辺境伯家の事情

「厄介なことになったわね……」


 自らが打ち倒した悪漢を見下ろしながら、ミーリンがそうつぶやいた。


「こやつら、いかが致しますか?」


 襲いかかってきた男たちは、残らず倒れて気絶しており……。

 どうやら、増援もなさそうだと判断し、剣を収めながら尋ねる。


「ここから、離れましょう。

 どこか、落ち着いた場所で話がしたいわ」


「この男たちは、捨て置くのですか?」


 バサタと共に合流したキースが聞くと、ミーリンは溜め息をついた。


「本当は、引っ捕らえて尋問の一つもしないといけないんでしょうけどね。

 どうせ、誰かに雇われただけのゴロツキよ。それも、雇い主が誰かすら、知らないね。

 そんなのをいちいち捕まえるより、さっさとここから離れた方がいいわ。

 バサタだっているんだしね」


 ミーリンの様子は、いかにもさばさばしたもので、こうした状況に慣れている……。

 いや、この襲撃自体、起こり得るものとして構えていた節がうかがえる。

 だからこそ、まったくの不意打ちだった初撃を、あのように華麗な跳躍で回避できたのであろう。


「……ミーリンの判断に従いましょう。

 わたしは、あまり荒事の場が得意じゃないわ」


「はっ!」


「承知しました」


 バサタの命令ならば、否も応もない。

 キースと共に、素早く返事した。


「それから……」


 そんな自分たちに対し、姫君は付け足すようにこう言ったのである。


「地面に落とした荷物は、しっかり拾ってきてね。

 大事な戦利品なんだから」


「……はっ」


「……承知しました」


 キースと共に、返事をした。

 どう考えても、そんなことを気にする状況ではないが、姫君がそう言っている以上、否も応もないのだ。




--




「ここなら、何の心配もないでしょ。

 襲いかかろうと思ったら、大勢が見ている前でそうしなきゃいけないし」


 そう言いながら、ミーリンが席へと座る。

 彼女が落ち着く場所として選んだのは、目抜き通りに存在する料理店であった。

 特徴として、小さな店の中ではなく、その前にいくつかのテーブルや椅子を置いており……。

 客は、青空や風……あるいは、目抜き通りを行く人々の活気を楽しみながら、食事をすることができるのである。


「こういった場所、初めてだから、ちょっとドキドキするわ」


 そう言いながら、バサタが席へと座った。

 本当なら、椅子を引くくらいのことはしてやりたいピエールであったが、あいにくと両手は荷物で塞がっており、それはできない。

 どころか、同じく手の塞がったキースと共に、どうしたものかと周囲を見回してしまったのである。


「あなたたちも座って。

 今は、単なる裕福な家の娘と、その家来なんだから。

 あんまり張り切って立っていられても、悪目立ちするわ」


「ははっ」


「そういうことならば」


 荷物は空いている椅子の上に置き、キース共々に席へと座った。


「まあ、ピエールがいるから、どうしたって悪目立ちはするんだけどね」


 ……ミーリンの言葉は、あえて受け流す。


「そんなことより……。

 問題は、どうして襲われたのかね。

 ミーリン。あなた、何か心当たりがあるようだったけど?」


 そんな自分を気づかってというわけではないだろうが、バサタが本題を切り出してくれた。


「まあまあ、まずは注文しましょ。

 おばちゃーん! シシカバブとアイランを人数分!」


 ミーリンが、伯爵家ご令嬢と思えぬ慣れた様子で注文を行う。

 それから、あらためてバサタに向き直ったのである。


「今、注文したのは羊肉の串焼きと、ヨーグルトの飲み物なんだけどね。

 どっちも、慣れたらやみつきになるわよ。

 ……て、聞きたいのはそんなことじゃないか」


 そんなことを言っている間に、なるほど……乳白色をした飲み物が人数分、供された。


「ん……美味しい」


 ミーリンは、お気に入りらしいその飲み物で喉を潤し……。


「さっきの連中は、多分、あたしを狙ってきたんだと思う。

 きっと、雇ったのは兄様を持ち上げようとする連中の誰かね」


 それから、このような発言をさらりと行ったのだ。


「お家騒動ってこと?」


 バサタが、真剣な眼差しで尋ねる。


「恐れながら……」


 それに、無礼ながら待ったをかけたのが自分であった。


「申し訳ありませんが、何故、ナージル様を持ち上げようとすると、ミーリン様を排除することになるのか分かりません。

 ナージル様はすでに家督を継いでいますし、そもそも、ミーリン様は血を分けた妹では?」


「恐れながら、僕も同じです」


 キースもまた、自分への同意を示し……。


「ああ、そうか。

 事情を知らないと、意味が分からないわよね」


 バサタはそう言って、背景を語り始めたのである。


「ナージルとミーリンは、母親が違うの。

 ここでまずいのが、ミーリンが本妻の子で、ナージルは側室の子であるということ……。

 しかも、亡くなられた本妻はわたしの親戚だから、ミーリンは、王家一族の一員ということになるわ」


「一方、ナージル兄様の母は酒場で見初められた踊り子……。

 そのことを、快く思わない人間が大勢いるし、その逆も沢山いるの。

 情けない話だけど、今、辺境伯家の内部は揺れている。

 あくまで、血統にこだわり、あたしを担ごうとする陣営……。

 実力と年齢を考え、このまま、ナージル兄様に辺境伯として活躍してもらおうと考えている陣営……。

 この二つにね」


 肩をすくめながら語ったミーリンに、ふと、気になることを尋ねた。


「ミーリン様ご自身は、兄君のことをどう思っているのです?」


「尊敬しているし、辺境伯は兄様以外にいないと思っているわ。

 兄様は、お父様が亡くなられる前から、街の運営に関わっていてね……。

 今、このカルゴがこれだけ繁栄しているのは、間違いなく兄様のお力よ」


「ならば、そのことをご家中で堂々と宣言されればいいのでは?」


 キースの言葉に、ミーリンが軽く首を振る。


「無駄ね。

 それで言うことを聞く連中なら、あんなゴロツキをけしかけてきたりはしないわ。

 あんたたち、今日の会見で兄様の態度を見て、どう思った?」


「それは……」


「なんと申しましょうか……」



 辺境伯家ご令嬢からの、唐突な問いかけ……。

 それに、若き近衛騎士二人は答えあぐねてしまう。

 正直なところを言ってしまえば、それはそのまま、新たな辺境伯への非難となってしまうのだ。


「バサタに対して、無礼だったでしょ?」


 そんな自分たちの心中を、ずばりとミーリンが言い当てる。


「あれは、一種の示威行動なの。

 ああやって、王女とも対等以上の立場に自分はいるって、家臣らに知らしめているわけね。

 バサタには、不快な思いをさせちゃったわね」


「気にしないで。

 何か事情があるってことは、すぐに察せられたもの。

 自分が王都に出向いて家督を継いだ挨拶をするのではなく、名代が足労するのを願ってきたのも、足元が固まってなかったからなのね?」


「さすが、バサタ! 話が早いわ!

 ……まあ、そんなわけで、今はあたしも兄様も、何かと背中に気をつけなきゃいけない状況ってわけ」


 そう語るミーリンだったが、ならば、明らかに矛盾している行動があった。


「そんな状況なのに、どうしてわざわざ裏路地などへ入られたのです?」


「それは……その……バサタとのお買い物が嬉しくて、ついはしゃいじゃったのよ」


「……失礼しました」


 唇を尖らせながら顔を赤らめる様は、恥じ入る少女そのものであり……。

 ピエールは、自分がいらぬ追撃をしてしまったと悟る。


「……とにかく!」


 ミーリンは恥ずかしさを振り切るかのように、拳をぐっと握った。


「そういうわずらわしさから逃れるためにも、あたしは武闘会で実力を見せつけて、武闘家として武者修行の旅に出るわけ!

 ただ願い出るならまだしも、武闘会優勝という実績まであれば、さすがに文句はないでしょう!」


 ――そういうものなのか?


 言外に問いかけながら、キースを見やる。

 彼は、苦笑いしながら肩をすくめていた。

 どうも、その実績とやらがあったとしても、ミーリンの願いが聞き入れられるかは怪しいようだ。


 とはいえ、そのことを指摘する必要はあるまい。

 自分は、あくまでバサタの騎士。

 さっきのように襲われたならばまだしも、辺境伯家内部のゴタゴタに、自分から顔を突っ込む必要はないのだ。


 だから、武闘会でもなんでも、好きに出ればいいと思ったのだが……。


「ところで、ピエール。あなた強いわね。

 特別に推薦してあげるから、あんたも武闘会に出場なさい」


「は?」


 いきなり、ミーリンからそのようなことを言われたのである。


「バサタも、いいわよね?

 ついでに、そっちのキースも出場させましょう」


「あら……面白そうだこと」


「え?」


「え?」


 キースと共に、あっけに取られながら眺めたが……。


「二人に命じます。

 近衛騎士として、腕を磨くため……。

 武闘会に出場なさい」


 バサタは、無情にもそう命じてきたのであった。

 何度でもいおう。

 姫君がそう言っている以上、否も応もない。


「……力を尽くします」


「……ご命令のままに」


 だから、自分とキースはそう言ってうなずいたのである。


 余談だが、羊肉の串焼きもヨーグルトの飲料も、なるほど美味であった。

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