ミーリン
「ミーリン。
姫殿下の前で、はしたないことをするものじゃない」
美しき女性たちに囲まれたナージルが、眉間を揉みながら乱入した少女を叱った。
「だって! 久しぶりにバサタの姿を見られたんだもの!
それより、どうしてあたしを呼んでくれなかったの!?
バサタが到着したと知っていれば、稽古も中断して駆けつけたのに!」
そう言った少女は、肩をいからせながらナージルへと抗議する。
それにしても、だ。
バサタとはまた系統を異にするが、抜群の美少女であった。
輝く金色の髪は、領側頭部でくくられ、垂れ下がっており……。
着ている服は、街中で見かけた武闘家と同様に、『龍』という絵図が胸元に描かれたものである。
おそらく、バサタと同年代かやや下くらいの年齢であろうが、小柄であるためか、どこか幼くも見えた。
いや、ナージルに向けている態度を思えば、実際に少し幼いところがあるのだろう。
そんな少女――ミーリンに対し、ナージルが溜め息混じりに続ける。
「後で、きちんと対面の時間を取るつもりだったんだ。
武闘家としての稽古も結構だが、少しはオレの妹にふさわしい礼儀作法を身につけろ。
そんなだから、公式の場へ出せずにいるんだ」
「何よ! そんな台詞は、あたしに一本取ってから言ってよね!」
ミーリンが、ない胸を張りながら堂々と告げた。
……どうも、論点というものを理解していないようだ。
「……ふふっ」
と、その瞬間、バサタが笑みを漏らす。
そして、振り返りながらミーリンにこう告げたのである。
「久しぶりね。ミーリン。
あなたに会えるのを、楽しみにしていたわ」
「あたしもよ! 辺境伯領へ……この交易都市へ、ようこそ!」
ミーリンがバサタに向かって駆け出すので、それを遮る位置にいるピエールとキースは、慌てて両脇にどく形となった。
そんな近衛騎士たちを一切気にかけず、ミーリンがバサタの手を取る。
「もう! あたしと同い年なのに、すっかりきれいになっちゃって!」
「そういうあなたただって、見違えたわ。
武闘家の修行、続けているのね?」
「ふふん!
もう、この街であたしに勝てるやつはいないんだから!
今度の武闘会だって、もちろん優勝するつもりよ!」
「武闘会……?」
小首をかしげるバサタに解説したのは、先ほどから眉間を揉みほぐしているナージルだ。
「……オレの辺境伯就任を記念し、大規模な武闘会を開催するのです。
殿下、妹の乱入をお詫びします」
そう言いながら、若き辺境伯が頭を下げる。
どうも、この兄は、奔放な妹に振り回されているようであった。
「バサタ! せっかくだから見ていってよ!
あたしが優勝して、龍の爪を手に入れるところ!」
「龍の爪……?」
問いかけるバサタに答えたのは、またしてもナージルである。
「……今大会の優勝者へ授与する魔法の道具です。
なんでも、使用することでドラゴンになることができるとか。
たまたま商人から買い取れたものを、この時に備えて保管していたのですよ」
「東方では、伝説にまでなっている逸品なのよ!
これを求めて、名のある武闘家が大勢集まっているの!
それを蹴散らして、あたしの実力を知らしめる……。
まったく! 腕が鳴るじゃない!」
「……鳴らさないんで欲しいんだけどな。
お前に危ないことをさせたら、亡き父上にも、お前の母にも申し訳が立たない」
苦々しい顔で語るナージルだが、あいにくと、妹の方にその思いは伝わっていないようだ。
その証拠に、ミーリンはぐっと拳を突き上げ、こう宣言したのであった。
「格闘女王ミーリンの誕生! 見届けてよね!
世の男たちは、全員あたしにひれ伏すのよ!」
「……お前、それ、意味分かって言ってるか?
はあ……せっかくの会見が、何もかも台無しだ」
こうして、若き辺境伯とライナット王国王女との会見は、何もかもがグダグダとなって終わったのである。
--
「それにしても、驚いたな。
辺境伯というのは、そこまで偉いものなのか?
あれでは、まるで一国の王だ」
バサタ姫ご一行には、オーカー辺境伯の城内に存在する客室があてがわれ……。
キースとの相部屋となったそこへ到着するなり、ピエールはそう尋ねた。
「まあ、そう言ってしまって過言じゃないよ。 オーカー辺境伯っていうのは、ライナット王国において第二の王とも呼ぶべき立場さ」
同じ近衛騎士として、ナージルのあの態度には思うところがあったのか、キースが肩をすくめて答える。
「君も、街の様子は見ただろう?
交易都市の名に恥じない繁栄ぶりを、さ。
はっきり言ってしまうけど、税収という面においては、王都すら上回っているんじゃないかな?」
「そんなにか……?」
「あくまで、推測だけどね。
加えて、辺境伯領は他国との国境地帯でもある。
間に砂漠地帯が横たわっているとはいえ、君も見た通り、商人たちでさえ元気に往来できているんだ。
よそからの侵入を防ぐために、辺境伯家には他の貴族が持たない独自の裁量権を与えられているんだよ」
「それで、第二の王か……」
腕組みしながら、考えた。
これまで、ピエールは単純に、王というものを唯一絶対の権力者であると考えていたが、どうやらそれは違ったらしい。
貴族の中にも侮れぬ力を持つ人物はおり、そういった人間に対しては、王女であるバサタとて、それなりの対応をする必要があるのだ。
「だからといって、ナージル殿のあの態度はどうかと思うけどさ。
多分、側室なんだろうけど、あんなに女の人をはべらせた状態で迎え入れて……。
王家を侮っていると言われても、文句は言えないじゃないか。
……まあ、だからこそ」
「だからこそ?」
どこか含んだキースの言い方に、首をかしげる。
すると、同期の近衛騎士は、笑みを浮かべながらこう言ったのだ。
「妹であるミーリン殿に好き勝手されて、振り回されてる姿は痛快だったけどさ」
「ああ……」
そう言われて、なるほどと思う。
もし、自分が面で顔を隠していなければ、やはり、笑顔で応じていたに違いない。
どれだけ大きな権力や財力を持つ相手であると分かったところで、主であるバサタが軽んじられて、面白いわけもないのだ。
「……さてと。
殿下からは何も言われてないし、とりあえず、馬の面倒でもみてこようか?」
「そうだな」
うなずき、客室の隅に置いた荷物から必要な荷物を取り出そうとする。
いかにも活気に溢れたカルゴの街は、ピエールの好奇心というものを刺激したが、最優先とすべきはバサタの近衛騎士として恥ずかしくない働きをすることであった。
何しろ、ここの主であるナージルは、バサタを軽んじるような態度なのである。
彼女の面子を守るためにも、自分たちは王都の騎士代表として、恥ずかしくない立ち振る舞いをしなければ……。
――コン。
――コン。
部屋の扉が叩かれたのは、そんな時のことであった。
「どうぞ」
キースが呼びかけると、そっと扉が開かれる。
そうすることで姿を現わしたのは、もはや、仲間と言って過言ではないバサタ付き侍女の一人だ。
「失礼。
姫様が呼ばれているので、あちらの部屋に来てくれますか?」
「殿下が……?」
「僕たちを……?」
これまでの旅路でも、宿などに着いた後は、自分たちを放ったらかしにしていたバサタである。
それが、突然に呼び出してきたと聞いて、ピエールはキースと顔を見合わせたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます