団長の試練

 騎士登用試験はつつがなく進行し……。

 昼前には、早くも全試合が終了することとなった。

 その遠因となったのは、今年の優勝者であるピエールの試合運びにあるだろう。


 全試合が――瞬殺。

 抜群の踏み込みと剣捌きをもって、たちまちの内に相手の急所へ刃先を添え、勝負を決してしまうのである。


 第一試合の相手となったキースを始め、今年の志願者たちは決して質が悪くない。

 いや、むしろ、例年より上等であるといえるだろう。

 その全員が、霞んでしまう。

 それほどまでに、ピエールという騎士志願者の実力は卓越しており、これは十年に一人の逸材だと、誰もが思わされたのだった。


「諸君!

 今日はよく、日頃の成果を見せてくれた!

 今年、騎士として採用される者たちを発表する前に、まずは最優秀成績者を讃えよう!」


 川砂が敷かれた中庭に、騎士団長スタンレーの朗々たる声が響き渡る。

 彼は宣言した後、たっぷりの間を置いてからその名を呼んだ。


「ピエール! 前へ!」


「――はっ!」


 間髪の間も置かず……。

 全身鎧の志願者――ピエールが、皆の前へと進み出る。

 そして、スタンレーの前で片膝をついた。


「そう、かしこまる必要はない!

 貴様の実力は、確かなものだった!

 そうだ……もし、何か望みがあるのならば、ここで聞こうではないか?

 全てを叶えるとは言わないが、俺の裁量で決められることならば、検討してやるぞ!」


「望み……」


 面を下ろした志願者……。

 いや、もはや正騎士も同然の男は、その言葉を噛み締めるようにしていたが……。

 ややあって、顔を上げる。


「望みは、二つあります」


「ほう! なかなか欲張りではないか!

 言ってみろ!」


「一つ目は、第一試合で戦った相手……キースの試験合格です」


 ピエールが発したその言葉に……。

 受験者たちが、驚きの声を上げた。

 特に動揺しているのは、名を挙げられた当のキースであり、驚愕に目を丸くしている。


「キースを? どうしてだ?」


「彼の剣は、今日戦った中で最も優れていました。

 また来年に機会があるとはいえ、むざむざと一年も捨て置くのは、下策であると考えます」


 騎士団長の問いかけに、ピエールがすらすらと答えた。

 よどみないその言葉に、スタンレーがあごをさする。


「ふうむ……まあ、考えておこう。

 それで、望みの二つ目はなんだ?」


「姫殿下の護衛に就くこと」


 これもまた、よどみなくピエールが答えた。

 今度、どよめきを発したのは志願者たちではない。

 スタンレーの背後に控えていた正騎士たちである。


「殿下の護衛……近衛騎士にいきなりなろうだと!?」


「いくらなんでも、度が過ぎているではないか!」


「身の程というものを考えよ!」


 彼らがいきり立ったのも無理はない。

 王族の警護……近衛騎士という職務は、それほどまでに重要であり、いわば騎士団の花形なのだ。

 その地位を、試験に合格したばかりの若造が要求しているのだから、怒りを抱くのは当然である。


「ほおう……本当に欲張りなやつだ」


 だが、騎士団長スタンレーのみはそうではない。

 むしろ、面白そうに笑ってみせたのであった。


「貴様! 姫殿下の護衛というのが、どれほどの大任か理解しているのか?」


「無論です。

 そのために、研鑽を積んで参りました」


 王国一の騎士が発した問いかけに、ピエールがひるむことなく答える。

 それで、騎士団長の決意は固まったようだった。


「――本当に面白い!

 よかろう! そこまで言うならば、この俺自らが、研鑽の成果を見てやろうではないか!」


 その言葉に……。

 正騎士たちがざわめく。


「団長!」


「何も、あなた自らが!」


「まあまあ、よいではないか」


 部下たちの言葉を、軽く手を振って制する。


「どの道、志願者たちとの試合ではこいつの底が見えてないのだ。

 それでは、試験の意味がない。

 この俺が、たっぷりとそれを暴き出してやろうぞ!」


 それで、本日更なる試合が決定し……。


「ならば、胸をお借りします」


 挑戦者たるピエールが、静かに立ち上がったのであった。




--




 強さというものに、匂いがあるのならば……。

 騎士団長スタンレーの放つそれは、あまりに圧倒的なものである。

 気迫が全身に満ち満ちており、隙というものを見い出すことができないのだ。


「さあ! 遠慮なくかかってこい!

 持つ力の全てを発揮せよ!」


 スタンレーが、立ち合ったピエールへ告げた。


「………………」


 それに対し、ピエールは左腕の盾を突き出すようにしながら身を屈める。

 一見すれば、防御の構え……。

 だが、その実が全く異なるのは、これまでの試合で推察できた。


「始め!」


 審判役の正騎士が、そう宣言しながら腕を振り下ろす。

 瞬間、巻き起こったのは、これまでピエールが見せてきた試合の再現だ。

 全身全てが、バネで出来ているのではないか……。

 そう錯覚させるほど、抜群の踏み込みである。

 そして、ここからの斬撃や刺突によって、ピエールは全ての試合を勝利してきたのであった。


 だが、余人ならばともかく、騎士団長相手にまでそれは通じない。


「……やるな」


 息子と同様、左腕に構えた円形盾によって……。

 見事、これを弾いてみせたのである。


「――しっ!」


 だが、それで怯むピエールではない。

 すぐさま、スタンレーの足元へ、地を這う蛇のような一撃を見舞った。

 だが、これも地面へ突き立てるようにした剣で防がれる。


「ふうむ……。

 お前は、驚くほどに関節が柔軟だ。

 ともすれば、そんなものはないのではないかと錯覚すらさせられる。

 その柔軟な関節が、これほどまでに素早く鋭い踏み込みと斬撃を生み出すのだ」


 さすがは、騎士団長というしかない。

 スタンレーは、手にした剣と盾で、ピエールが放つ斬撃のことごとくを防いでいた。

 しかも、まだまだ余裕を残しているのだ。

 やがて、ピエールの一方的な攻め手は終わり……。


「だが、惜しいのは――軽いな!」


 今度は、スタンレーが攻め込む番となる。

 彼が放つ一撃一撃の、何と力強いことであろうか。

 剣を振るうごとに、斬撃の音が周囲に響き渡るのだ。


「くっ……!?」


 さすがのピエールも、これにはたまらず、大きく後ろ跳びするなどして回避していく。

 下段の一撃を、さらに低く……猫のように伏せることで回避した身のこなしは、賞賛に値するだろう。


「盾や剣で防ごうとしないのは、褒めてやる!

 貴様の膂力では、防ぎきれず圧し潰されるだろう!

 だが、そうしてかわしてばかりいては、俺に勝てんぞ!

 さあ、どうする!」


 一撃、二撃、三撃……。

 ますます速度と威力の増した斬撃を、ピエールが後退することで回避した。

 だが、いかに広く輪を作っていようと、この場には志願者や正騎士たちが詰めかけているのだ。

 やがて、ある志願者と目の鼻の先にまでピエールが到達してしまう。


「さあ! もう下がれんぞ!」


 上段から一撃を加えんとする騎士団長の声と……。


「ひ、ひい!」


 ピエールの背後に立つこととなった志願者の声が重なり合う。

 その志願者は、どこぞ農村出身のようで、多少は度胸があるようだったが、騎士団長の一撃を目前にして平然としていられるほどではなかったのである。


 後退することはかなわない。

 そして、防ぐこともあたわぬ。


「ちいっ……」


 ピエールが、舌打ちをした。

 そして、同時に左腕を突き出したのだ。

 彼の盾は腕へ直接装着する形となっており、持ち手を離せば、その手は自由となる。

 だが、そうして突き出した手で何をしようというのか……。

 答えは、すぐに明らかとなった。


『――弾けよ!』


 通常の声とは、やや異なる声質で響く言葉……。

 それは、まさしく呪文だったのである。

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