てを出し尽くす必要があるのだ。


「こうなったら! 目指すは優勝よ! 優勝!」


 衆目に見せつけるためもあり、いつもより豪華なドレス姿となったバサタが、ややはしゃぎなからそう宣言する。


「よろしいのですか?

 その……決勝の相手は……」


 彼女のそんな一面にやや驚きながらも、そう尋ねた。

 場合によっては、わざを負けるように言われることも覚悟していたピエールなのである。

 何故なら、自分と同じく決勝まで勝ち進んできたのは……。


「ミーリンのことなら、手加減無用よ」


 そう、バサタが言った通り……。

 辺境伯家のご令嬢ミーリンは、圧倒的かつ華麗な戦いぶりで、対戦相手のことごとくを破ってきたのである。


 その戦いぶりは、見事のひと言であり、悪漢たちを制した際に見せた力など、ほんの一端でしかなかったと知ることができた。

 しかも、まだまだ力を隠しているようなのである。


「どころか、わざと負けたりしたら、きっと気づいて一生恨んでくるわ。

 ――ピエール。

 彼女のお友達としても、正々堂々と戦うことを命じます」


 忠誠を捧げるバサタに言われては、本気で戦う以外の選択肢はない。


「……承知しました」


 ピエールはそう言って、次の決勝を全力で戦い抜くと決意したのであった。

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