近衛騎士就任

 ライナット王国の王女バサタといえば、十五という年齢でありながら、早くも傾国の美姫として国内に名を知られている少女である。


 輝く銀色の髪は、腰ほどまで真っ直ぐ伸ばされており……。

 顔立ちは、猫科の幼獣を思わせる愛らしいもので、見た人間を魅了してやまない。

 王女とはいえ、平時ということもあり、やや簡素な仕立てのドレスを着用しているのだが、それがかえって、年頃の娘らしいやわらかさを際立たせていた。


 同年代の男児であるならば……。

 そして、騎士たる身を志したのならば……。

 かように可愛らしい姫君へ忠誠を誓い、側にはべられたならば、まさしく本望というものであろう。


 その点において、ピエールが姫殿下の近衛騎士を目指したのは、誰もが共感できることであった。

 もっとも、面の下に顔を隠したピエールの年齢を保証するのは、後見人であるラーテルのみであるが……。


 ともかく、若き騎士たちに対し美姫が告げたのは、あまりにそっけない言葉だったのである。


「あー……」


 言いたいことは言ったとばかりに、つんとした態度を取る娘に、父王が溜め息をつく。

 そして、諭すようにこう言ったのだ。


「バサタよ……。

 そのようなわがままを、言うものではない。

 お前とて、王族。

 周囲を守る護衛の騎士は必要不可欠だ」


「それなら、スコットがおりますもの。

 わたしには、彼がいれば十分です」


 父親の言葉に、バサタがますます態度を硬直させた。

 そんな王族親子の間へ、果敢に割って入ったのが騎士団長スタンレーである。


「なるほど……。

 バサタ殿下は、スコット卿のことを心から信頼されているのですね。

 いや、確かに、お気持ちは分かります。

 スコット卿は――」


 そこで、スタンレーがちらりと視線を向けた。

 そこには、新たな仲間の誕生を見守るために参じた騎士たちが集結しており……。

 スタンレーが見たのは、とりわけ老齢の騎士である。

 となると、彼こそが件のスコット卿であると、誰にでも理解できた。


「――まさしく、騎士の中の騎士。

 仁、義、礼の全てを兼ね備えた誠の武人であると言えましょう。

 私自身、駆け出しの時代には、様々なことを教わったものです」


 なるほど、スタンレーが言った通り……。

 スコット卿という騎士は、六十以上はあるだろう高齢にも関わらず、ぴしりと背筋を伸ばした立派な騎士である。

 年輪を重ねるならば、かくありたいもの……。

 騎士ならば、誰もがそう思うに違いない。


「しかしながら、彼も六十を超えており、通常ならば、とうに一線を退いている身です。

 しかも、聞いた話では、故郷で初孫が生まれたのだとか……」


 スタンレーの言葉に、スコット卿が照れたようにあごをさすった。

 孫が生まれたという事実は、それほどまでにこそばゆく……また、嬉しいものであるのだろう。


「となると、彼の引退を認め、孫と共に穏やかな余生を過ごさせてやるのもまた、王族たる者の義務ではないでしょうか?

 いかがですかな? 殿下……」


 スタンレーの諭すような言葉……。

 それに対し、他所を向いたまま頬杖をついていた姫君が、そっと息を吐き出す。


「スコット……。

 孫が生まれたという話は、本当なの?」


「……元気な男の子であると、文には書かれていました」


 これまで、近くで守り抜いてきた第二の主に対し、スコット卿が目を逸らしたまま答える。

 両者の反応を見るに、彼は姫殿下へこの事実を告げていなかったに違いない。

 その理由は、おそらく……。


「……わたしに、遠慮したのね。

 そのことを話せば、後任が決まっているわけでもないのに、あなたへ引退を勧めるだろうから」


 バサタが、銀色の髪をさらりとかき上げた。

 それに対し、スコット卿が返した返事は沈黙のみである。

 忠実なる騎士に対し、麗しき姫君が沙汰を下す。


「……スコット。

 あなたに命じます。

 残された時間は、故郷で家族と共に過ごしなさい。

 そして……そうですね。

 孫を立派に鍛え上げ、あなたのような騎士となるよう導きなさい」


「……御意」


 老年の騎士が、その場にひざまずいて答えた。


「お父様も、それでいいかしら?」


「無論だ。

 スコットよ。

 長年の忠義、心より感謝するぞ」


「ありがたきお言葉」


 ひざまずいたまま、スコット卿が応じる。

 これにて、一人の騎士が引退することに決まり……。

 元の問題が、再度浮上した。


「……さて、こうなると、誰がスコット卿の後任を務めるかが問題になりますなあ!」


 ここまで、計算した上で話を運んだだろうスタンレーの言葉に、バサタが眉をひそめる。


「スタンレー。

 あなたが務めるわけにはいかないの?」


「バサタよ。無理を言うものではない。

 騎士団長というのは、激務にして重職。

 とてもではないが、近衛との両立などできぬ」


 娘の提案に答えたのは、隣へ座る国王であった。

 そのまま、王の視線がひざまずく叙勲者たちへ向けられる。


「ピエールというのは、どの男じゃ?」


「……私でございます」


 叙勲者たちの先頭……。

 兜のみならず、面で顔を隠した戦士が答えた。


「お主がそうか。

 最初から思っておったが、顔を隠すとは奇態なことじゃのう」


「特別に、私が許可しております。

 彼は、王宮魔術師ラーテル殿が後見する縁者でありますゆえ」


 やや面食らった様子の王へ、スタンレーがピエールに代わり答える。


「なんと! ラーテルの縁者であったか!

 そのような話は聞いていないが、まあ、あやつとて親戚の一人もいようか。

 ならば、その件は不問に付す。

 それで、どうだピエールよ?

 お主、スコット卿に代わって、近衛騎士の大任を務める自信があるか?」


 国王の言葉に、ピエールなる戦士が顔を上げた。

 そして、一言一句、噛み締めるようにしながら答えたのである。


「私は、今日この日まで……。

 姫殿下の身をお守りする騎士となるためだけに、研鑽して参りました」


 あまりにも、はっきりとした答え……。

 ここまで堂々と告げることは、並の人間にできることではない。

 顔を隠した若き戦士の内にたぎるものを、否が応でも感じさせるのだ。


「気迫はよし。

 腕前も、スタンレーのお墨付き。

 ならば、わしとしては文句がないのだが……」


 ちらりと、王が傍らの席に座る娘を見る。

 どうも、この王は娘に対して甘いようだった。


「……はあ」


 バサタは、父親の問いかけに溜め息で応じる。


「わたし、こんな顔を隠した男に周囲を守られなければならないの?

 息が詰まりそうなんだけど?」


「むうう……。

 な、ならばキースよ!」


「え?

 は、はっ!」


 ピエールの隣……。

 いきなり名を呼ばれたキースが、やや驚きながら顔を上げた。


「お主も、ピエール共々バサタの近衛となれ!

 どうだ? バサタよ?

 それならば、息も詰まらないのではないか?」


「はあ……」


 突然の任命へ困惑する若者をよそに、バサタが再度の溜め息をつく。


「近衛はいらないって言っても、どうせ聞かないんでしょう?」


「無論じゃ!!

 近衛騎士は必須だぞ!

 しかも、お前はは明日から、辺境伯領の宴へ行かねばならないではないか!?」


「……なら、もうそれでよいです」


 何とも投げやりな姫君の言葉……。

 それに対し、言質を取った父王が大きくうなずく。


「ならば、決まりだ!

 ピエール! そしてキースよ!

 お主たちを、今日、この時より、バサタの近衛騎士に任ずる!」


「……御意」


「……仰せのままに」


 新たな騎士となる若者たちが、顔を付したまま応じ……。

 こうして、やや突発的な人事で幕を開けた叙勲の儀は、その後つつがなく終了したのである。

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