悪漢たち
王女であるバサタを軽んじるかのような態度を取ったナージルであるが、さすがに姫君の滞在する部屋となると相応のものが用意されていた。
城内に存在するその一室は、平民の家屋が二つか三つは入りそうな大きさであり、しかも、調度品の多くが黄金に輝いているのだ。
もしかしたら、それは辺境伯家の財力というものを、滞在者に実感させるためなのかもしれないが……。
ともかく、一国の姫が寝泊まりする部屋として、不足がないのは間違いないだろう。
そんな部屋の中央で、ピエールたちを待ち構えていたのは、普段と全く異なる装いのバサタである。
「どう? 似合うかしら?」
「似合う、といいますか……」
「一体、どうされたのです?」
部屋に入るや否や、背中を向けるなどしながら自分の姿を見せてきたバサタに対し、相棒共々困惑の言葉を発した。
バサタの格好は、街中で見かけた平民たちのものと同等の代物だったのである。
とはいえ、着る者が異なれば、装束も輝きを増すというもの……。
ただでさえ、二の腕から先が露わとなる装いなのに加え、今のバサタは長い銀髪を頭頂部で馬の尾がごとく結わえており、結果として、うなじなど普段は隠れている部分もさらけ出されていた。
はっきりいって、ピエールからすれば少々目の毒という他にない。
「ほらほら、男子たち。
女の子が着替えたところを見せたんだから、何か言うことがあるんじゃないの?」
胸を逸らしながらそう言ったのはミーリンで、彼女の方も髪型こそ元のままであるが、バサタと同様に平民の装いへ着替えている。
こうして、同じ格好で隣に並ぶと、姉妹のように見えなくもなかった。
ともかく、高貴なる少女にそう問いかけられてしまったのだ。
黙り続けるわけにもいかず、キースと目線を交わす。
「大変、よくお似合いかと思われます」
少なくとも、こういった場面に自分より耐性があるだろう同期の騎士はそう答え……。
「……可憐にございます」
ピエールもまた、そのような言葉を絞り出したのである。
「ありがとう。
それじゃあ、次はあなたたちの番ね」
ぽんと手を打ったバサタにそう言われ、またしてもキースと顔を見合わせた。
「僕たちの番と言いますと、一体……?」
「あなたたちも着替えるのよ。
今から、ミーリンの案内で街を見て回るの。
近衛騎士なんだから、変装してついてらっしゃい」
平民姿となっても美しき姫君は、当然のようにそう言い放ち……。
ピエールとキースは、やはり顔を見合わせることになったのである。
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「やっぱり、交易都市の名は伊達じゃないわね。
服といい、宝飾品といい、王都の店とは品揃えが全く違うわ」
バサタがそう言ったのは、服や宝飾品を扱う店ばかり五軒ほども回った後のことであった。
すでに、たっぷりと一刻半は過ぎており……。
きゃいきゃいとはしゃぎながら試着などするバサタやミーリンは楽しそうであるが、それに付き合うばかりか、大漁に買った荷物を持たされている自分とキースは、疲労の絶頂というところである。
世の中に、剣術や呪文の修行よりも疲れるものがあることを、初めて知ったピエールであった。
「褒めてもらって嬉しい!
あたしも、ああいう店とかに入る度、バサタに着せてみたいって思ってたんだ。
今日は夢がかなって、とっても良い日ね!
ただ……」
バサタにそう答えたミーリンが、ふと振り返ってじとりとした目を向けてくる。
「キースの方はともかく、そっちのピエールがもう少しマシな格好だったら、もっとよかったんだけど……」
「……申し訳ありません」
荷物を抱えたまま、辺境伯の妹へ謝った。
彼女がそう言うのは当然のことで、自分の格好は、世間に疎い自身ですら異様と思える代物だったのである。
頭からは、フード付きのローブをまとっており……。
それだけならば、魔法使いか何かのように見えなくもないだろうが、腰にはいつも通り鋼の剣を携えていた。
しかも、顔を隠すために、ミーリンがどこからか引っ張り出してきた……
さらには、いつも通りのブーツと手袋で完全に中身を覆い隠したこの姿は、奇怪のひと言。
鏡で自分の姿を確認させてもらった時は、呪われてでもいるようだと思ったものである。
一方、キースの方はこの街で暮らす男たちと同じ半裸にベストといった格好で、これはこれで、どこか似合っていないというか、浮いている印象を抱く。
まあ、自分に比べれば、ささいな問題であるが……。
「そんなにいじめないであげて。
人には、それぞれの事情があるもの……。
実際、道中でもピエールはよくやってくれたのだから」
「ふうん……?
自分の主に対しても、顔すら見せない騎士ってどうかと思うけどね」
バサタの言葉に、ミーリンが腕組みしながら答えた。
どうも、自分はこの少女から、あまり友好的に思われていないようである。
「まあ、いっか!
次のお店に行きましょ!
普通に行くと遠回りだけど、裏路地を通ればすぐ着くの!」
――まだ行くのか。
今日は何度も顔を見合わせているキースが苦笑いなのを見ると、彼も気持ちは同じようだ。
これ以上、何かを買い足されたとしても、自分とキースだけでは運びきれない気がするのだが……。
ともかく、ミーリンを先頭とし、バサタの後に続いて荷物持ちとして路地裏を歩き始めたその時である。
「……っ」
不意に、先頭のミーリンが身構え……。
そのまま、見事な跳躍で後退したのだ。
ただ跳躍するだけでなく、空中での後転も行っており、身の軽さには目を見張るものがある。
だが、その軽業に感心している場合ではない。
彼女が飛びのく前にいた空間を、白刃が空振りしたのだから……。
「ちっ……かわされたか」
「こうなったら、全員でかかるぞ」
粗野な口調と共に……。
曲刀で武装した男たちが、路地裏特有の暗がりや建物の影から、次々と姿を現わす。
その数は、総勢で五人だ。
「あんたたち! なんのつもり!?」
着地したミーリンが、素早く構えながら問いかけた。
徒手空拳のその構えは、格闘技に縁の薄いピエールであっても隙がないと思えるものであり、日頃の鍛錬がうかがい知れる。
「姫様! お下がりください!」
「ミーリン様もです。
ここは、私たちが」
キースと共に両手の荷物を捨て、抜剣しながら前に立とうとしたが……。
「嫌よ! 自分の身は自分で守るわ!」
しかし、そんな自分たちに対し、ミーリンは敵を見据えたまま、そう宣言した。
「あんたたちは、バサタを守ってなさい!」
それどころか、そう宣言すると同時に悪漢たちへと突っ込んでしまったのである。
「あ、ちょっと!」
「キース! 殿下を頼む!」
あっけに取られるキースは捨て置き、自分もミーリンへと続く。
もし、友人が怪我でもしたならば、バサタはきっと悲しむに違いない。
それを防ぐのもまた、近衛騎士としての役割であった。
「逃げてりゃいいものを!」
悪漢の一人が、見るからに大振りの一撃をミーリンに加えようとする。
「……ふっ」
だが、そんなものを喰らうミーリンではない。
滑り込むように身を屈めた彼女は、曲刀による斬撃をかいくぐると同時に肉薄し、圧巻のみぞおちへと裏拳を叩き込んだのだ。
「ぐうおっ……!?」
ただそれだけで、戦闘の男が悶絶し、戦闘不能となった。
――強い。
ミーリンの実力は、本物である。
「クソガキがっ!」
「囲んじまえ!」
その戦闘力を目にした男たちが、顔色を変えながら囲い込もうとしたが……。
「ふふんっ」
当のミーリンといえば、涼しげなものであり、口元に笑みすら浮かべていた。
そして、敵が攻撃してくるよりも素早く跳躍し……なんと、男たちの肩や頭を踏み台にし、軽やかな連続跳びを披露したのである。
「おおっ!」
「うおっ!」
翻弄された悪漢たちが、足場にされた影響もあって体勢を崩す。
それは、遅れて接敵したピエールにとって、絶好の隙……。
「――むん!」
いつもと異なる格好の近衛騎士は、愛用する剣の腹でもって、たちまちの内に二人ばかりを打ち倒した。
あえて刃を使わなかったのは、バサタの前で血を見せたくなかったからである。
「ちょっと! 人の獲物を取らないでよ!」
自分の隣に着地したミーリンが、油断なく敵を見ながら抗議してきた。
「……それが、私の仕事でありますゆえ」
だが、ピエールとしても譲るわけにはいかない。
結果として、武闘家の少女と、奇態な格好をした戦士が、並び立つ形となり……。
「だったら、残りは一人ずつ倒すわよ!」
「承知しました」
その後、自分とミーリンは、残った二人の悪漢を、仲良く一人ずつ打ち倒したのである。
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